6.動き始める僕らのRPG
「毛玉」――と文が名付けたこの奇妙奇天烈な二足歩行の猫は、文の肩によじ登ってぶらぶらしてたり休憩中の文の太腿を枕にしたり―――ちょ、ちょっと羨ましい…光景、なのに、鳴き声と無表情のような顔のせいでシュール。ていうか顔キモイ…。
「可愛い顔をしているだろう?」
「えっ」
俺はてっきり動作が可愛いのかと思ってたんだがな、文からすると顔まで可愛いらしい……あれか、キモカワってやつ?女子高生好きだよなキモカワイイっての……。
「んあ゛ぁぁぁぁぁ」
「鳴き声怖っ!…ていうか近寄んな!お前目力凄過ぎなんだよ!」
「……んなぁぁ…」
「え、ちょ、そこまでショボくれなくても…」
「国光くん……」
「お前まで何だよ!」
なんだよなんだよっ、毛玉ばっかり贔屓しやがって!
………ん?……え、あ、待て、違う、違うぞ!嫉妬してないぞ!!ただ何か…俺の意見が反映されないなって、そう思うだけで…って――ああああああああ!!俺(にあげる予定だったと思われる)のカルメ焼き!毛玉にやるの!?
「これでも食べて元気をだしてくれ」
「んなー」
「………っ」
「国光くん、国光くんには飴があるぞ」
「………」
「君の好きな苺キャンディ。はい、」
「……ありがと…」
餌付けだ。餌付けされてるぞ、俺…でも苺キャンディ美味しい…。
俺と文の間で毛玉がバリゴリとカルメ焼きを食べていなければ、いつも通りなのに―――ん?
「文、お前は?」
「え?」
「お前は飴、舐めないのかよ」
「だってもう一個しかないし…」
「…?食えばいいだろ…?」
「駄目だ。これは国光くん用。国光くんが疲れた時の為だ」
「なっ……べ、別にいいっつーの、そういうの!俺はガキ……だけどっ!お前より十日分年上なんだぞ!」
「たかが十日じゃないか。それに僕は今お腹空いてないし」
「でもなあ―――あ?」
「ん?……毛玉?ポケットをごそごそして、どうしたんだい?」
今まで俺達の言い合いをきょろきょろ見ていた毛玉が、よいしょと立ち上がって魚の頭の形をしたポケットから、ころりと。―――えっ、
「い……苺、キャンディ…」
「何で毛玉が―――?」
最初はころりと出て来た飴が、二粒三粒と転がり出て、最後はずばあっと十数個くらい出て来た。
「うぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」っと変な声を上げた俺の目の前で文がキャンディを一粒口の中に放り込み、包装紙をよくよく見る。
「…うん、これ、君にあげたのと同じ物だ」
「マジでぇぇぇぇぇ!?」
「すごいな毛玉、これは一体どうしたんだい?」
「な゛ぁぁぁ、なあ゛ああああ」
「ほう、君は『僕の持ち物』であればそのポケットから取り出せるのか」
「なー」
「じゃあ催涙スプレーの詰め替え、出せるかい?」
「なー」
「出て来た!マジで出て来た!すっげー、お前どこの世界から来たんだよ!」
「ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎり」
「遠くて近くて古いところから、僕と君を守る為に来た騎士だそうだ」
「何それカッケー!!」
「ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎり」
「あんまり褒められると恥ずかしいらしい」
ぎゅう、と文の腰にしがみついて顔を隠す毛玉。
鍵尻尾はびんびんと激しく左右に振られており、歯軋りも心なしか酷くなってる気がする。
文はそんな毛玉を腰から剥がすと、「君も食べてごらん」と毛玉の小さな手に苺キャンディを一個、持たせた。
受け取ったそれをじーっと見た後、毛玉はてくてくと俺の所にやって来て、
「な゛ー」
「……何だよ?」
「―――君に、受け取って貰いたいんだよ」
てれてれと俺にキャンディを渡そうと、両手を一生懸命に突き出し背伸びする毛玉。
……こ、こうやって見ると……可愛いかも……。
「……毛玉はやっぱり……」
「へ?」
「…毛玉は、僕に似てる。君に喜んでもらいたいと行動するところとか」
「なー」
「……俺を喜ばす、って……」
「なな゛っ」
「その子は君の笑顔が見たいようだよ」
「え、笑顔ー?」
言われて笑顔を作るって、結構難しくないか?
恥ずかしいし……でも、こいつは今まで文の事守ってくれたし、俺にも好意的だし…悪い奴じゃないのは分かる。ちょっと歯軋りとか目力の件を抜きにすれば、可愛い。
―――だけど高三男子に笑顔のリクエストは無理なわけで、俺は苺キャンディを受け取ると毛玉のもさもさした頭を撫でた。不思議そうな毛玉に、ぼそぼそと、
「……ありがと」
耳がぴくりとしたから、きっと届いただろう。
毛玉は瞬きも忘れて俺の薄ら赤いだろう顔をじっと見つめ――――
「ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎり」
照れてるのは分かってるけど歯軋り怖ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!
*
――――その後。
俺達二人と一匹が城に戻って来た(元居た場所に足を踏み込んだら目の前に王様たちがいた)瞬間、テンション高い王様と側近が「勇者様が勇者様になったぞ―!」とはしゃいでその日のうちにパーティーが始まった。
俺がパーティーの隅っこに隠れて怯えてる間、文と毛玉はもさもさと食事をかっ込んでたな……あいつら肝が据わり過ぎだろ。俺なんて文が甲斐甲斐しく色んな物持って来てくれても、食えたのなんてリンゴの兎を三分の一くらいしか齧れなかったのに。
俺が残したものを毛玉がごきゅごきゅ飲み込んでいる間、王様の命令により、全世界に「勇者、立つ」の言葉が伝えられたそうだが、
――――それは、「ラスボス」の住まいである魔王城にまで届いていた。
「…恭ちゃん!勇者こん畜生のすっとこどっこいが召喚されたって―――!!」
そう、魔王城の魔王陛下の部屋その1の扉を叩いて蹴って殴ってるのは美しい吸血鬼の姫、「陽乃」。
腰ほどの長い髪は淡いピンクで、綺麗に巻かれている。儚げですらあるその髪色に反して瞳は吸血鬼の証である赤。意志の強そうな瞳に映える白い肌と―――服装も白の和ゴスな彼女は、魔王の幼馴染であり「婚約者」でもある。
美しい吸血鬼の婚約者である恭ちゃんこと魔王は、かれこれ三日と部屋から出て来ていない。
爺やが持って来たご飯を綺麗に米粒一つ残さず食べてちゃんと―――扉の前に出したり、書類も扉の前に出しているが、それだけだ。
城中の皆はその部屋が魔王専用の「実験部屋」であるのを知っていたから、きっと対勇者の為の、滅茶苦茶強い魔物を拵えてるんだろうと思って放っておいたが、流石にその一報は届けねばと吸血鬼の姫さんはやって来たのである。
「ええいっ私と恭ちゃんの邪魔をする小汚いクソドアが!灰にされたいか!」
小汚いというか、何とも荘厳な扉なのだが。
ビクともしない扉に苛立った姫さんはそう言って――付き従っていた従者が持つ灯りを引っ手繰り、魔法を使うなんてことすら考えずに割と原始的な方法で扉に刑を処そうとしていた。
―――が、
「あ、今、開けるねー」
そんな中、のんびりした青年の声が聞こえて来たもんだから、姫さんは灯りを従者に返して慌てて髪と服装を直した。
やっと出て来た魔王は、よれよれの絹のシャツに緑とか紫の液体がかかった黒のズボン、邪魔な前髪を上げていた小さい花飾りのピン数本を付けただけの姿で現れた。
威厳どころか飾り気もない姿だが、さらさらとした黒髪に神秘的な青のような碧のような瞳―――に見つめられて思わず時が止まった姫さんだったが、すぐに自らの目的を思い出す。
姫さんが「大変なの!」と切り出そうとするのを空気を読まずにスル―した魔王は、えへへー、と背後に隠していた真っ青な薔薇を取り出した。
「……な、に…これ」
「ほら、青色の薔薇なんて無かったから!陽乃この前『青色の庭園も欲しい』って言ってたでしょ、だから作ってみた!」
「………」
「なかなか難しくってねー、もう大変だった……花言葉は「神の祝福」にしてさ、俺達の結婚式にばーっと上から降らせたら凄くない?それまでに頑張って増やすからね!」
「……………」
「二次会はこの花の庭園でするのも面白いよね、青が目立つように白とか黄色入れるのもいいかも。あ、それでね!今から虹色の薔薇も作るんだ!面白味あるで――――あれ、陽乃?どうかした?お腹痛いの?」
八重歯を見せて、「褒めて褒めてー」といわんばかりに、果てには一ヶ月後の結婚式にまで飛んじゃってる魔王を前にして、姫さんは俯いてぷるぷると震えていた。
これから修羅の道を歩まねばならぬというのに、この優男は無駄なものに無駄に時間を浪費して――と憤る反面、いつもと変わらずに「陽乃に」と何かを創る魔王を愛しくも思ったのだ。
―――しかし、だからこそ。ここで情に流されてはならないのである。
「今そういう場合じゃないでしょうがああああああ!!!戦争始まるから式は延期じゃああああああああ!!」
魔王は、未来の妻にジャーマンスープレックスをかけられたのだった。




