第100話「信仰の剣」
東の港の調査のためにクレスと同行することになったのは、案内役としてマリアとクリリ、そしてイサラだった。ソフィとフィアナは大海原の処女号号のクルーと共に、捕縛した男たちに監視することになっていた。
クレスたちが出発して、しばらくすると草むらからレオがコソコソと出てきた。どうやら怒られないようにイサラがいなくなるのを待っていたようだ。
「あっ、レオ君どこに行っていたの?」
「がぅ」
ソフィに足に纏わりつくとゴロゴロと甘えている。ソフィは苦笑いを浮かべるとしゃがみ込んでレオを撫でている。レオも満足そうに鼻を鳴らしていた。
大海原の処女号号のクルーたちは、吹き飛ばされたフォアマストから三角帆を回収すると、ロープを張り直してメインマストに無理やり付けている。へし折られたフォアマストの影響で失った推進力を少しでも補うためだ。
縛られた船乗りたちは、無駄な抵抗はせずに大人しく座っていた。全員死に掛けていたのを、ソフィたちに救われた恩を感じているのもあったが、瀕死状態からの回復は膨大の体力を消耗するので、もはや動く気力すらないのである。
「先生たち、無事に着いたかな?」
「クレスさんがいるので大丈夫だと思いますよ」
クレスの強さを直に感じたフィアナは、彼女が居れば大丈夫だろうと思っているようだった。今度はマリアやクリリも、ちゃんと武装をしているので戦力的には問題はないはずだが、竜魔法などを使う者がいるような相手なので少し心配になっていたのだ。
「何もないといいのだけど……」
ソフィは彼女たちが向かった東側の山を見つめながら、心配そうに呟くのだった。
◇◇◆◇◇
クレスやイサラたちが洞窟を抜けて東の秘密港に辿り着くと、マリアとクリリは驚きの声をあげた。
「あっ!?」
「船がないぞ?」
先程まで並んでいた船の姿が跡形もなくなっていたのだ。階段を降りてキョロキョロと見回したが、船乗りの一人すら見つけることが出来なかった。クレスはポンポンと槍の柄で肩を叩くと渋い表情を浮かべながら呟く。
「どうやら逃げられちまったみたいだな。しかし、こんなところ港があったとは」
「そのようですね……何か残っていればいいのですが」
イサラは同意しながら近くにあった小屋などを探り始める。小屋の中には食料や水が少し備蓄されているのと、何かが書かれている紙が置いてあった。彼女は紙を手に取ると何か情報が無いか一つずつ確認していく。
しばらく読んでいたイサラだったが途中から難しい顔になり、やがて眉を少し吊り上げた。そこには運び込まれた物資の情報が書かれていたのだ。
「教会が禁制にしている物が多いですね。それに最後の『神魂の大釜』というのをどこかで聞いたような? どこに運び込まれたのか書いてないでしょうか」
さらに他の紙を探ってみると経過報告をしたと思われる手紙の書き損じを発見し、そこに書かれていた見覚えのある名前に目を見開いた。
「カタルフ司教……」
イサラはその手紙と先程の運び込まれた物のリストを、鞄の中に入れると小屋から出る。外で色々と探っていたクレスは、特に収穫がなかったようで首を横に振っていた。
「その顔は収穫があったようだね」
「えぇ、私の予想が正しければ最悪な方向で……一度、戻りましょう。詳しくは、猊下と一緒にお聞かせします」
「あぁ、わかったよ。クリリ、戻るぞっ!」
「おーわかったぞ」
マリアと一緒に探っていたクリリが返事をすると、クレスたちの元に戻ってきた。この二人も特に収穫はなかったようだった。こうして北の秘密港の捜索を終えるのだった。
◇◇◆◇◇
灯台島の騒動が起きているころ、シリウス大聖堂の聖堂長執務室では聖騎士団の大隊長クラスとアレクシオス・エス・アルカディアが呼び出されていた。綺麗に整えられた顎鬚が印象的な大隊長が代表して敬礼すると挨拶を述べる。
「団長、お呼びに預かり参上致しました」
「……よく来てくれた」
静かな口調で口を開いたカサンドラに、一同は緊張した面持ちで姿勢を正した。カサンドラの表情と声色に明らかな怒りを感じたからである。
「まずは、これを読んでくれる?」
「はっ!」
顎鬚の大隊長は差し出された書状を受け取ると、一歩下がって書状を開くと声に出して読み始めた。書状の内容は、大司教であるソフィが教会を纏めれていないことへの糾弾から始まり、『聖王』の制定の必要性とその人選に聖堂長間の協議を行うことが書かれていた。
「……故にアルカディア聖堂長におきましては、速やかに帝都の大聖堂にお越しいただきますようお願い致します。もしお越しいただけないようであれば、遺憾ながら参加した高位神官たちで相応しい者を選定致します。アルカディア大聖堂 聖堂長ノイス・べス・ダーナ ……ですとっ!?」
読んでる最中から、ワナワナを震えていた大隊長は読み終ると怒りを爆発させた。後に控えて聞いていた他の大隊長も同じのようだ。
「これは明らかに越権行為ですぞ、団長!」
「そうです! 大司教猊下を差し置いて、聖王なるものを制定するなど許されることではありませんっ!」
大隊長たちの怒りに同意するように、カサンドラも頷いて答える。
「当然よ。とても許されるものではないわ」
「しかし、母……いえ、団長。これは明らかに罠です。団長が帝都に向かったところを何かするつもりでしょう」
息子であるアレクの言葉にカサンドラは再び頷いた。彼女がその可能性を気付かないはずがなかったのだ。
「そんなことはわかっているわ、アレク。まったくあのハゲが考えそうな下衆な作戦だこと」
「ではっ!?」
カサンドラは息子の忠告に対して、手を向けて制止すると首を横に振った。そして、大隊長たちの目を見つめながら尋ねる。
「お前たち、準備は出来ているな?」
「はっ!」
カサンドラの言葉の意味を感じ取り、大隊長たちは姿勢を正して敬礼する。
「よろしい、では教育の時間だ。安全な土地でブクブクと肥えることしか能がない連中に、シルフィート教の教義を思い出させてやれっ!」
「はっ!」
◇◇◆◇◇
それから数日後、シリウス大聖堂の麓には聖騎士団二万が集結していた。白を基調にした鎧を身に包んだその軍隊は帝国内でもっとも壮麗な軍隊である。
その前に純白と青を基調にした鎧に身を包んだカサンドラが立っている。美しい顔立ちが戦女神を思わせるその風貌に、聖騎士たちも目を奪われていた。
側に控えていたアレクが差し出した剣を、鞘から引き抜くと天高く突き上げる。それを見た聖騎士たちも姿勢を正した。視線が一箇所に集まったのを感じたカサンドラが訓示を始める。
「諸君らもアルカディア大聖堂の聖堂長が下した決定を聞き及んでいるだろう? こんなことが認められるかっ!」
「否、断じて認められないっ!」
聖騎士たちは拳を振り上げながら声を荒らげる。
「大司教を追放しておきながら、教会の混乱を猊下の責任として押し付ける。こんなことが許されることだろうかっ?」
「否、断じて許すことはできないっ!」
再び聖騎士たちが拳を振り上げる。そんな聖騎士たちを見て、カサンドラは頷いて言葉を続ける。
「我々は何だ? 我々の剣は何のために携えているっ!」
「我らが剣は信仰を守るためっ! 我らが教義を守るためっ!」
聖騎士たちは腰に携えた剣を引き抜くと天高く剣を掲げる。カサンドラの言葉に、己の存在意義を示さんとばかりに声を張り上げている。
「奴らの要望は私が帝都に赴くことだっ! 奴らの薄汚い野望を成就するために私を排除するつもりだろう。だが、私は……否! 私たちは帝都に赴く。理由はなんだっ!?」
「我らが信仰を示すためっ! 我らは全ての信徒の想いを守る剣であるっ!」
最高潮に高まった士気にカサンドラが頷くと、掲げていた剣で南に示す。
「では聖戦の開始だっ! 我らが信仰を守るためにっ!」
「うぉぉぉぉぉぉ!」
最後に大きく剣を突き上げると、聖騎士たちは南に向かって行軍を開始したのだった。後にアルカディア大聖戦と呼ばれる大戦の始まりである。




