第1話「聖女巡礼団」
夜の森の中で、いかにも野盗風の男が立っていた。揺らめく焚き火の灯りで、彼の周辺に似たような格好をした男たちが倒れているのが見える。
「ちっ……ちくしょう! なんだ、テメェ!」
苦しそうにうめき声を上げている仲間たちを見ながら、何かが潜んでいる森の暗闇に向かって怒声を浴びせかける。その声に反応するように暗闇で白い影がゆらりと揺れると、カチャカチャと軽く金属がぶつかる音と共に、白い聖職者の格好をした美しい女性が姿を現した。
女性は二十に届かないぐらいの年齢で、美しく整った顔立ちに煌くような金の髪をしており、その右手には華奢な容姿とは不似合いと思える赤と白のガントレットを身に付けている。ガントレットには黄金に輝く宝玉が埋め込まれており、肘の辺りからは鎖が二本垂れ下がっていた。先ほどの軽い金属音は、この鎖がぶつかる音のようだった。
突然の襲撃に森の中に潜んでいたのは、魔物か何かだと思っていた男だったが、予想に反して美しい女だったからか、それともあまり強そうではない見た目のせいか、ニヤついた顔を浮かべる。
「なんだよ、別嬪さんじゃねぇか。いきなり襲ってきたのはテメェか!? 何のつもりかしらねぇが、こっちにきやがれ」
それまで黙っていた女性が、ようやく口を開いた。
「こんなことをするのはやめなさい。反省して自首するというのなら、慈悲深き女神シル様の名において許してあげます」
「はぁ? 何言ってんだ、ふざけんなよ、女ぁ!」
男は剣を持つ手に力を込めると、ゆっくりと女性に向かって歩きだした。女性は小さくため息を付くと、左腕に水平に伸ばして右腕を縦に重ね、腕全体で十字架を作るポーズをとった。
「仕方ありません……『聖女執行』!」
その言葉に呼応するように、ガントレットに埋め込まれた黄金の宝玉が輝き始めた。
◇◇◆◇◇
その森の中での出来事から数時間前、とある街道を三人の女性が歩いていた。三人とも白い聖職者のローブや修道服を着ており、一目で女神シルを信仰するシルフィート教会の関係者だとわかる。
彼女たちは聖女巡礼団といい。このルスラン帝国皇帝の命で、各地を巡回している者たちだった。名目上の主な任務は聖女の見識を広めるためであったが、立ち寄る町などでは聖女の類稀なる治癒能力で人助けなどもしていた。
その巡礼団の一人で、とても大きな背嚢を背負った見た目は十五歳ぐらいの赤毛の女の子が、先頭をいく金髪の聖女に声をかける。
「聖女さま! 地図によると、この先に村があるみたいです。今夜はそこで泊まりましょう」
「マリアちゃん、今度は大丈夫?」
聖女は少し心配そうに尋ねると、マリアは慌てた様子で答える。
「だ……大丈夫ですよ。地図を反対に持つなんて失敗をそうそうするわけないじゃないですかっ! いやだな~あははは」
その二人の会話を聞いていた三十手前ぐらいの黒髪の女性は、軽くため息を付くと
「シスターマリア、貴女が道を間違えたのは一度や二度ではないでしょう」
「あ~イサラ司祭までひどい~!」
マリアは頬を膨らませて抗議するが、イサラはマリアからひょいっと地図を奪い取ると眉を顰める。
「……これは、どこの地図ですか?」
「えっ、アレ?」
マリアは奪われた地図を覗きこんで首を傾げる。どうやら彼女が見ていた地図は、この地方の地図ではなかったようだった。
彼女は地図を見るのも苦手でよく道を間違えていたが、訓練を兼ねて先導役をやらされていた。
その二人のやりとりに聖女はボソッと呟く。
「今日も野宿かな?」
「まぁ幸い街道ですから、途中で宿場町や村はあると思います」
聖女の呟きにイサラが気休めとも取れる言葉を送る。確かに彼女の言う通り街道である以上、どこかの町には繋がっているはずだが、それがどれぐらい遠いかわからないのだ。
聖女は諦観といった眼差しで進行方向の空を見つめると、煙が上がっていることに気が付いた。
「……あれ? あの煙は何かな?」
「煙? ご飯の煙とか? あっ……ひょっとして村があるんじゃ!?」
マリアは喜んでいたが、聖女とイサラは目を細めて怪訝そうな顔をしていた。炊飯の煙にしては、煙の勢いが強すぎるのだ。火事、もしくは……
「悪い予感がします。急ぎましょう!」
「はい」
「あっ……待ってくださいよ~」
走り出した二人にマリアは慌てながら追いかける。
煙の発生源に近付くと、多くの建物に火の手が上がった村が見えてきた。
「村が燃えてるわ!?」
そのまま村に駆け込んだ三人が見たものは、燃えさかる家屋に多くの馬蹄の跡、血を流して倒れている男性には、刃物で斬られたような痕がある。聖女は倒れている男性に駆け寄ったが、すでに事切れていた。
「ひどい……いったい何があったの?」
「おそらく野盗の類でしょう」
イサラは目を瞑って断言する。この国は長く続いた戦争がようやく休戦になり、食い扶持を失った傭兵などが野盗化して出没している。そのため、この村のように野盗の襲撃被害を受けることも少なくなかった。
聖女は事切れていた男性に祈りを捧げると、立ち上がって二人に言う。
「生存者がいるかもしれない、捜しましょう!」
「はい」
「わかりました」
村の規模からいって人口は百もいないだろう。見える範囲で倒れている人は、その三分の一もいない。三人は村をくまなく捜しまわり、まだ息をしている人々に治癒術を施していく。
イサラもマリアも聖女ほどではないが、優秀な治癒術の使い手である。二十人ほどを応急的な治療をしたところで、ようやく状況を掴むことができた。
助けた男性によると、武装した集団がいきなり村を襲撃し家々に火を放った。混乱しながらも男たちは抵抗したが、武装した野盗には敵わず次々と殺されていった。そして障害が無くなると野盗たちは、村の蓄えと逃げ遅れた女子供を攫っていったらしい。野盗に攫われた女性の末路など聞くに耐えないものだし、子供にしても奴隷として売られるのが常である。
「なんてひどい……」
その話を聞いた聖女は目を瞑り祈りを捧げる。そして決意をした瞳で頷くと、マリアとイサラに告げる。
「先生、マリアちゃん、貴女たちは残って彼らの治療を続けてください。私は捕まった方々を助けにいきます!」
「な……何を言っているんだ。アンタたちに手に負える相手じゃないっ!」
男性は慌てて聖女を止めるが、彼女は優しげに微笑むと首を横に振った。
「大丈夫、必ず助けだしてみせますから……私を信じてください」
そしてカバンの中から、白と赤のガントレットを取り出すと、手馴れた様子で右手に装着する。その腕を下ろすと、ガントレットから鎖が伸びた。
「お願い、彼らを捜して……」
聖女が祈るように呟くと、ガントレットに埋め込まれた宝玉が輝き出し、鎖が自動的に西南に向かって伸びはじめた。それを見た聖女はニッコリと微笑む。
「レリ君、そっちの方角に逃げたのね? ありがとうっ! ……それでは行ってきますっ!」
そう言った聖女は一瞬強く輝くと、その場から煙のように消えた。それに驚いた男性は、目を見開いた状態で尋ねる。
「あ……あんたら、何者だい!?」
イサラは聖女が向かったと思われる西南を見つめながら、誇らしげに答える。
「私たちは聖女巡礼団。そして、あの方こそシルフィート教の大司教ソフィーティア・エス・アルカディア猊下でございます」
「えっ!? それって噂の白き聖女さま!?」
男性が驚きながら尋ねると、イサラは黙って頷くのだった。




