324-4.三つ巴
「―――ふあ……寝るぞ毛玉ぁー」
「んなーん…」
「………」
明日はどこに行こう、と悩んでいた俺だが、時間が時間だけに(べ、別に眠気に負けたわけじゃねーぞ)さっさと寝ることにした。
俺の背中にくっ付いていた毛玉はトボトボとベッドに向かい、すでに眠っている文を起こさないようにベッドに上がった。
対する俺は――何回目の頃から始めたのか忘れたが、念の為に剣を枕下に潜り込ませてからベッドに入る。
(…顔色は、悪くないな)
薬を飲むと、あんまり効かない癖にその副作用だけはよく効いて、とても眠くなる―――今は、本来の効果も効いているけれど。
結局、どんな薬も最終的には文の身体には効かないんだ。もしかしたら、呪いのようなものなのかもしれない。
俺から見ても大丈夫そうだと、安心している内に具合が悪くなるだなんてしょっちゅうだから……まるで、俺と文に、「幸せになるなんて許さない」とでも言うかのように。
だが、そうと分かっていても医者に頼るしかない。騙し騙し、少しでも文の痛みが薄まるように。
「……くにみつ、くん」
「―――文?起こしたか?」
「ううん、さっき、起きた…もう、寝る?」
「ああ、寝るよ」
そう言うと、文は「そっか…」と呟いて俺の腕に抱きついた。
ちゃっかり文の胸と俺の間に挟まっていた毛玉のおかげで理性は生き残ったが―――くそ、なんでこんなに甘えん坊なんだ文。心臓に悪過ぎる。
最初の頃はあんなに格好良く―――ああ、でも、あれも心臓に悪かったわ。
「おやすみなさい…くにみつくん…」
「………おやすみ、文」
文がもぞもぞと顔を上げると、俺はそっとキスする―――いつの頃から始めたんだっけ。
(なんだっていい。…明日の夜だって、キスできるように。)
―――いつかの時のように、朝が俺たちを引き裂かないよう。
誰に祈ればいいのか分からないけれど。ただそれだけを願って、眠った。
*
「―――もはや、時間は無い」
俺らが眠りにつく、十数時間前のことだ。
魔族に対抗する人間たちの連盟――【神聖同盟】の親玉が、神聖さを表す全てに囲まれながら、老いたその手をゆっくりと組む。
彼らの「素晴らしい」歴史を描くタペストリーが壁に掛けられた謁見の間で、聖騎士はみな頭を垂れて、重々しい声をただ待つ。
「"代行"も逃げた今、悠長な事は言えぬ。少しでも勇者に似通った者がいればすぐにひっ捕らえ神殿に送れ。抵抗するならば、多少の危険を味わってもらえ」
黒髪の剣士。茶髪の召喚士―――男と女で旅をしている一行は全て、"確認"しろ。
聖騎士連中は「御意」と返事をする。
そして何人かに別れて各国にその旨を伝え、また何人かは部下を引き連れ噂のある所へ出向いた。
残りはみんな居残り組だ―――というのも、彼らは現在魔王領とドンパチしていたからで、本拠地を手薄にする訳にはいかなかった。
「ああ、我らが主よ。我らの糸≪うんめい≫をどうか、勝利にお導き下さい」
祈る教皇の背後のステンドグラスに描かれているのは、「末娘」ではなく運命の女神。
女神の足下には屍。ヴェールで見えないその横顔は、淡々と運命を織りあげようとしていて表情は硬い。
―――彼らは真実を知らずに、"穢れた身"である「末娘」の石像も何もかも、破壊して回っていた。
「―――陛下、本当によろしいのですか?」
一方、光と秩序に反する魔界側は、教皇が命じるのと同時刻に一つの国を占領した。
いや、領土回復完了≪レコンキスタ≫が正しいか―――そんな血生臭い中に、白い魔王こと恭はいた。
「うん。神殿の損傷が気になるからね」
常であればこれは陽乃が率先していたことで、問いかけた十怪の一人、レーヴァン将軍は後で正気に戻った陽乃に殴り飛ばされるだろうなと、思う。
しかも、この白馬に騎乗した恭に擦り傷一つ負わせた場合はその限りでは無い。確実に首が飛ぶ。
十怪では割とまともな神経の将軍は、戦場に在って初めて胃がギリギリした。
「神殿までは分かりませんが、街の末娘様の像はあらかた破壊されていたそうです」
「そう……邪神様、きっと怒るなぁ…」
「末娘様、ではなく?」
「うん、末娘様はそういうことは気にしないからね」
とことこと神殿を目指すと、瓦礫を避けながらパンを抱えた子供が「白いお馬だー!」と無邪気に小さな指をさす。
恭は「白いお馬だよー」とのんびり手を振ったが、大きな荷物を抱えた母親がよろけながら駆け寄ると子供の頭を下げさせる。
それは畏怖の念も多少あれど、どちらかというと「お偉いさんに何してるの」に近い。実際、恭たちが過ぎて行くと「人を指さすなって教えたでしょ馬鹿息子!」と叱る声が聞こえる。
「市民の被害は少なかったのかな」
「は、陛下の指示通り開戦前に避難させましたゆえ、荒くれ者十数名の負傷を除いては。占領されたとはいえ二日程度ですから―――まあ、城壁はボロボロですがな」
「そう……でもここを二日も占領するだなんて、…よっぽど頭の良い人がいたのかな?」
「悔しいですが、肯定です。それに加え英雄も多く投入したようでして」
「彼らは?」
「逃げたのもいれば捕えられたのも。とりあえず、死亡が確認できたのは三名だとか」
タコ(※魔族の復興班)がのっそりのっそり瓦礫を運んでいる先には、お目当ての神殿がある。
ここは末娘を祀る神殿でも、三番目に規模の大きい神殿だ。それだけに今回の占領、二日間とはいえ看過出来るものではない。
恭は神殿から聞こえる弔いの声に、伏せ目で呟いた。
「逃げなかった、のか……」
開戦前、神官にも逃げるよう忠告したし末娘も神託として「捨ててもかまわないから逃げろ」と言ったものの、誰一人として神殿から出なかった―――正直な話、駐在軍はしばらくの平和っぷりに弛み自分の強さに自惚れていた故の敗北の結果、神殿に人員を割けず神官数十名が殺されてしまった。
それゆえに、嘆いた末娘に頭を垂れていた恭は荒らされた神殿にわざわざ足を運び―――
「司祭殿、」
「おお、恭陛下。わざわざご足労頂いて申し訳ございません」
破壊された神殿の修復に指示を飛ばす中年の司祭に声をかけると、司祭は腕まくりした姿を直さずに礼をしたまま書類を渡す。
司祭の傍にいた女神官がその場の指揮を引き継ぐと、司祭と恭と将軍はその場を離れる。
「なるほど……」
手渡された被害状況と破壊された目録を見るに、今回一番危惧した「神器」は無事だった。
――――そう、末娘が残した、神々の中でも一番数少ない貴重な神器。
恭が目録から顔を上げて頷くと、司祭は「生ける神器」を隠していた部屋に案内する。
最後までこじ開けないようにと命をかけたのだろう、黒く変色した血が付いている以外、ただの壁に見える扉を開けた先には―――
「きゅー(´;ω; `)」
「きゅぅ……(´;ω; `)」
「((;´・ω・ `))」
「きゅ、きゅ…(´・ω・`)」
これぞ楽園≪パラダイス≫。…………じゃない。
まるで新婚のお熱い夫婦が初めての子供の為にと作った、ピンクでカワイイ部屋。ニンジン型のクッションとか切り株型のテーブルとか。お花型の椀とかミニメリーゴーランドとか。
……なんかもう、メルヘン過ぎる部屋に黒い子兎たちは震えて一か所に固まっていた。
「ふっ、…ぐ……へ、陛下…なんですかこの天使…いや、ウサちゃんたちは……!…ただのお兎様じゃ……!?」
「いや、ほぼ似てるんだけど、将軍の言う『お兎様』は聖獣だからと保護される――特に能力のないタイプと、末娘様の護衛を兼ねているタイプに分かれているものだろう?
この子たちは攻撃力は無いけれど、ある能力に特化した可憐で儚い神器なんだよ」
「ふがあああああああ!!たしかに可憐で儚いいいいい!!」
「ちなみにこの神器たちは信仰の度合いで増えるんだ。神器名は他の子と同じく"お兎様"なんだけども」
「―――はい、そしてこの子たちは万病・傷害平癒の御力を持っているのです」
「た、確かに癒されますな……ああん怯えないでっ」
「末娘様の『救済』をその身に宿しているんだろうけど―――将軍、もしかしたら鎧の音に怯えてるのかも」
「はっ、そうか!!」
気持ち悪いことになっている部下をまったく気にせず、恭はじっと兎を見る。
(――…国光君はきっと、"俺は"多少信用してくれている。……けど、"俺たち"のことは信用していない。勘違いで陽乃のように何かされると非常にまずいから、あの時は国光君が心底困り果てる時まで待っていようと思った。……その選択を間違いだとは思っていないけれど、)
(出来れば此処に直接連れて来たかった―――しょうがない。今は慎重さが求められる)
(だけど―――俺、単身で"奇跡"を持って行けたのなら。)
"友情"の為に。
…いや、そんなお綺麗な事は言わないでおく。
案の定、掟破りの為に神に呪われ狂ってしまった恋人を、救いたい。もう一度、「友達だろ」と差し伸べてくれる手を望んで、自分は私利の為に神器が欲しい。
―――でも、その前に。
恭はごほん、と咳を一つしてから、背筋をピンと伸ばして司祭に身体を向けた。
個人の感情よりも、まずは王の失態に対する反省として、この国の被害報告を見聞きし、二度は無いように努めなければならない。
人間の王と違って、歴史的に残虐であった魔族の信頼を作るためには、適当も二度目も許されないのだから。
「―――みなさんが断固として動かない訳が、この子たちなのですね」
「ええ。末娘様の"救い"を神聖同盟に知られればすぐさま殺されます。例え殺されずとも、末娘様を否定する者共の中では生きてはいけますまい。この子達は末娘様の一部分とも言えるのですから」
「そうですね……あ、もう一つの神器は?」
「……実は、それは対外的に、神聖同盟の目を誤魔化す為の嘘でございます陛下。我らが大事に見上げているあの女神像はただのフェイクなので当然、なんの力もございません」
「…じゃあ、実質"被害は無い"……多少の犠牲を出してしまったものの、ということですね」
「はい。……申し訳ございません、わざわざご足労頂いたのに」
「ううん、気にしないで―――あ、でも、嘘を吐いてたのならどうやって信者の病を癒してきたの?」
「ああ、女神像にお祈りをさせた後、"心を癒す"名目でウサたん……いえいえ神器に触れさせたのです。あんな風に」
あんな風に、とはレーヴァン将軍のことだ。
最初は怖がっていたものの、今ではゴツイ将軍の至る所に兎がよじよじと登ってる。丸まってる。………将軍は、「我が人生に一片の悔い無しッッ」と涙を流しながらもふもふに耐えていた。
(いいなー…ん?)
けれど一匹だけ、まだ小さいのがクッションの陰で怯えている―――恭は膝を着くと、「おいでおいでー」と手招いた。
「きゅ、きゅん……(´・ω・`)」
恐る恐る近寄る兎に、恭はそっと手を差し出した。
兎はオロオロしたあとすり寄ってきて、抱き上げると耳をひょこひょこさせる。
(司祭さんの様子から察するに、まだ魔族への悪感情はない。……お願いしたら、もしかしたら)
恐らく復興に伴いこのお兎様たちは駆り出されるのだろうけど。……医療部隊ならば幾らでも回せるはずだ――と、恭は頷いた。
「―――ねえ司祭さん、この子の力を貸して欲しいんだ」
「この子を?」
「うん、僕の婚約者が今、ちょっとね……それに、"友達"の恋人も治してあげたい。……駄目かな?」
「……やれやれ、陛下の頼みともあれば―――しかし、この子たちの為に散って逝った者の為にも、どうか大事に、何とぞ大事に。…お使いください」
「はいっ。…じゃあ次は城の被害を見に行こう。それまで、他の子たちと遊んでてね?」
「きゅーん…(´・ω・`)」
「ははっ、"行かないで"と言っておりますぞ陛下」
「嬉しいなあ。でも、ちゃんと迎えに行くからね―――将軍、行こう?」
「ふがっ!?」
兎に討伐されかけていた部下に声をかけると、将軍はよろよろと立ち上がったあと、急に司祭の手を掴み、
「ひっ」
「わ、私、ここの信者になりますので!!なりますので!!!」
「ちょ、分かりました、あなたの信心ぶりは分かりましたから手を振らないで下さいもげます!!」
しかも兎まで怯えてまたクッションの影に隠れてる件。
恭はくすくす笑いながら「将軍は可愛いのが好きなんだねー」と……いや、そうじゃないだろ、と司祭は突っ込みたかった。
けれど不意に恭が真面目な顔をするものだから、司祭は思わず姿勢を正した。
「―――司祭殿、次はこのような失態、犯しません。……末娘様に誓って」
「あ、ああ……はい、信じておりますとも」
「ありがとう」
そう微笑んで、何十人もの神官が命を賭け、そして散らしてまでも守った「神器」―――いや、「天使」に名残惜しく背を向けた恭の装飾品に一際目立つ物が見えて、司祭は思わず声をかけた。
「陛下、珍しい宝石をお持ちですなあ。―――珠の中に魚とは」
とても、美しい。
司祭が呟くと、恭はゆっくりと振り返って、儚く微笑んだ。
「そうだね。……とても、残酷なほど美しいんだ」
*
―――――そして、現在に至る。
夜も更け、俺は今日あちこちで起きた対立する「信者」の動きなど知らずに、文とくっつきながら寝ていた。―――が。
「ぐるるるる……」
僅かに感じた違和感に、そっとうつ伏せになって枕の下に――自然な動きで手を伸ばす。
布団の中で警戒の唸り声を上げる毛玉は、文お手製の寝間着に似合わない凶悪な爪を光らせて、「フーッフーッ」と息も荒く"待つ"。
「………ぃち、―――かかれ!!」
窓を割り扉を蹴破り、黒装束の武装した人間たちは一斉に俺たちを取り囲む。
窓から来た連中はそこから動かず、逆に扉から来た連中が俺たちに襲いかかる。扉側、寝惚けた文が咳込みながら「えっ!?」と顔を上げ、男の一人が腕を―――掴む、寸前、
(今っ!)
枕の下から引き抜いた剣で、男の腕を斬り落とす。
勢いよく吹き出た血が文にかかってしまったのが失敗だ。……俺は文の方を毛玉に任せると、窓を塞ぐように剣で威嚇する男数名にひとまず斬りかかった。
「シャーッ!」
毛玉は訳が分からず置いてけぼりの文を守ろうと爪で顔を裂き、喉仏に喰らい付く。
文の病気から中々ビームが出せないのがキツイが、まったく遅れはとっていない。
「ま、待てッ、私たちは君たちを、」
真っ赤に濡れた剣を振り上げると、飾りが少しだけ見える男が慌てて何かを言う。
だが、碌でもないことは分かっている――――いいか、俺はな、
「自分の幸せ掴むのに、忙しいんだよ」
かまってられるか。………畜生が。
*
三者三様の信者の話でした。
補足(長いよ!):
*「生ける神器」。ウサた……「お兎様」
⇒"万病・傷害病平癒の力を持つ、『救済』を司る末娘様の神器のこと。
・その姿は末娘を象徴する聖獣、「黒兎」に似ており、呼称も同じである。
というのも、末娘が黒兎に異様なほど親近感を抱いたためとも言われており、彼女が関係する神器などには全て黒兎がいる。
・「お兎様」のタイプは三つに分かれており、
一つは末娘の御膝元である魔界にはちらほらいて、見つかると保護されるもの。寿命がありほとんど力が無いか、依り代程度の力しかない。
神話だと末娘の切り落とした髪の毛から生まれたとのことだが、基本的にほとんど他の兎と一緒。
人間界にあるものは末娘様が己の涙を核に作った神器だけである。なお、信仰の度合いによっていつの間にかお兎様が分裂して増えてる。
これが上記の「万病・傷害平癒の力」を持つ子たち。当然神器なので寿命は無い。
そして三つ目のタイプは、末娘様に直接仕えている子たち(親衛隊)である。
元は自然災害の化身であったり、末娘様の髪飾りから生まれたりと、他のお兎様とは格別の存在。
↓以下からは「神器」としてのお兎様の説明↓
・基本的にみんな臆病だが割と人懐っこい。全員トロいけどそこがいいらしい(信者談)
なんか一生懸命歩いてる姿を見るだけで癒される。もふもふされると生きる気力がみなぎる。
どんな奇病だろうが強面の人だろうが兎は付いて行ってもふもふします。治ります。
病気が重すぎる人には兎一同が全力でもふもふ。
・末娘様の神器に攻撃的なのは基本的に無い。主に医療系の物ばかり。
末娘様は性善説を信じてる派。チャンスをくれるので罪人から人気がある。そのせいで神聖同盟から毛嫌いされたり……。
そのため、今回の防衛戦や領土回復戦には魔族の他に怖い人たちだって頑張ってたんだよ!強面のヤーさんみたいのが頑張ってウサ…神殿守ろうとしたんだよ!
・神官の人に大事に大事に育てられてる兎たちは末娘様の気配があるところじゃないと生きられないので、神聖同盟にパクられたら死ぬ。
多分末娘様の気配の濃い魔王城に連れて行ったら大きくなるか増える。恭に懐いたのも末娘様の気配がするから。
・ウサちゃんルームは当時一匹しかいなかった兎が寂しくないようにと国王様が金(※税金から)出して作らせた。
そして当時の大司祭と司祭がいい年こいたおっさんのくせにメルヘン仕様にしたという……。進化するウサちゃんルームだけども、実は神殿のあちこちにある。




