7.勇者の仲間
前代魔王は、ロマンスの人だった。
強い敵を求めて旅をし、何人もの美姫に求婚され浮名を流し、飼い犬へと調教していた竜に跨って自由気ままに去る、男らしい王だった。
しかも王は姫だけでは飽き足らず王妃やら好みの王で遊んだ挙句に敵である英雄にまでちょっかいをかけ始める。
部下には「こりゃしばらく遊んでるだろうな」と思われていた王だが、ある日突然、旅先で出会ったという美しい人間を連れて「嫁にする」と帰ってきた。
魔王の心を射止めたその「嫁」は、美しい妖精と人間のハーフ、訳あって茨の塔に閉じ込められていた、そりゃもう美しく可憐な――――"王子"様。
王子を嫁にと攫ったばかりに王子の国と争い、過激に戦い勝利を得、勇者をも屈服し王子に美酒の味のするキスを贈ったその人は、今もなお強く麗しく全盛期を誇り、女からも武人からも讃えられる………魔界の、"女王様"だった。
―――さて、その息子こと現魔王はというと、
「見て!頑張って作った陽乃カラー熊さん!」
「三日も猶予やって作ったのがそれかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
……父親である妖精と人間の血が容姿だけでなく性格にまで出てしまったのか、残念臭漂う魔王である。
もっというと、「礼儀正しい子になれますように」と付けられた「恭」の名前からすでに残念臭が滲んでいるが。
そんな残念極まりない彼の未来の嫁にジャーマンスープレックスをかけられ、戦争開始の一報を聞いても変わらぬこのマイペース具合は頼もしいんだかどうなのか分からない。
…なお、「くまー」と鳴くピンク色の小熊を抱きしめながら魔王の玉座に座るその姿はシュール極まりなかった。
色んな意味でハアハアしている嫁が怒りのあまり地団太を踏んで床に大きな罅を入れるのにちょっとビビりつつ、彼はご機嫌を窺うように言うのだった。
「そ、そんな怒らなくても…あ!もしかしてもっとモフモフしてるのがよかった?」
ちょいちょい、とピンク色の熊の手を揺らしながら尋ねると、嫁の足元は細かい罅が更に広がっていった。
「……あんたね、もうすぐ勇者がドヤ顔しながらこっちに攻め込んでくるって言うのに……調子付いた人間どもだって、占領した国やら同盟国に斬り込んで来るかも知れないのに…!戦力増強しなくちゃいけないのにぃぃぃぃ!!!新戦力がピンキーな熊ってどういうことよ!?」
「見てて和むでしょ?」
「だからどうしたっていうのよそんな穀潰しがいても戦況変わらないでしょうが!せいぜいが新鮮な非常食代わりってとこね!!」
「ひどい!!」
今でこそ白の和ゴスな彼女だが、成人する前は某世界を革命する少女のような男装をしていた。
成人して以来は母に倣って和ゴス、口調も変えたり一人称を「僕」から「妾」に変えたのだ……公然では。まれに若さゆえに粗暴な言葉が飛び出てしまうが。
「だって、この前作った陽乃カラーの白鳥、喜んでもらえなかったからさあ、」
「あれ白鳥じゃなくてフラミンゴだったからね!水魔を作れって言ったのにこの子はぁぁ!!」
「綺麗な湖に可愛い魔物が居たら子供達も喜ぶでしょ?もしかしたらデートスポットになるかもしれないじゃない?それってとても幸せな光景だろうなって」
「あんた魔王でしょうが!何で人間の幸せを第一に考えてんのよ!あとアレ、あの荒廃してた何とかの国!復興どころか国全体が豊かだって聞いたわよ!何やったの今度は!?いくらのお金を注ぎ込んだの!?」
「ああ、あそこ?結婚したら王妃になる陽乃にプレゼントしようと思って…時間かかったなあ。陽乃って童話みたいな街並み好きだからさ、頑張って色々やったんだ!」
「えっわたし……?…え?」
「まず飛ぶと金平糖とか振り撒く新種の妖精でしょ、トランプの兵隊でしょ、あ!あとこの前作った薔薇も入れるし、湖には陽乃カラー白鳥と噴水から真珠や花が零れたりお城にはいつも虹が架かってて…」
「…素晴らしいけど―――男で魔王のあんたがそんなメルヘンな国を作らないの……」
「国防には魔界の将軍が直々に見てくれるし、結構良い物件だと思うんだ」
「それでも兵はトランプの兵隊なんでしょ!?紙装甲じゃん!…トランプだけに!」
「いざとなったら数少ないグロ系高位魔物を使って良いって言っておいたから大丈夫」
どやっと言い放った恭に、陽乃は「だからそのグロ系魔物を量産してよ…」と溜息を吐いた。
「あんたねぇ、……いや、その国の話は嬉しいけども、だからって可愛いもんばっかじゃ心許ないでしょ、せめて戦争に勝ってからそういうのやってよ……それにその娯楽の為にいくらの軍資金を割いたの?」
「大丈夫、元取れてるし。……それに陽乃、これも戦略だよ?」
「え?」
「ほら、『格好いい』よりも『可愛い』と向こうも身構えなくて済むし、年上連中にはまだ無理かもしれないけど――子供たちの考えはもしかしたら少しでも変えられると思わない?」
「…時間かかる戦略ねぇ…」
「だけどその分、確固なものになるはずだよ。―――ほら見て見て!試しに陽乃カラー熊を投入した国の女の子たちから可愛いってお手紙が!」
「浮気してんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「あっ、らめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
ビリィィィ!…と何遍も破かれる手紙たち。
それを咀嚼するピンキーな熊と般若のような陽乃を涙目で交互に見ながら、恭は、
「どうしてそんな酷いことするの……」
「あ?うるせーよロリコン浮気野郎が。魔族の風上にも置けんわ!」
「え、置けないの?………ロリコンでも浮気もしてないけど」
「当り前でしょ。魔族の、しかもあの偉大なる女王様の息子なら美女百人侍らすってもんよ。ココアじゃなくて美酒、ケーキじゃなくて最高級の肉を食すの!―――ま、まあ、恭ちゃんだからいいけど!嫁は私だけでいいんだけど!」
「でしょう?」
「あともう少し魔王らしい服を来なさい!黒着ろ黒!ていうかピアス一つ開けてないってどこの優等生よアンタ!」
「え、…だ、だってピアス怖いよ…穴開けたら白い糸が出てくるんだよ…それに俺、金属アレルギーだよ……」
「白い糸なんざ出ねーよ!金属アレルギーはしょうがないけどね!」
「……」
「……?」
「―――ふふ、陽乃は俺に甘いなあ」
「なっ」
「陽乃のそういう所、大好きだよ。しっかりしたお嫁さんで嬉しいな」
ぶわっと顔を真っ赤にした陽乃は、思わず恭に抱きついて、
「何であんたってそんなに可愛いのよ!!何で天使みたいなのに魔王なのよ!!」
「うーん、だって魔王じゃないと陽乃と結婚出来なかったし」
「大好きよ、ばかぁ!」
―――ちなみに、ぎゅうぎゅうと抱き合う二人の間で、陽乃カラー熊さんの骨がメキメキいってるのに、二人は気付いていない。
*
「勇者様、彼らがあなた方の仲間です」
そう言って王様が会わせてくれたのは、三人の男女だった。
「まずは彼、賢者のモール」
「よろしくお願いしますわ」
「次に女戦士のブス」
「……え?」
「え?」
「え、いや、今……え?」
「ブスですよブス。この子の名前はブスって言うんです。ブスちゃんって呼ばれてるらしいですけど。なあブス。そうだろブス」
「ブスブス言わないであげて!!名前でもこっちが微妙な気分になるから!」
「……賢者と頭文字を合わせると"モブ"だな」
「ちょっ、おま、」
「で、最後に我が国最高の魔法使い!私の可愛らしい姫、"デステア"!…公式での名だが」
「……モブです…」
「だからお前!さっきから名前で遊ぶな馬鹿!」
ぼそっと名前遊びをする文にこそこそと突っ込めば、文の肩に乗っていた毛玉に頬ビンタされた。……え、何?俺が悪いの?
いじけそうになっていると、デステア姫が金髪の美しい髪を靡かせて、俺の手を握った。うはあああああ柔らかいぃぃぃぃぃ!!
「……。わたくし、ずっとあなたに会いたかったの」
ふふ、と笑う姿は可愛かった。
俺は思わず視線を逸らして「あ、どうも」と無難に返答すると、王様は「はっはっは!」と高らかに笑い、
「デステアにはまだ婚約者がいなくてな、なんだったら勇者殿にくれてやっても良いぞ!」
「はあ!?」
「…だ、駄目ですわ、お父様。勇者様はデステアにかまうよりも、向こうの世界の方が大事ですもの……ね?」
「なに、ちょっとしたアクシデントがあればお前を置いて帰ろうとは思われるかもしれぬぞ?」
何この空気。
そして何だよアクシデントって。俺は何があっても向こうに戻って文の誕生日祝いに水族館に行くぞ。
そう言おうとしたら、文が乱暴に姫様を俺から剥がした。…いや、突き飛ばした。が正しいかも。
「きゃっ」と声をあげる姫様に文の肩から飛び降りた毛玉は往復ビン…たぁぁぁぁぁぁ!?何この凄まじいビンタ音!聞いてて痛い!!
「―――残念だが、彼は僕の恋人だ。当然彼の浮気行為は見逃さないし絶対許さない。間違っても既成事実なんて起こさせない」
「なっ」
アクシデントって既成事実かよ!……あ、そうか、それしかないもんな……じゃなくて!女って怖ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
ていうか毛玉ももう許してやれよ!マウントとってんな!お前のぷにぷにの手でそこまで頬が腫れるっておかしいだろ!!不敬罪で捕まるから止めてぇぇぇぇぇ!!
「それでも無理矢理に彼の純潔を奪うというのなら、君は必要ない。場合によっては死んでもらう」
「ちょっ、待て、純潔って何だ純潔って!!」
「君もごちゃごちゃにやにやしてるんじゃない。…いいか、この場に居る者共全員よく聞け」
「命令!?」
「彼は僕の生涯唯一大切な人だ。だれにもくれてやらない」
「ふ、文……!」
「……君も、僕だけを見ろ。後で僕を選んで良かったと泣かせてやるから、覚悟しろ」
………。
…………やだ、格好良………じゃねええええええええ!!!おかしい!この発言はお前がすべきじゃない!
そして毛玉ぁぁぁぁぁ!!!お前は姫様のスカートに潜って何してんだぁぁぁぁぁ!!もう許してやれよ、それ以上は……ドヤ顔しながら下着持って来るな!!そんな勝利品はいらな……破ったぁぁぁぁぁぁぁ!?
「あ――、…はっはっは、冗談ですよ勇者殿。貴殿の恋人にそんな……娘も、そんなふしだらな子じゃないのでね」
「そうですか…勘違いしてしまい、すいません」
「いやいや。…まあ、何だ。こんな出会いになってしまったが、同性は多い方が貴殿も安心だろう?歳も近いし、案外仲良くなれるやもしれぬ。この仲間で頑張って貰いたい」
「……彼女が良ければ、僕はかまいません」
「そうかそうか。それでは我ら人類の為、頑張って魔王を倒してくれたまえ」
「……魔王か……」
娘がどんな仕打ちを受けているのかを見ずに、文が呟いた言葉に「うむ」と頷いてから、王様はなに一つ疑っていない声色で言うのだ。
「この世で最も残虐無慈悲な外道の王よ。―――決して情を見せてはならぬぞ、勇者殿」
……いや、毛玉の方が外道だと思……スカートびりびりにすんなぁぁぁぁぁぁぁ!!!
人物紹介:
*恭 (魔王) ※妖精系男子
・魔族と妖精と人間のハーフの血が混じった天真爛漫な子。
妖精なので光属性の魔法とかはあまり効かない。魔族なのに人間界に来ると帰り道に神殿寄ってほっこりしてから帰っちゃったりする。
ちなみにその際にはよく周辺の信者さんに「妖精さんやー」となむなむされるだけで神官にも魔王と気づかれない。ある意味すごい人。
・魔王としてちゃんとした場で来てる服は白いコートに薄い青の花飾りとか緑のリボンとかを使っててすごく……メルヘンです。メルヘン世界の妖精の王様とか言われたら信じちゃう感じ。
・幼い頃の夢は「勇者」だったが、周囲は天使みたいな恭ちゃんに萌えてたので陽乃ちゃんがツッコミ入れるまで本人含め誰も気にしてなかった。
・色んな血が混じってるけど魔力は高い。しかし残念な方向に使うという……平和主義者で、人間の若い子から魔族の悪いイメージを払拭しようとあれこれ頑張っている。
・陽乃ちゃんの為に可愛い魔物とか花を作って贈るも、戦争突入してからは喜んでもらえない。戦前は自分を放ったらかしにして何かくれるよりも一緒に居て欲しい陽乃ちゃんの女心に気付かず、贈っても偶に微妙な顔される。
ちなみに大好きな飲み物はココア。タルトも好きだけどシュークリームが好きな齢百ちょい過ぎ。
*陽乃 (魔王の嫁でむしろラスボスで吸血鬼のお姫様) ※恐妻
・淡い桃色の長い髪に白の和ゴス。吸血鬼なのに名前が陽乃。一応高位の吸血鬼なのでお日様に当たっても一日程度なら頑張れる。魔界の瘴気に浸ってる所ならそれ以上も大丈夫。
・吸血鬼のお姫様で次代魔王の嫁になることは生まれる前から決まってた。魔王は世襲制じゃないので、残念臭漂う恭ちゃんが魔王になりますって挙手したのもこのため。
・激しい気性だが本当は穏やかさを好む。不変を愛すので、実はいつ討伐されるか分からない魔王の嫁であるのが苦痛。
だけど恭ちゃんが大好き過ぎるので、あえて本心を隠してああだこうだと口を突っ込み尻を叩いてる。
・あとストレス溜めると身体にくるタイプ。よく恭ちゃんに心配されるが心配されると空元気を出して余計体調悪くする駄目な子。
・とても強い魔族の一人だけども、豆腐メンタルなのがネック。




