1-1.守るのならば、
―――捨て駒が必要だ。
俺は、案の定一人と一匹でも眠れないと、毛玉と枕を抱えて夜中に訪問してきた文にベッドを譲って、文の様子を窺いながらペンを動かした。
書いてる手帳は文が買ってそのままにしてた物を毛玉に取り出して貰い、最初だけ一緒に横になっていたら、前の世界から具合の悪かった文は昏々と眠ってくれた。……これを、文に読ませる訳にはいかない。
"二回目の異世界。一回目と違うルートを通ったが失敗。おそらくどう足掻いても逃げられない。"
前回のラストを思い出すに、モールは怪し過ぎる。絶対文に近寄らせないこと。
姫様は大丈夫。何とかして拉致を防いで恭たちと戦う時にも居てもらう。
ブスは……"
ブス。
そうだ、こいつは根っからの反魔族。俺もまた反魔族であるとアピールすれば、あの時離脱することも無いだろう。
接近戦が得意だから、旅の道中で手解きを受けるのもいいかもしれない。恐らく文とは仲が良くならないだろうが――――
「……まあ、いざという時の盾になってくれれば、それでいい」
ぱたんと手帳を閉じて制服のポケットの中に突っ込むと、俺はもぞもぞとベッドの中に入る。
月明かりが文の寝顔を映していて、それが安らかな寝顔であったから―――とても、安心した。
「……文、今度はちゃんと、帰ろうな」
そして、一緒にデートして、たくさん思い出を作ろう。
*
「国光くん」
勇者専用武器なんて、毛玉がいればさっさと取り出せる。
だから"一回目"と違って余った時間を、俺は騎士連中の稽古場で潰すか、今のように文と図書館で過ごす。
毛玉が食い物をたくさん食べる事によって、文の負担も多少減ったらしい―――俺としては二度目の、勇者に関する事が記された本を捲る真剣な文に、俺は心底安心する。
身体を冷やすといけないからと持ってきた膝掛けと文の太腿の間で、毛玉は猫のように丸まって寝ていた。
「どうした?」
「……いや、落ち着いてるなあって」
「落ち着いてる?」
「だって、此処に来てから国光くん、一人で……僕の予想だと、もっとアタフタしてたのに」
「あー…」
「男の子だねえ」
どこか、寂しそうな一言だった。
ページを捲るのを止めてしまった文に、俺はどう言葉をかけるべきなのか分からなくて。
少しだけ椅子を近づけると、俺は俯きながら、
「そりゃ、うん、俺だって、……頑張らなきゃいけない時ってのぐらい、分かるし」
「国光くん……」
「文が居なけりゃ、俺だってこんな風にしてねーよ」
すると、文はくすりと笑って、俺の頭を撫でてくれた。
「ごめん、頼りにしてるね」と優しく髪を梳いてくれると、それを見ていたらしい毛玉も「こっちも撫でて!」と文にすりすりしている。
「もう、何だかお母さんになったみたい」
笑う横顔は、その頬は。……まだ、青褪めていた。
「……文、もうそろそろ部屋に戻ろう」
「どうしてだい?」
「そりゃ、お前、鏡見て来いよ。酷いもんだぞ」
「ああ―――死人みたいだ、」
だんっ。
……文は、ブラックジョークを言おうとしただけなのに。
俺は過剰に反応して、言い切る前に机を殴った。
「……ごめん。…えと、虫が居たから」
気まず過ぎてそっぽ向くと、文は「いや、こっちも考えなしだった」と静かに立ち上がった。
―――あの時、文の顔をちゃんと見ていたなら、俺は……いや、過ぎた事は、もうどうしようもない。
俺は青くて、不器用だから。臆病だから―――こうして、文を気遣えない。
*
――――しかし文は大人で、何事も無かったように流してくれた。
俺にとっては二度目の旅で、文も少しずつ毛玉の扱いにも慣れてきたようで安心した。
あと俺がすべきなのは、
「ブス、お疲れ」
「!…ああ、」
……背ぇ高いな……じゃない、とりにかく戦力を削らない為にも、ブスには離脱しないで貰いたい。
硬派な雰囲気のブスだけど、案外同調すれば簡単に心を開いてくれた。手解きを受けたいと言えば、二つ返事で了承してくれたし。……一回目の時、もっと話を聞けばよかったな。
「国光、今日は本格的にやるぞ」
「分かった」
モールも今日はこれ以上進まない方が良いだろうと、一人で川から水を汲んでる。
その際に小魚まで獲ったらしく、姫様に手で掬って見せて驚かせていた。……ちょっと羨ましい。
「けほっ」
「な゛-ん…」
一方、文は毛玉と木の枝を運んでいて、何度か咳込んでいた。
姫様に「お薬飲んだ方が…」と心配されるも、大丈夫と言ってきかない。
よく分からない茸を貪る毛玉と、それを止める文をじっと見ていると、それに気付いた文が控えめに笑って、
「どうかした?」
「あ……いや、咳、大丈夫か」
「…いつものことじゃないか」
「でも――集落に着いたら、一番に医者に見せよう。気になる」
「気に…なる…?」
バッタを食事中の毛玉に気付かず、文は俯いてしばらく黙る。
それからやっと何かを言おうとしたけど、膝を着いている俺と文の間に、影が差して、
「勇者殿、それが終わったら早く休まれるとよかろう」
ツンケンとした言い方だ。…毛玉は口の中のバッタの頭を俺に飛ばして、ブスにシャーっと威嚇した。
……実は、俺がブスと友好を深めれば深めるほど、文とブスの確執は酷くなる。姫様とも疎遠になってしまった二回目の旅で、眉を潜めた姫様に「もう少し考えられませんの?馬鹿な男」と言われたけど―――でも、しょうがないだろ、一回目の時みたいに二人でラストバトルなんて無理だかんな。
せめて前線で戦えるのはもう一人欲しいんだ。パーティー内の空気が悪くなるのはしょうがないだろ。
「……僕は自分の好きな時に休もう。君に指図される言われはない」
「それが下手くそだからこうして勧めているのだろうに。年長者の意見も聞けないのか」
「君が、"年長者"として意見しているだけならば、大人しく従うが」
ぱきん、と文の手の中の枝が折れた。
俺は「落ち着け」と言うべきか「文に喧嘩売るな」と言うべきか―――悩んでいると、呆れ顔のモールが姫様を隣に仲裁しに来た。
「こらこら、こんな所で喧嘩なんざしないでくださいよ。先が思いやられますよー?」
「モール…すまない、」
「はんっ」
「ブス!その誰にでも食ってかかる性格を何とかなさいな!身体の弱い文に何度も何度も突っかかって…!」
「突っかかる?失礼な。"催促"しただけだ」
「それが負担ですのよ!あんまり過ぎた事をしますと、このパーティーから外れてもらう事になりますわよ!」
「な―――」
「待った!…少し落ち着こう。文、姫様に薬を貰おう?な?」
「………うん」
「ブスも、あんまり文を、…その、目くじら立てないでくれ」
「立ててなどいない!」
立ててんだろうが。
そう言いたいが、我慢だ俺。最悪ブスの代わりになりそうなのが出てくるまでは……俺は慣れないあまりに、溜息を吐いた。
すると文がびくりとしたから、俺は慌てて弁解しようと―――して、モールが遮るように手を差し出して。
「文お嬢さん、顔色本当に真っ白ですわ。向こうまでお運びしますよ?」
「そうなさいな。私は薬を探してきますから」
「二人共……」
世話焼きな姫様が急いで馬車に戻ると、文は恐る恐るモールの手に手を重ねようとした。
―――俺はそれが耐えきれなくて、文の腕を掴む。
「……俺が連れてく」
「国光くん…」
「でもねえ、坊っちゃんブスと鍛練するんでしょ?もう陽も暮れますよ?」
「そりゃ…でも、別に、」
「あんなに熱心にブスに頼んでたじゃあないですかー。文お嬢さんが止めても聞かずに」
「だからってだな…」
『危ないから、そんなことしないで』―――そう縋る文に、俺は首を振った。
どうしてもブスとの時間が欲しくて、さっさと寝たくてもブスに時間を割いた。……皆が寝てる所に戻る頃、文は毛玉を抱いて、背を向けてて…。
「―――もう、いいよ。国光くん」
「えっ」
文は、俺の方を見ずに、モールの手をとった。
それがとても重く俺の胸を突いて、腕を掴んでいた俺の手は力なく抜ける。背を向けた文に追従しようとした毛玉までも、俺の脚に蹴りを入れて去っていく。
(………捨てられた)
嘘だ。そんなことない。文は、文は俺が好きだって、ちょっと具合が悪くて、俺がうだうだしてたのに苛々してるだけだ。……うん、俺が上手に出来ないから。
―――でも、しょうがない。しょうがないじゃんか。文をどうすれば死なせずに済むのか、俺にはこんなやり方しか分からない。駒を多くする、それしか思いつかないんだ。
(もっと、強くならないと。すぐに間違ってない決断を下せるように、冷静にならないと)
(もうやだ。文に『怖い』って泣きつきたい。何も考えたくない。能天気に、文と、)
相反する想いがぶつかって、俺はしばらく立ち上がれなかった。
(―――そうだ、次の、集落で。)
文と、久し振りにゆっくりしよう。……そしたら、許してくれるかな。
*
どんどん捻じれる僕らの関係。
補足:
文ちゃん虐めが過ぎるかな、とざっくり描写を削ったので分かり辛かったでしょうが、
国光くんが自分の能力向上に時間を割く頃=文ちゃん安静中。
勝手にあれこれ(加護要請の練習とか)身につける頃=文ちゃん安静中。
旅先であんまり文ちゃんを前線に出さない⇒ブスに文ちゃんが軽んじられる。
ブスと交流を持とうと時間を割く⇒異世界で不安なのに一人ぼっちな気分の文ちゃん、更にブスに(ry
↑という訳で、文ちゃんの心の負担が払えてないどころか重くしてる国光くんに、文ちゃんは疲れて「もういいよ」でした。
・ちなみに国光くんは「勇者拾ったら」の夕凪君と同じく加護(神様からの援助みたいなの)を習得できてます。しかし文ちゃんは毛玉以外の子を召喚出来ない低レベルのままです。




