第102話「魔獣の群れ」
キースと共に魔獣が出たという古城に向かうことになったソフィたちは、馬車に揺られて森の中を進んでいた。イサラは反対するかもと思われたが、ソフィの決定なので意外と素直に聞きいれた。馬車の周りにはクリリとキースが馬上にて追随している。
手綱を握るフィアナの隣に座っているソフィが、キースに向かって場所を確認するように尋ねた。
「キースさん、古城はもう近くなんですよね?」
「あぁ、この森を抜けた先だ」
ソフィがまだ深い森の先を見つめると、彼女の右手のガントレットがガチャリと音を立てた。
「レリ君、どうしたの?」
「ぐるるるる」
ガントレットの鎖が蛇のようにグルグルと動き始めると南西方面を指し示し、それに合わせたようにソフィの膝の上で、眠っていたレオが飛び起きると唸り声を上げ始めた。その二つの反応に、ソフィの眉がピクッと吊り上がる。
「フィアナちゃん、馬車を止めてっ!」
「は、はいっ!」
フィアナが手綱を引っ張ると馬車が急激に速度を落とした。突然止まった馬車に驚いたキースとクリリも同じように馬を止める。
「どうした、嬢ちゃん!?」
「どうかしたか、神子?」
「南西から何か来ますっ! 気を付けてっ!」
ソフィはそう叫ぶとレオと共に御者台から跳び降りた。フィアナも同じように飛び降りると、荷台からはマリアとイサラが降りてきた。クリリは馬上から弓を構える。
キースは鼻をひくつかせながら、馬から降りると腰の鞘から剣を引き抜いた。
「確かに魔獣の臭いだ。かなりの数だな」
地鳴りの様な音が鳴り響き、次第に大きくなってきていた。キースが森の茂みを睨みながら叫ぶ。
「来るぞっ!」
キースの声に応じたように、森の木々を押し倒しながら巨大な何かが飛び出してきた。
「これは……巨大な猪? これが例の魔獣?」
ソフィが目を細めながら呟く。ソフィたちの前に現れたのは、黒い体毛に覆われた巨大な猪で、その周りには二十頭余りの黒い猪が付き従っていた。キースは首を横に振って答える。
「いや魔獣には違いないが、こいつらは目的の魔獣じゃねぇ!」
キースの言葉に頷くと、ソフィは振り向くとマリアに命じていく。
「マリアちゃん、馬車をお願いっ!」
「はーい」
マリアは元気良く返事をすると、両手の盾を突き出して守護者の光盾を展開した。
「雑魚は嬢ちゃんたちが頼むぜ。デカイのは俺がやる。そこのアンタは俺の援護頼むぜ!」
「わかりました」
「……仕方ありませんね」
キースの提案でソフィ、フィアナ、クリリ、レオが雑魚を担当することになり、キースとイサラが大猪を担当することになった。
「とりあえず分断よろしく頼むぜっ!」
「ちょ……待ちなさいっ!」
キースがイサラにウィンクをしながら巨大な猪に駆け出すと、イサラは歯軋りしながらも呪文の準備に入った。
「レオ、貴方も合わせなさい!」
「がぅ!」
大猪に向かってキースがジャンプして剣を振り下ろすと、その刃が深々と大猪の眉間を切り裂いた。大猪は叫び声をあげながら体を振ってキースを振り払うと、キースに向けて突撃を開始した。仲間の猪たちも大猪の追随する動きを見せたが、それを遮るようにイサラの魔法とレオの雷撃が発射された。
「燃えよ、燃えよ。炎の子、矢となりて我が敵を穿て! 炎の矢!」
「ぐがぁぁぁぁ!」
その魔法によって、見事に分断された猪たちに向かって一行が挑みかかっていく。最初に動いたのはクリリだった。彼女は弓を引くとイサラとレオの攻撃によって、動きが止まった猪に対して弓を射掛けた。その矢は見事に猪の脳天に当たり二頭は勢いよく倒れた。
続いたのは守護聖衣で盾を生成したフィアナだった。彼女は盾を構えると猪に突撃して盾の隙間から騎士剣を突き入れて猪の右目を貫く。マリアが馬車を守るために後衛に下がっているため、フィアナがそのまま盾役として前衛に出るつもりのようだ。
猪たちの意識が彼女たちに向かっている間に、近くの木を蹴ったソフィは上空に飛び上がっていた。
「モード:鎚!」
ガントレットの宝玉が聖印を刻み、輝きを増すとガントレットの形が変わっていき、巨大な光の拳が形成される。ソフィはそれを大きく振り被ると、猪が集まっている場所に落下に任せて振り下ろした。
「ヤァァァァァ!」
巻きあがった土煙と共に複数の猪が吹き飛んで木々に衝突していく。この一撃で大勢を決したと誰しもが思ったが、ソフィは後に跳び下がってフィアナのところまで戻る。
「フィアナちゃん、クリリちゃん、気を付けてっ!」
「えっ……は、はいっ!」
フィアナは驚きながらも、腰を落として盾を構え直した。そして土煙が晴れると驚いて目を見開いた。叩き潰されたはずの猪はおろか、先程フィアナやクリリが倒したはずの猪すら起き上がってきたからである。
「ブォォォォォォォ!」
ソフィが注意深く観察するように目を細めると、傷口が泡立ち修復されていくのが見える。魔獣相手に治癒拳撃は使っていないため、ソフィは眉を吊り上げた。
「どうやら……合成獣みたいね。トロルか何かを掛け合わせて再生力を上げてあるみたい」
「どうしましょうか? ソフィ様」
驚異的な再生力を持つトロルを倒すにはいくつか方法がある。再生できないほど攻撃を叩きこむ。強力な攻撃魔法で消し炭にする。水に落とすなど呼吸できない状態にする等である。
この中でソフィたちが使える手段は、高火力のレオの雷撃だった。またソフィはあまり使いたがらないが、生命体である以上、モード:癒の超治癒拳撃は確実に有効である。
「ブォォォォォォォ!」
考えている間にソフィたちに向かって猪の群れが突撃してきた。フィアナは咄嗟に盾を突き出して、守護者の光盾を発動させる。
「女神シル様、悪しき者から我々をお守りください……守護者の光盾」
展開した守護者の光盾に次々と猪がぶつかっていき、その衝撃に防壁ごと後に押し込まれていく。
「くぅ……重い」
「女神シル様、悪しき者から我々をお守りください……守護者の光盾」
ソフィが右手を突き出すと、守護者の光盾を発動させて多重防壁を展開させると、今度は逆に猪たちは押し返されていく。
「こっちは私とレオ君が何とかするから、フィアナちゃんたちは先生たちの方に向かってあげて」
「……わかりました。御武運を!」
「わかったぞ、神子!」
フィアナとクリリは頷くと、守護者の光盾を解除してイサラたちの救援に向かった。この場は任せたほうが二人が戦いやすいと思ったのだ。残されたソフィはレオに向かってニコッと微笑む。
「それじゃ……こっちはこっちで頑張ろうか、レオ君?」
「がぅ!」
レオはまるで任せろと言わんばかりに吠えたのだった。
◇◇◆◇◇
その頃、大猪を相手にしていたキース、イサラペアもこの敵が合成獣ということに気が付いていた。傷が回復していく大猪を見てキースがぼやく。
「おいおい、勘弁してくれよ」
「トロルと他にも何か混じっているようですね。どうするつもりです?」
「出来れば逃げたいな」
キースがややおどけた様子で肩を竦めると、イラサは目を細めてニヤッと笑って提案する。
「貴方が突撃しなさい。その間に私たちは猊下を連れて逃げますから」
「ひでぇな、それでも聖職者かよ?」
その言葉にイサラは目を見開いて驚いている。このセリフは彼と組んでいた時に良く言われたセリフだったからだ。
「おいっ!? ぼさっとするなっ!」
「えっ?」
イサラが少し夢想していた間に大猪が眼前に迫っていた。完全に隙を突かれた上に避けようと右脚に力を込めた瞬間古傷に激痛が走る。
「くっ!」
「馬鹿がっ!」
もう駄目だと思ったが、イサラはいきなり横から突き飛ばされた。驚いたイサラが突き飛ばされたほうを見るとキースがそこにおり、次の瞬間大猪にそこを通り過ぎていった。
「キ、キースッ!?」




