第104話「古城」
大猪を仕留めたキースは魔石を持ってイサラたちと合流したが、その場で片膝を付いてしまった。イサラが治癒術を掛けたとは言え、完調には程遠かったからである。
「いてて……だが、こっちはなんとか終わったな」
イサラはキースに治癒術を掛けながら、ようやくソフィがいないことに気が付いた。大猪と戦っている間に、彼女たちと少し距離が離れてしまったようだった。
「貴女たち、猊下はどうしたのですか?」
「ソフィ様が猪たちは任せて、こちらに向かえと」
イサラは眉を顰めると、キースに掛けていた治癒術を止めて立ち上がった。普段なら護衛対象であるソフィの元を離れたフィアナに小言の一つも言うところだが、フィアナたちを遠ざけたソフィの判断もわからなくはなかったので、特に何も言わずに首を横に振った。
「貴女たち猊下の援護に向かいますよ」
「はいっ!」
「わかったぞっ!」
イサラはフィアナとクリリの返事を待って、彼女たちを連れて先程までソフィたちがいた場所に向かって駆け始めた。
◇◇◆◇◇
ソフィたちとはさほど距離は離れてなかったようで、すぐにマリアが護っていた馬車が見えてきた。すでに守護者の光盾が消えているところから、戦闘は終わっているようだ。
「シスターマリア、猊下は大丈夫ですか?」
「あっ、イサラ司祭、そっちも終わったんだ。うん、聖女さまなら無事だよ」
マリアが指差した方を見るとソフィが立っており、足元ではレオが後ろ足で首を掻いていた。その周りには黒焦げになった猪の消し炭と、顔面から胸の辺りまでが完全に潰れている死体が転がっていた。
後から追いついてきたキースが、その惨劇を見ながら首を横に振る。
「こいつは魔石は取れそうもないな」
その声に振り向いたソフィは、イサラたちの無事な姿を見て嬉しそうに微笑んだ。
「みんなっ! 大猪は何とかなったみたいだね」
「ご無事で何よりです、猊下。こちらもキース以外は特に怪我もありませんでした」
報告を受けたソフィがキースの方を向いて尋ねる。
「大丈夫ですか、キースさん?」
「んっ? あぁ、これぐらい大丈夫だ」
キースは転がっている死体を確認しながら答えるが、まだ痛むようで少し辛そうな表情を見せた。それに対してソフィは眉を少し吊り上げると、彼に近付いて女神シルの息吹を発動させる。
「辛いなら無理はしなくてください」
「……大丈夫だと言っただろう。無駄に力を使うな」
一瞬で身体から痛みが消えたことに驚いたキースが文句を言うが、ソフィは特に気にした様子はなくふわっと微笑んだ。そんなやりとりをしていると、フィアナが魔獣の死体を確認しながら呟く。
「この魔獣の群れは、どこから現れたのでしょうか?」
「まぁ自然発生と言うことは無いでしょうね。こんなに大量の合成獣がいること自体不自然ですから」
イサラが答えるとソフィも頷く。トロルと猪の魔獣の掛け合わせなど自然発生は考えられない。誰かが作りだして襲わせたと考えるのが普通だった。イサラは眉間に皺を寄せながらキースを睨むと彼を問い詰めはじめる。
「キース、何か知っているんじゃないのですか?」
「おいおい、そんな目で睨むなよ。まぁ、ちょっとした噂は聞いたことがあるぜ」
「どんな噂なのですか?」
「目的地の古城にはじーさんが住みついていて、怪しげな研究を繰り返していたってな」
彼の話では古城は帝国で内戦が起きていた頃の城で、内戦が終ると何人かの騎士が城主として使っていたが、僻地にあるため最終的には利用価値を失い、そのまま打ち捨てられたものだという。
そんな古城に十年ほど前、一人の老人が住みついた。付近の村人との交流もなくどこの誰かもわからなかったが、彼を尋ねて神官や商人などがよく来ていたらしい。その老人が古城に住みついてから一年も経たないうちに、この周辺には魔獣が現れるようになったため、周辺の住人はあの老人が怪しげな術を使ったとか、何かの研究をしているなどと噂になっていた。
「老人と魔獣ですか……」
イサラはそう呟くと、眉間に眉を寄せて考え始めていた。しかしキースは首を横に振って吐き捨てるように答える。
「考えたってわからんさ、俺は例の魔獣を殺す。もし関係しているならそのじーさんも殺す。それだけだ」
キースの明確な殺意にマリアが一瞬ビクッと震える。ソフィはそんなマリアの肩に優しく触れると「大丈夫よ」と言って落ち着かせるのだった。
「どちらにしても古城に向かおう。また魔獣の襲撃があるかもしれないから、皆も注意してね」
「わかりました。そうですね、まずは真偽を確かめなければなりませんから」
こうして聖女巡礼団とキースは馬車に乗り込み、再び古城に向かって出発するのだった。
◇◇◆◇◇
馬車に揺られていると、時々ガタンガタンと大きく揺れていた。イサラは馬車の後から道の状況を見るとかなり深い轍が道についており、それを踏んだときに大きく揺れているようだった。
「かなり重い物を運んだ跡のようですね? それも最近」
「そんなことわかるの~?」
イサラの横から道を覗きこむマリアが尋ねると、イサラは轍を指差しながら答える。
「あれを見てみなさい。他の轍を踏み潰すようになっているでしょう? それに他の轍と明らかに色が違う。普通は時間の経過と共に他の土と多少は同化するのです」
「へぇ~?」
あまりよくわかってないマリアにイサラはため息をつくと、深い轍を指で示しながらさらに続ける。
「それに他の轍に比べて、間隔がかなり広いでしょう? アレでかなり大型な馬車を使ったのがわかります」
「なるほど~」
マリアは感心したように頷いている。イサラが彼女の髪を優しくなでると、マリアは気持ち良さそうに目を瞑っていた。
そんな二人の様子に、御者台で手綱を握っていたフィアナは微笑みながら呟く。
「あぁしていると、あの二人まるで親子のようですね」
年齢から言えば倍近く違う二人は確かに親子と言われても違和感はないのだが、隣に座っていたソフィが苦笑いを浮かべながら答える。
「フィアナちゃん、先生は耳もいいのよ?」
「聞こえてますよ、フィアナっ!」
「すっ……すみません。なんでもありませんっ!」
後から飛んできた叱責にフィアナは姿勢を正して答える。そんな様子にソフィは朗らかに笑うのだった。そんな二人に並走していたキースが話し掛けてきた。
「楽しそうなのは何よりだが、例の古城が見えてきたぜ」
二人がキースが指差す方向をみると、古ぼけた石の城が見えてくる。外壁はコケや蔓に覆われており、まともに管理されていないことがわかる。元々前線基地の一つとして使われていたものだからか、さほど大きくはなく。どちらかと言えば砦と言ったほうが近い印象だった。
「あれが目的地か……」
「かなり古いみたいですね」
そのまま馬車は城門のところまで来ると、フィアナは手綱を引いてそこで止めた。城門は開け放たれていたが、そこには如何にもな感じの巨大な鎧が立っていたからである。全長は六セルジュほどあり、両手で持つような巨大なウォーハンマーのような物を持っている。
荷台から御者台に顔を出したイサラが、その鎧を見ると目を細めて呟いた。
「あの鎧は……」
「先生もやっぱりそう思いますか?」
ソフィは首を傾げながら尋ねる。二人はあの巨大な鎧に見覚えがあった。かつてアリストの街の近くで遭遇したアンデッド・トロルが着ていた鎧にそっくりなのである。
「あのトロルもここで生まれたのかもしれませんね」
「確かに、そっくりな鎧だね。ただの銅像ってことは……」
「ないでしょうね」
ソフィの期待を込めた言葉だったが、イサラは首を横に振って答える。状況から考えてもアレは門番の類であることは疑いようがなかった。イサラは鎧の様子を窺っていたキースの腰に帯びた剣を見つめながらに尋ねる。
「キース、貴方の魔剣で何とかならないのですか?」
「俺の魂喰らいは魔獣専門だ。あれが生物に見えるか?」
キースが肩を竦めて尋ねるとイサラは改めて鎧を見つめる。鎧の隙間からは何も見えず、異常に濃い魔素を身に纏っていた。
「魔導兵器……ゴーレムかリビングアーマーと言ったところですね。これは猊下のお力をお借りするしかないかもしれません」
「大丈夫、任せて」
ソフィは頷くと馬車から飛び降りた。そしてガントレットの止め具を、改めて確認しながら後を振り返ると
「皆は、ここで待っててね」
と微笑むのだった。




