1-4.終わらない
※鬱+グロ(たぶん)+ヤンデレ注意報。
「き…きゃああああああああああ!!!」
俺が剣を抜いたのに対してなのか、それとも文の遺体を見てなのか。……わざとらしい女だ。どうして俺は、お前の演技に気付く事が出来なかったのか。
「ゆ、勇者様、これはどういうことですの!?何で、なんで……ねえ、何とか言ってくださいな!どうして、剣を―――きゃあっ!?」
俺が無言で剣を横に薙ぐと、この女は尻餅をついて、恐怖で引き攣った顔を俺に向けたまま、ずるずると下がる。
だけど、ははっ、馬鹿な女だ。お前の背後は、
「ひっ」
壁、だ。
「せ―――"聖人よ我を守り給え"!!」
「ちっ」
…ああ、そうだった。こんなんでも魔法使いだったな。……。
四方を薄青の盾で防ぐ憎たらしいこいつに、俺が出方を探っていた時だった。
「―――おい!!何だ今の悲鳴は!!」
寝起きのようなブスがやって来る。
部屋に入り、真っ赤な文とその周囲、剣を抜く俺と腰を抜かしても己の身を守る姫を順々に見て、
「これは……どういうことだ―――姫が?」
「なっ……!なんたる侮辱!!わたくしは、モールの持病の薬を取りに、席を外してて…」
「じゃあモールが…」
「っ、いい加減になさい!モールはそんな人では―――」
「うっせぇよ」
おい、ブス。お前、いつまで文を指差してんだよ。
―――俺は、身近ですぐに八つ当たりの出来るブスに、身体を向けて。
二人して固まったのをいいことに、そのままブスの頭を刎ねた。
「あ……」
面白いぐらいに目を見開いて、姫とは思えない間抜け面で、女は震える。
(あーあ、こんなことなら、こんなのに時間を割かなけりゃよかった)
……結局、こいつは文を守る捨て駒にもならない。
ガタイも良いし、接近戦を得意とする女だから、気にかけたのに。盾どころか文を苦しめる重石にしかならない。
俺は剣を引き摺って、ゆっくりゆっくりと魔法の盾が解けかけている女に近づいた。
「ごめんな……」
「!」
「俺、どうして馬鹿なんだろうな……信じれる奴なんていないのに、お前が死なないとそれを学習できないなんて」
「……や、だ、来ないで。来ないでぇ……!」
「でも、大丈夫だ。この時間でケリをつけるよ。次は、絶対、俺がお前の勇者になる」
「いや、やめて、違う、違うの……助けて、」
「でも、その前に落とし前をつけないと」
「い゛っあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
何を騒いでんだこの女。
たかが脚一本、ぶっつり斬られただけだろうが。
文は、文はこんなに血を吐き散らす程、散々苦しんだんだぞ。なあ、分かるか?恋人が、帰ってきたら恋人が、苦悶の表情で死んでるんだぞ!?よりにもよって!!
文は泣いてた!…きっと、苦しくて、俺に助けを求めただろうに……。俺は何をしてたんだろう?何で呑気にしてたんだろう。
もう許せない。自分も、お前も。全部だ。
文の存在を許さない世界に、楽園なんてありはしない。
「助けて!!助けて、お父様、お母様ぁぁぁ!!お兄様、………モール!モール助けてぇぇぇぇ!!!」
目の前で転がる首と、自分の足を。
見せつけられて、今にも壊れそうだ。
でも、生きてたらどんな形であれ、治るだろ?……文はな、
「もう、一生治らねーんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
真っ二つにしてやる。縦に、きったねー断面が見えるようにな。
―――俺が剣を振り上げると、女は心臓すらも止めたように堅くなる。
そして―――
がっ。
―――何の茶番か、お姫様の危機を救いに、胡散臭ぇモールが"移動"して来やがった。
女を抱えて床を転がり、泣き縋る女の演技を真に受けては一生懸命宥めている。
「……ずいぶんとまあ、はっちゃけましたねえ。あんた、立派な殺人鬼の顔ですよ」
「…で?」
「―――文お嬢さんを殺したのは、姫様じゃあありませんよ」
「どこにその証拠がある?」
「姫様には薬買いに行ってもらうように頼んでたんです。まったくの無実ですよ。―――少しは、一緒に命賭けてたパーティ信じてもいいんじゃないですか?」
「……」
「………」
「……そうだな。姫様は、文のこと、あんなに……」
「ええ、そうです」
「殺すはずが無い……って、思うワケねぇだらああああああああああああああああ!!!」
俺の剣を、モールは紙一重で避ける。
モールが"移動"する隙を与えないように突いていけば、お荷物を抱きしめているモールはどんどんズタボロさ。はんっ。
「ひっく、えっく……痛い、痛いの…モール、どうしよう、どうしよう…」
「だーいじょーぶですって。ね?…っ、いざとなったら俺が嫁に貰いますよ。っ、」
苛々する苛々する。
ああもういい。犯人なんてどうでもいい。文以外の人間はみんな敵なんだろ?そうだよな。
―――俺は、モールの背中を踏みつけると、そのまま真っ直ぐ突き刺した。
僅かに覗くモールの顔はどこか幸せそうで、それが羨ましいと思いながら、"出戻り魚"を発動させた。
ぱしゃん、と。手の中で、魚が跳ねる。
*
「―――殿、彼らがあなた方の仲間です」
……頭が痛い。
頭痛に合わせて瞬きをすると、賢者とは思えない軽薄な男に、何も知らない文は友好の手を差し出した。
「よろしく」
綺麗な声だ。世界で一番、落ち着く声だ。……俺は、酔った気分で、剣を取り出す。
男は品定めするように文を見る。なんて汚らしい目だろう。―――そっと、手と手が触れて。
(触るな)
(触るんじゃない)
「…国光くん?」
「文に、触るなああああああああああああああああああ!!!」
―――首が飛ぶ。俺は笑う。そして、目を見開いた女は―――…
「も…ール…?…――――貴様ぁぁぁぁ!!!」
……なんだ、お前らこの時点で出来てたのかよ。
俺は全てを終わらせようとして、剣を構えた―――が、怒りからかこいつの魔法は研ぎ澄まされていて、俺の剣どころか腕にまで鎖が絡まっている。
「死ね。死んでしまええええええ!!」
まさかの形勢逆転。
……俺は、"出戻り魚"を、――いや。駄目だ。そんな、ゲーム感覚なんかで、
「―――国光くん」
俺の、凍えそうな心に、そっと暖炉の炎のような温もりを、くれる声。
文は、最期まで俺の味方だ。俺が最期まで文の味方であるように。
「大丈夫、怖くないよ」
ぎゅ、と。細腕に俺を抱えてくれた。
静かな音色の心臓に、俺が耳を澄ませた時だ。
ぐささささっ ガッ きん、 ぐち
まるで、羽のように。
文の背中には、魔法の剣がたくさん刺さってる。
それでも。文は。羽ばたき去っていくその最期まで、俺の髪を、いつもと変わらぬ手つきで梳いてくれた。
最後の一本が文を天に還したのと同時に、魚は幕引きのように波紋を立てる。
―――ああ、終わらない。
*
それでも、諦めたくない。
…完璧ヤンデレじゃないですかー!やだー!




