2-1.変わらないもの
※鬱注意
※ラストに作者絵注意
「国光くん?」
「っ」
後頭部に柔らかい感触があって、でもそれよりも俺は文の声に反応して飛び起きた。
文は俺の酷い顔に一瞬キョトンとすると、くすりと笑って、
「おやおや、僕なんかの膝枕では気持ち良く眠れなかったかな?」
「……い、いや…」
膝枕。
…………。
……………俺は急に惜しい事をした気分でいっぱいで、おずおずと膝枕を堪能した。
文はくすくす笑いながら俺の髪を手櫛で梳いていて、そこらで転がっていた毛玉が涙目で文の腰に縋りついてすりすりしてた。
「ふふ、皆してどうした?急に甘えん坊さんだな」
「んあーっ!」
「………」
―――次は、どんな殺され方をするんだ。
幸せな気分は長く続かず、先の読めない未来に不安しか無くて。
もういっそ、この気持ちごと吐いてしまいたい。
「―――もうそろそろ、会議も終わったかなぁ」
「え?」
「…?国光くんが、このパーティーは嫌だと大騒ぎして倒れたんじゃないか」
「大騒ぎ……いや、確かに大騒ぎだったけど」
「姫様と賢者はあっさり引いたんだが、背の高い女性が抗議してな。今はお偉いさん方で会議中だよ」
「ふーん……」
俺の少ねー魔力が尽きそうなのか、どの時もパニックのまま神器を使うからか、いまいち安定した逆行が出来てない……。
とりあえず、今回は俺が殺傷沙汰無しの騒ぎを起こした未来、ってことなのか?
…どうせ、新しく仲間になる奴だって、裏切るんだろうに。
「国光くん、」
「な、なんだよ…」
「口開けて?」
「…?……あー…」
コロン。
飴玉が、俺の舌の上で、ころんころんと転がっている。
甘い苺の飴玉――これを舐めたのも、随分昔のことのように思える。
「美味しい?」
微笑む文の顔が歪む。目がとても熱くて、飴玉一つでこんなにも感情がブレるのに驚いた。
「うん、美味しい…」
…――飴も、文の優しさも。何も変わっていない。
これだけは信じても大丈夫なんだ。例え俺がどんなに汚くなっても、文だけは、変わらないから。
俺はいつまでだって、恋しくて必死に手を伸ばすことが出来る。
「最近の国光くんは頑張り屋さんだったから、疲れてしまったんだろう。…今日ぐらいはゆっくりおやすみ?」
「……いや。情報収集しないと、」
「じゃあ、明日からしよう?…焦らなくても大丈夫、二人と一匹なら、すぐ終わってしまうよ」
「……そう、かな」
「もちろん。…でも、疲れてたら効率が悪くなるだろう?だから、今は休もう」
「…うん」
「……ごめんね、僕の具合が悪いままで―――でも、調子も良くなってきたから、」
「ああ、いや、…無理するな」
「無理なんかじゃ―――…ふふ、そんな顔しないで。ほら、僕は笑えているだろう?」
「……じゃあ、文。一緒に寝よう」
「そうだね、一緒に眠ろうか」
「……俺が、寝るまで。手を握っててくれるか?」
「いいとも」
二人でもぞもぞと布団に潜ると、「忘れんな!」とばかりに毛玉も突っ込んでくる。
まるで子供のように俺らの間で喉を鳴らす毛玉―――文はくすくすと笑って、毛玉を抱きかかえて、俺の手を握った。
「良い夢を、見ようね」
「…うん」
「甘い物を食べた後だもの、きっと良い夢が見れる。…お呪いだよ」
「お前の?」
「そう。……僕はね、国光くんの魔女なんだ」
「お菓子の魔女ってか?……違うだろ」
「ん?」
「お前は……俺の、"恋人"だろ」
「!……ふふっ、今日の国光くんはお口がお上手だ」
……失礼な。
でも、恥ずかしくて。俺は枕に顔を埋めた―――文の手を、ぎゅっと握って。
「……んっ、…けほ、」
「!」
「…ああ、ごめん、ちょっと気管に入っただけ…」
「……医者呼ぼう」
「ううん。……国光くんがこうして、僕の手を握ってくれる事が、一番の特効薬だから」
「………お前の方が口達者じゃねーか」
口を尖らせて言うと、文は少し眠たげだった。
だけど俺の手に頬を寄せて、思い出したように口を開く。
「―――国光くんは、星に祈った事がある?」
「え?あー…七夕とか?」
「じゃあ、お呪いをしたことはある?」
「まあ、子供の頃に……」
「それは、叶ったかい」
「んー…半々だな。つーかどんなの祈ったかも忘れたわ」
「酷い人だなぁ。きっと忘れられて悲しんでいるよ」
「悲しんでるってお前……」
「―――悲しむんだよ」
その時の、文の瞳は。老いた人の、それに似ていた。
「願いにも、祈りにも、描き残す物にも、夢にだって、人が想うものには感情がある。…だって、人から生まれるものなのだから」
「……?」
「自分の想いには素直でいないと。その願いは、歪んでしまうよ。……だからね、僕は……」
「文?」
「…僕は、元が歪んでいるから。それは真っ直ぐでないかもしれない。でも、全てを捧げたんだよ……」
「なに、を?」
「この、想いを。命を。……自分勝手な願いだった。けれどね、許されたんだと、自分を誤魔化して……忘れなかったからこそ、僕の願いは成就し続けた」
「……よく分からん」
「ふふっ、ごめんごめん。―――国光くん、」
「んー?」
「……自分の願いを、忘れないであげてね」
「……そのつもり」
「そしたら、きっと叶うよ。…君だけの魔女の、お呪いだ」
「お前みたいなもやし娘のお呪いとかいらねーよ」
ああ―――この、文の瞳が、好きだ。
唐突に気付いて、今が夜であるのが悔しかった。文の夕日が滲んだ瞳は、陽の下だからこそ綺麗なのに。
「…いらないから……その分、早く治せよ」
「うん…」
じゃあ、眠ろうね。
朝までずっと、俺の手は温かかった。
「――――おはよう、国光くん」
「ん…おはよ?」
「寝惚けてるなあ。それは毛玉だよ」
「なー」
「むむ……わり、」
「いいよ。……」
「……文?」
文は、するりと手を、恋人繋ぎにして。
朝の陽を眩しそうに見つめて、まどろむように言うんだ。
「……少し、疲れてしまってね」
「…………え?」
「もう、身体が起こせないんだ」
「………」
よく見ると、文の首に汗が幾筋も伝っている。
手は微かに震えていて、心許なさそうに指を絡める。
「君に、何もしてやれなかった」
「……嫌だ、文、医者を呼ぼう」
「いいんだ。もう、心臓が、だいぶ……限界だから」
「いやだ、無理だ……」
「国光くん、君には散々酷い事をしたけれど―――ねえ、お願い」
情けなく、俺の手も目も震えてる。
文は俺しか見ずに、こんな時だというのに、甘えた声で。
「怖いんだ。だから、…ぎゅって、してくれる?一回したら、部屋を出てくれていい」
「……出てくかよ……ずっと、ずっとずっと抱きしめてやるよ!!だから、だからもう少し頑張れよ!まだ旅だって始まってないだろ、どうすんだよ、お前の誕生日にデート!行くんだろ?予定だって……なあ、置いていかないでくれよ」
「…国光くん、……苦しいよ」
「もう嫌だ嫌だ嫌だぁっ……無理だ、駄目なんだ、何だってするから……!」
「国光くん、」
「……ぅ、…」
「泣かないで、国光くん。…君の涙はとても綺麗で、目に痛いんだ」
「き、れい、なんかじゃ…」
「綺麗だよ、とても……国光くんはね。…うん、名前も綺麗だ。僕はね、この名前を何度も呼べることを、誇りに思っているんだよ」
「ふ、み…」
「―――ああ、本当に綺麗だ、国光くん。…胸が、張り裂けそうな、くらい……」
俺の腕の中、文は口に手を当てて咽る。
僅かに赤が見えて、………俺は、いい加減腹を括った。
「…文も、とても綺麗だ」
「ほん…と?」
「ああ。良く通る、綺麗な声だ。……釦を繕う指も、絵を描く指も。文の名前を呼ぶと、ホッとする」
「嬉しいなあ。……じゃあ、たくさん、呼んでね」
「ああ、呼ぶよ。たくさん呼んで困らせてやる」
「ふふ、ひどいひとだ」
多分、今までの中でも、一番救いがあるんだ。
俺は、文とこうして触れあえる。最期を看取れる。甚振られる事もないんだ。
……だから、だから。泣くな、泣くんじゃない。
「……朝に死ねるのは、とても有難いことだ」
「そうだな」
「でも、なにより。……君の、腕の中で死ねるのは、……叶わないと、思ってたから」
「………」
「うれしい」
「そうか」
文の口の端に、血が付いてる。
でも、俺は気付かないフリをして、最期を一生懸命伸ばしている文の言葉に、耳を澄ますんだ。
「国光くん」
「ん?」
「キス、して?」
「…―――いいよ」
今度は、ちゃんと。
お前の頼みを、聞くから。
「……おやすみ、文」
ゆっくりと指の力が抜けて、文は眠りの水底に沈んでいく。
その顔は、とても優しかった。
*
そして魚はまた波紋を立てる。




