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君が好き過ぎて終わらないRPG  作者: ものもらい
2.れっつ、こんてぃにゅー!
39/44

小話:巡る彼女



―――水のせせらぎと、衣擦れ。夢が叶った興奮で、弾む吐息だけが聞こえる。


床は夜空だ。星々が煌めいている。あちらこちらを流れる水には青い薔薇と真珠が揺らめいていた。


丁寧に着飾った彼女は百年もかけて作られた純白のドレスのその全てにも勝る輝きで、優しい微笑みの夫の元へと少しずつ進む。


この歩みはとてももどかしく、しかし幸せに満ちている。勝者の道である―――



「さあ、膝を着いて」



そして、彼女に王冠を授けるのは………。











二回目の時だ。


陽乃は方々に出向いて十怪に諸侯と話を付け、魔王城の護りを更に固めた。


間者曰く「前回に続き、片割れは高評価の勇者」だと――繰り返した故に、能力を最初の時点から引き継いだ国光が油断ならないのだ。


―――だが、"繰り返す"のが国光である、という事実は、実は僥倖である。

これが使役に慣れた文であれば、どれだけの脅威になったことか。彼女は危険だ。あれは狂信者のようにとんでもないことを平然としでかすのだから。


国光も陽乃も使えぬカード―――"自爆上等"、これを使う事に何のためらいも無いのだ。


しかも彼女の能力からしても、単騎で突っ込み魔王城を滅茶苦茶に出来るだろう。……"未来"に固執する二人には到底真似できない。



―――これが、二回目の初め頃の陽乃だった。




「陽乃ー!見て見て、陽乃カラーの熊さ……」



陽乃は公の場では常に強気で傲慢であるが、繊細でいて心配ごとが身体に響くという、正反対な物をその美しい身体の内に秘めている。


勇者の片割れである文が、女神に何の不敬をしたのか病弱になってしまったのが救いとはいえ、お荷物を抱えた国光の旅は困難どころか経験を積んでしまっている。


一度目の悪夢が怖くて、それが夢どころか現実でも、幻覚として見始めている彼女は。

………もう、久しく血を飲んでいない。


「……陽乃?」


恭はそんな彼女の気が紛れれば、と創ったピンクの熊と陽乃を見比べて、とても気を落とした。



(―――…陽乃は、何の心配だって、しなくていいんだよ……俺、頑張るから……)



けれど、一度目の結末を知らない恭は、両手で顔を覆う陽乃に何も言えなかった。


彼がここで何か安心させようとしても、それが余計に彼女の重圧に変わる事を、彼は分かっていたのだ。



(……結婚式、早めようって、相談したかったんだけど……)



ただ、何となく「早く結婚式挙げたいな」と思ったから。その程度だったから、彼は強面の部下たちに発言できず、とりあえず大好きな陽乃に相談しようかとも考えていたのだけど。


(……今、下手をすると、悪化しちゃうな…)


ただ、長年の直感でそう感じた。

というのも、恭でストレスを発散させるにも、彼女はきっと後で自分を責めて止まないだろうから―――ときに、想う故に"見守る"選択も必要である。



「……あの家畜の餌以下野郎を使うわ。そうよ、どうせ使い捨てだもの。…まあ、やる気を出させる為にも、"エサ"くらいは用意しないと」


ぼそり、と陽乃が呟き、何かを極秘裏に進めていても、恭は黙って見守っていた。


―――そこで、"二回目"は終わる。







さて、三回目だが―――実は、ここで国光と陽乃の時間は多少差が出る。


保持者の魔力の差か、それとも神の悪戯か……策が無意味なままに潰れたショックと、恭が死なずに済んだのに、それでも夢を叶えることが出来なかった―――悔しさと苛立ちと不安に、陽乃は頭を痛めた。



「会議を始めます」


―――陽乃が巻き戻った時間は、勇者が喚ばれる前の前だ。


敬意を払って、椅子に座ったまま軽く目を瞑って頭を少し垂れる十怪より一段高い席で、恭は静かでいて穏やかに、神父が聖書を読み上げるように開始を宣言した。


その背後にはシュールさを溢れださせる掛け軸、「神様を大事に(`・ω・´)」の文字、心得数カ条が一枚。……何故か家内安全の文字もあるが、そこは置いといて。



陽乃は前回と内容も変わらないだろうと、十怪の中でも親しく使える人物にどう相談して袋叩きにするか、その算段を始めていた―――のだが。


恭は花のような笑みで十怪を見渡すと、可憐な唇から開始初めての言葉を出す。



「―――結婚式を早めることにしました」

「「「「えっ」」」」



すでに確認の言葉であるが、珍しく強引に押し通そうとする気配の滲む王に、十怪の一部は間抜けな声を出した。


恭の隣でぼんやり顔の陽乃も固まっており、誰も何も言い出せなくなった会議室をやっと解放したのは、大悪魔のライン公だった。


「………なにゆえに、とお伺いしても?」

「…そ、そーです坊っちゃん陛下!この前までは時期は改めようとか何とか難しいこと言ってたじゃないッスか!」


一応慣れない敬語を使おうと頑張っているのは忌族長の練乳である。

元は神に仕えていた一族でありながら、「末娘様はどこじゃあああああ!!」と暴れまわったあげくに堕天の罰を受けた一族で、発言した彼は最近族長になったばかりの青年である。


初代族長が末娘の大好きな菓子の名前を与えられ(この話から察せるように、末娘にネーミングセンスは皆無である)、以降彼らの一族はなんか甘い物の……いや、それはさておき。


若人が突っ込んだので年寄り組も和んだのか、「じゃあ贈り物の予定も早めませんとなあ」とかプルプルしながら会話を始める。


学級崩壊手前のような会議に再び静けさを与えたのは、陽乃であった。



「……どういうこと?今はそんなことしてる場合じゃないのよ…勇者が!あのクソ忌々しい原住民共が!!私達を否定し殺そうとしてる時に!!!あなたは式で各領土の警備を手薄にする気!?それで領土が奪われたらどうするのよ!?」



魔王とその正妃の結婚式ともなれば、魔王領の管理官を任された有力な魔族も参列するだろう。

一大イベントに浮足立ち、魔族も供を連れて魔界に戻る――となれば、その隙を突かれる可能性が高い。だからこそ恭は、安定してきた「領地」が荒れるのを嫌い、結婚式を延期したのだが―――。


(これ以上、下手なこと、しないで……!)


陽乃の怒りで周囲の空気が重くなる。

それを見守る側になった十怪は――陽乃の苛烈さとキレたら手が付けられない性のその結果も熟知しているので、一同は黙って変わらぬ微笑みを浮かべる王の言葉を待った。


「陽乃。人間は云わば俺たちの兄弟で隣人だ。その言い方は感心しないね」

「そんなのどうでもいいわ!理由を話しなさいよ!!」

「…理由、って言ってもなぁ……怒らない?」

「怒んないわよ!」


いや、怒ってるじゃないですか、と一同は内心ツッコミを入れた。


恭は穏やかさから「えへへ」とだらしない(けれど可愛い)微笑みに変えると、照れ照れと答えた。



「夢の中でね、陽乃と結婚式挙げてたんだ。それがまたとても美しくてね、夢なのが惜しくて……だから早く現実で挙げたいなーって」

「……そ、れ。だけ?」

「うん、素敵な式にしようね!陽乃は世界で一番美人な俺のお嫁さんだから、盛大にしないと!」



溜めこんでいたストレスがブチ切れる数秒前の陽乃が、最後に「ちゅっ」と頬にキスした恭とその言葉にぐるぐるして、ストレス過多だったのがいけなかったのかショートして、様子を窺っていた蝙蝠げぼくのコロを壁にびったんびったんして崩れそうになるのを堪えていた。


びくんびくんするコロとその血で「家内安全」の額が汚れているが、恭は式のあれこれを勝手に語っており、陽乃は絶賛パンク中である。

一番の若手である忌族長の練乳はドン引きしていたが―――十怪一同は「まあ、なんか纏まったしいいんじゃね?」と誰かが呟いたのに頷き、勝手に談笑を始めていた。



―――そして恭の予想通り、急な式の予定に魔王城は慌ただしくなり、陽乃自身もあれこれと巻き込まれ……多少は、陽乃のストレスも浮いた。


美容が云々と、何も恐れずに済んだ頃のように言い出してはたくさん血を飲み、お腹いっぱいで眠る彼女の髪を撫でながら、膝を貸し出し中の恭はのんびり微笑んだ。



「陽乃は何の心配もしなくていいんだよ」



やっと血の気のない顔色や、やつれた顔も元に戻った陽乃に、そっと呟いた。




―――そして、冒頭に至る。



陽乃は、とても嬉しそうだった。初めて自分の幼い感情を受け入れてくれる寄り所を見つけた時よりも、なお嬉しそうだった。


恭も、彼女に自分の妻である証の王冠を授けることが、とても嬉しかった。

色香が前面に出るかと思ったが、逆に清純でいて春に喜ぶ乙女のような無邪気さを感じさせる彼の恋人……いや、妻の花嫁姿に自然と笑みが零れてしょうがなかった。



「さあ、膝を着いて」



頬を染めた陽乃は長い睫毛を震わせて、夢見るように紅い瞳を閉じる。胸の前で両手を組んで、淡い桃色の頭に王冠が与えられるのを待っている。


二人よりも上段、「栄えあれ」と手を宙に、もう片方を戦争を意味する剣に添えた邪神の、羽のように広がるマントの下で、末娘が対照的に美しい微笑みと秩序の象徴である本、邪神と同じく宙に―――二人に差し出す手は、「幸福を」与える手である。


芸術を愛し、また自身も芸術家であった古の魔王が造った石像の下、魔王専用の黒く透き通る魔剣を腰に差した恭は、恋人の名を呼ぶような甘さを含ませて、王冠を下ろす。



「栄光の時も、楽園へ至る時も。我らは常に、共に在る」



儀式通りに言の葉を与え、あとほんの少しの所で王冠が触れる。


陽乃は幸せだった。もうこれ以上ないと思った。…けれど、この先できっと、この日を越える喜びを知るのだろうとも思う。




――――その瞬間、彼女の頭に、魚が飛び跳ね波紋を立てる、音が響いた。







―――

―――――

――――――――



「会議を始めます」



敬意を払って、椅子に座ったまま軽く目を瞑って頭を少し垂れる十怪より一段高い席で、恭は静かでいて穏やかに、神父が聖書を読み上げるように開始を宣言した。


……………。



「……陽乃…?―――陽乃!?」



恭は、とてもとても驚いただろう。


怒るにしろ泣くにしろ、はっきりする人で、もっと言えば公の場ではどんな事があっても泣きはしない、矜持の高い陽乃が。


顔に色の無いまま、静かに涙を流していたら。静かに、大粒の涙が落ちることすらも分からぬほど、心此処にあらずといった風の彼女―――



「陽乃?…どうした?具合悪い?一体何が陽乃を泣かせるの……?」



陽乃が後で傷つかぬようにと、ひらりひらりと優雅な白いコートで隠して。


十怪に背を向けて、自分で刺繍を入れたハンカチで涙を拭う恭と、反応が鈍い陽乃―――その光景に、十怪でも歳を経た長老が上手いこと空気を濁して、主を残して別室に移動した。


陽乃は何度も温かい手で髪を梳かれ、背中を擦られたが、どうしても愛しの彼の言葉に反応出来なかった。


ただただ、心の中で、違うんだと言い訳をしてばかりいた。



(―――昔、何度も思ったわ)


(美味しいご飯をずっとずっと食べていたい。

冬の日に、お布団に潜る時間を終わらせたくない。

誕生日祝いを持って私に会いに来るお父様が、帰ってしまう時間を潰してやりたい。

恭ちゃんと遊ぶ時間がずっと続いていけばいいって、二人を引き裂く夕暮れを怨んだの)


(永劫続け、そう願った―――でも、こうじゃ、なくて。)


(繰り返しじゃないの。『終わる時間』を殺してやりたかった……これは、)



「我儘な私への、罰なの……?」



殺さない限り、この繰り返しは続く。


いくら幸せを噛み締めても、次の瞬間には元通り。



―――ああ、今やっと気付いた。このゲームは詰んでいる。


私には三回のチャンスしかない。向こうは無期限に、それこそ出た目が気に入らなければすぐに砂時計を逆さにする事が出来る。積まれた時間が強さになり、いつか私をも超えるかもしれない。「成長」は勇者の強みなのだから。

……それはつまり、下手に刺客を差し向けることが出来ないということ。


受け身しか出来ないのか?死神が来るのを待ち続けるだけしか?

私は陽の下では戦えない。寝込みを襲う?でも相手は最悪、逃げられるのに。強くなっているのに。

失敗できない。私が負けたら後が無い。でも信頼できる駒が無い。


………もう、夢を描くことも出来ないの?今度奪われるのはいつ?


ねえ、いつなの?恭ちゃんの腕の中で?目が覚めたら?ふと扉を開けた時?


どうして幸せになれないの。私が、人の恨みを買うばかりの、嫌な女だから…?



「陽乃―――」



部屋の隅。茶髪の少女が胸から血を流してこちらを見てる。


祟りに来た?―――いいや、幻覚だ。…そう、あの気高い少女はそういう性ではない。



『教えて差し上げようか』


『彼に愛されているだけでも奇跡なのに、その上を望み、傲慢であったからさ』


『君の最期は呪いに全て喰らい尽くされ滅びるのさ。魔王の妃に相応しい最期じゃないか』



幻覚だ―――……そっと、目を閉じた。









髪を撫でる、優しい手。


怖かったが、手は本当に優しかったから。勇気を出して目を開けたら、恭が労わるように髪を梳いている。


「起きた?」

「……恭ちゃん……?」

「あれからずっと、眠ってたんだよ―――もしかして、しばらく寝れなかった?」


「顔色良くなって安心した」とぎゅっと陽乃を抱きしめるから、陽乃はぽろりと涙を零す。


「とても、怖かったの……」

「そう。でも大丈夫だよ。もう怖くない」

「ほんと…?」

「俺は嘘吐かないもの!……ね?」

「うん……だいすき」

「ふふ、甘えん坊な陽乃も可愛いなあ」


甘える背を、そっと優しく、擦る。

陽乃は恭の存在に心底安心して―――ふと、時間を確認しようと、彼の肩から顔を上げた。


ら。




『殺してくれる』



勇者だ。陽乃が気に入らなかった、無教養そうな気品が微塵も感じられない庶民の顔の。


―――勇者は剣を振りかざす。狙うのはどっち?彼の首?それとも二人纏めて?


「きょ、ちゃ……逃げて!!」

「陽乃?」

「早く!!殺される、また殺されるうううううう!!!」

「え、陽乃!?」


この異常事態に、彼だけが気付かない。


ただ純粋に陽乃の体の心配をしていて、安心させるように微笑んで、「そ、そうだ、何か温かいものでも飲もうか?」と身体を起こした。


―――ああ、その隙間から覗くのは。



『陽乃様ぁぁ、あなただけ、幸せになれると、なんで思えるんです?面の皮が厚過ぎるでしょう?――――少し、剥いでやりましょうか?』



ぎち、と。白い足に爪が立てられる。

慌てて払っても、まるで陽乃が亡霊のようにその手を素通りする。


「ひっ!」

「…陽乃?」

「あ、あああ…!!」


『呪われてるんですよ、あなたは。ほら、俺以外にもあなたにお伝えしたいって』


「いやあああああああ!!!来ないで、来ないで来ないで気持ち悪い!!来るな、亡者はとっとと冥府の川に沈めぇぇぇぇぇ!!!」

「陽乃!?どうしたの?足には何も付いてないよ?」

「来るなぁぁぁ!!私は間違ってない!間違ってない!!!」



足に伝うのは何?


―――腐った手。虐め抜いてやった女の崩れた顔。傲慢と暴力を振りかざして殺した誰か。


ナメクジのように肌に触れて、布団の隙間から皆が陽乃の顔をニタニタと窺う。

それでも布団を叩き落とせない。そしたら悪夢は放り出されてしまう。


だから足を引っ張り出した。――――そしたら、何の重みも無く白い素足が現れて。


「はぁ、はっ………う、あ、あ……」

「陽乃っ、ねえ、どうしたの!?」

「きょう、ちゃん。あいつらが、わたしを、わたしを……!」


指差すのは値の張る布団。

馬鹿と笑うだろうかと、唐突に不安になった―――けれど、恭はぎゅっと陽乃の手を握ると、そっと手の甲に唇を落とす。


その瞬間、悪夢は去った。今目の前に居る神聖な存在に負けて。そう、助かった……。



「陽乃、ごめんね、俺が頼りないから……でも、大丈夫、陽乃は何の心配もしなくていいんだよ?」

「……心配…」

「俺だって、お姫様一人幸せにする事ぐらい、出来るんだから!(`・ω・´)」

「恭ちゃん…っ」

「陽乃はしばらく安静してようね。元気になったら結婚式を挙げてしまおう。ね?」

「うん…っく、」

「泣かないのー!ふふ、喉枯れてるしお水を飲んで?」

「うん……」



硝子のコップ。


並々と注がれた水を、一呼吸置いてから唇に寄せようとする。


少し香るのはレモン。……美味しい、ともう一度水面を覗いたら。



(……ん?)


(――――あ、これ。恭ちゃんの、……)



「う、ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」



思わずベッドに水を叩きつける。


掌にぽとりと落ちる指は、愛しくてしょうがない彼の物。嵌められているのはお揃いの婚約指輪。

シーツを伝う水は黒く汚れていって、溝のような悪臭がする。


鼻を塞いでいると、シーツの染みから腕が出て―――陽乃の足を、捕まえた。


「あ、あああああ!!!恭ちゃああんん!!!」


両手で指を包んだまま、嘘だと言って欲しくて彼を見た。


彼はベッドの下に何か手を伸ばしていて、「ずるり」と音を出してこちらを見る。



『好きな男の指だろ?味わうのが礼儀ってもんだろおおおお?』



服も髪も恭。なのに、顔の半分が文で半分は似た事を言い捨ててやった男。声は少女と男が混ざる。


掴む手には、無理矢理指を引き千切られた、一回目と同じ死に顔の恭――――



「貴様あああああああああ!!!よくも、恭ちゃんの、恭ちゃんの…!」



枕の下から引き抜いたのは小刀。

目の前で嘲る偽物を斬り殺そうとすれば、偽物はニタニタと恭の声で「陽乃、やめて!」と叫ぶ。……偽物と分かっていても、分かっていても―――。



(そうさ、狂っているのなら)



陽乃は、振り回した小刀をピタリと止めて。


狙いを自分の胸に定めると、異常な高揚感のまま、思いっきり胸へと小刀を突き刺す。



肉が斬られる感触を味わった瞬間、解放されたと涙が散る陽乃の耳に、悲鳴のような彼の声が届く。


それに少し遅れて、魚が波紋を立てる音を――――











「―――会議を始めます」



敬意を払って、椅子に座ったまま軽く目を瞑って頭を少し垂れる十怪より一段高い席で、恭は静かでいて穏やかに、神父が聖書を読み上げるように開始を宣言した。


……………。






あんなに望んでたのにね。



※拍手文変更しました。




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