22.始まる、
思えば、この人生は勝手に始まり勝手に終わることばかりだった。
父親が勝手にやらかしたことのせいで楽な人生は唐突に終わり、急な事に呆然とする私は大魔女に殺されず、こう命じられた。
「お前の罰は死では面白くない。…私の下僕にして、嫌って程働かせてあげる」
大魔女は私の怠惰な所に気付いていたのだろう。
実家はそのままだが誰も居なくなった我が家で、私は大魔女の嫌がらせのような仕事を黙々とこなした。あまりの量に何かを求めて彷徨う事も、読書で長い時間を潰す事も出来ず。世界中のあっちこっちに飛ばされた。
「面白そうね」
「そう?じゃああげるわ。もう飽きたし」
よりにもよって高位の姫様に興味を持たれ、王宮入りした私はある日、とても美しい生き物に出会ったが、あんまりにも美しい生き物に可愛がられた為、怒りに染まった姫様の手で折檻された。
鞭で嬲られ、吸血時の甘い快感に悶える様を哂われ、もしくは痛みを緩和されずに吸血されて床を引っ掻いた、涎をだらしなく垂らした。
その時にも大魔女は居て、私はもしかしたら許されたのかと思っていた自分が恥ずかしく、罵りたかった。
大魔女は私を、自分とは違ったやり方で虐め抜く事が出来る奴にくれてやっただけなのだ。
―――虐め抜かれた後、私は姫様に「そこに居ない者」として扱われた。
元々従僕として召し上げられたのに、何もする事が無かった。……姫様は妬みやすく、そしてそれは長く続く。最初はほっとしたものだが、私はだんだんと狂いそうになる。
姫様の実家の者が皆、主に倣って私を見ない。居ても、本当に居ないようにされるから、私はもしかして亡霊なのではないかと何度も鏡で確認した。恐らくすでに手遅れだった。
「ねえ、仕事よ」
久し振りの姫様の言葉に、私は平素であれば驚くほどに歓喜していた。
その靴に頭を踏まれ、礼を強要されたまま、命じられた―――「**になれ」と。
喜んで拝命賜った私は、その後これもまた罰なのだと知る。
だって、これはあんまりにも酷いってもんだろう。
*
普段朗々としていても、やはりブスの言葉に傷ついたのか、文はずっと暗かった。
せっかくあんなに楽しそうに笑っていたのに……かといってブス一人を責め続けるのは楽だが、前線で一緒に戦って来て何度も放置してきた俺には許されないだろう。
「なあ、今日は外で食わないか」
いつも宿の飯だけど、気分転換には良いだろうし。
俺は制服の姿に戻った文にホッとしつつ何となく残念に思いながら、優しく提案した。
文は渋っていたが、毛玉にも説得されて、俺の服の袖をそっと握り頷いてくれた。一応モールに「外で食うわ」と扉越しに声をかけて、開き始めの店に少しばかりうきうきしながら探す。
「…あ、あの店美味しそう」
「おー?」
「んな゛!」
焼き立てのパンの匂いに目を向ければ、美味そうなパンの隣でスープを拵えてる……ザリガニ。……「青ザリガニのスープ」ってメニューがある所がまたシュールだ。
「食うか?」
「…うん」
まあ元気出せって、俺はしょんぼりした文の背をぽんぽんと叩いた。
ちりんちりんと鈴を鳴らし、パッとこちらにやって来て「何にします?」みたいなジャスチャーをするザリガニ店長が微妙に可愛くて、文なんて震えてた。
「え、えっと、オススメありますか?」
するとザリガニはハサミをトントンと―――え、ザリガニパン?ザリガニパンが人気なの?
「え、あ…はい、食べます…」
断れなかった…と泣きたくなっている俺の隣で、文は「この子もそれで、僕は白パン」と……う、うぅ裏切りやがった――!うわぁぁんお前も付き合えよぉぉぉ!!
「この子はミルクスープ、僕はカボチャスープ。…国光くんは?」
「俺もミルクスープ!」
「全部で634Gヨ↑ー↓」
「…って喋れんのかよ!」
思わずコインを叩きつけてしまうと、ザリガニはびくっとして動きが止まってしまう…声はふざけてるけど、とても繊細なんだな、ごめんなさい、突っ込んで……。
すんません、と頭を下げたら、ザリガニは「気↑にしてしないでネ↑」と言ってスープ大盛りにしてくれた。…いや、嬉しいけど気にすればいいの?気にしなければいいの?
何とも言えない気分のまま、俺はやっぱり席をとっている毛玉の元へ(あ、俺がスープ、文にパンを持ってもらった)行くと、二組くらいの客がやって来て、皆して「ザリガニパン!」と注文するんだけどマジで?これそんなに美味いの?
「……何というか…朝から挑戦した感が半端ないが……ええいっ、いただきます!」
「いただきます」
「んがががががっ」
あむ、と噛んだ一口目。ザリガニの形を模したパンの―――べ、別にヘタレじゃないんだからね!―――左手をもふもふしていると、相変わらず野性児な毛玉が一口目でザリガニパンを半分も食い千切り、しかし文に今まで何度も言われた通りちゃんとゆっくり咀嚼する……その音は恐れていたようなものでもなくて、「もきゅもきゅ」という音しか聞こえない。
「白パン美味しい」
少しずつ千切ってから口に入れる文と毛玉を交互に見て、俺は根性出して頭から食べた。
「……ふぁれ、ふぁんがいうみゃい……」
チーズか何か、トロッとしたのにピリ辛な…でもカニっぽい味。
おかわりしようかな、と思えるくらいに美味しくて、俺はレジの方を見た。……いつの間にか客が増えて、売り切れてた……。
「―――…く、国光くん、僕も食べたい」
「えっ?」
文が人の食い物を強請るだなんて、珍しい。
しかも自分の白パンは毛玉にくれてやってるし……まあいいけど。と、俺は「ほら、」とパンを渡そうと、
「あむっ」
………食われた…。
チーズを絡め取る舌のピンクがやたら目立って、何か知らんが嬉しそうな文にノックアウト宣言したくて、でも出来なくて。俺は温くなったミルクスープを掻っ込んだ。
(…最近の俺って、馬鹿だよな…)
文は「味わった方が良いよ」と言いつつ毛玉の口元を拭いてあげていて、和んだその唇を思わずじっと見ていた。
文はそれに気付かないまま、「もう、国光くんまで汚れてる」と頬を拭ってくれて、「ああ、幸せだな」って、
「―――同志を救え――!この国を正しき神の国に戻せ――!!」
怒鳴り声に、ぱりんと店の窓が投石で割られる。
俺はテーブルをひっくり返して文を背に隠して辺りを見渡すと、ザリガニの主人は今にも泣きそうで、焼き立てのパンを床に落としてどうすればいいのかオタオタしてる。
他の客は皆パニックで、さっきまで「ザリガニさんー!」とパンを片手にお父さんに笑いかけていた幼い女の子なんて辺りに伝染してしまいそうな程に泣きだしてしまっている。
「このッ汚らしいモンスターめ!」
そう言って投げ込まれたのは火のついた布に包まれた固まりだ。
だが幸いにも周囲の人間が迅速に消してくれたから、最悪の事態にはならなかったけど―――それよりも、
(……さっきの、ブスじゃなかったか……!?)
声は違ったが、あの体躯に髪ときたらもうブスしかいない。
文も気付いていたようで、二人して悲惨な事になっている店から飛び出すと、俺は見慣れたその背に声を投げた。
「おいっ」
「……!」
―――振り返ったのは、やっぱりブスだった。
他の"同志"は先に進んだりブスに注意がいって立ち止まったりと、指揮系統がなっていない。
「ブス…どうしてこんな酷い事を……」
「ふんっ、"部外者"には分からんさ!こんな、こんな汚らわしい国を『綺麗』だなんだと褒めちぎるような、脳内お花畑にはな!」
「だ――だって、本当のことだろう!?反抗してる国と違って豊かだし、秩序がある!何より皆笑ってて……平和じゃんか!」
「平和…?ハッ、馬鹿が。これのどこが平和だ?こんなものは全て仮初め!現に国の中枢は魔族ばかりで、富裕層も魔族ばかり!それに対し抗議を上げる声には処刑だ!!」
「格差を無くすなんてどこの世界でも無理に決まってんだろ!?そういう差別を無くして均等にすることは歴史的に…えっと……」
「―――続かない。人間は怠惰だからな」
「そう!それ!…そりゃ、魔王が領地化したんだ、魔族が優遇されるだろう。でもッ、ちゃんとバランスよく住めるようになってる!抗議ったって…どうせ、さっきのみたいな野蛮な抗議なんだろ!」
「や、野蛮だと―――!?」
俺の暴言にキレたのはブスの隣の中年男性だ。
「こうでもしなけりゃ奴らには届かないんだ!」と叫んで、男性は包丁をぶんぶん振る。
「俺はな、二十の時に年下のそりゃ美しい嫁さんと結婚する筈だった!なのにお前、念願の結婚出来る年になって嫁さんは、誕生日前日に魔族の男に寝取られたんだ!!二人が逃げた先で何度も手紙を出した!叫んだとも!…そしたらな、お上のお言葉は『本人の意思が無視されている場合に限っては婚約は無効』とさ!だが会えない代わりに、魔族の男が手切れ金をたくさん払ったよ―――けどッ」
「……ぇ、おい、」
「『寝取られた金で裕福になって』って近所に言われて、俺がどんだけ恥ずかしかったか!悔しかったか!!不幸になれと呪えば呪うほど、あいつらは俺を忘れて幸せそうにさぁ!禁忌の汚らしい子供まで作って……」
「…ちょ、おい、おま……」
「もう許さん!俺の幸せを奪った魔族!裏切ったあの女!!そしてあの―――茨の城で踏ん反り返っている魔女!!絶対、絶対殺してくれる―――!!」
「おいっ!!」
「―――なら、これは正当防衛だ」
その、死刑執行の声に遅れて、あちこちで血飛沫があがる。
先に気付いていた俺の声も無視して魔女を呪った男に、何の猶予も慈悲も無く"騎士"はただ一人で全てを終えた。
「……ああ、予定よりも十三分早かった。……褒めてもらえる」
その言葉と表情で、俺は「こいつはアカン」と思いました。
*
次回、「平均ちょい上男子」v.s.「平均以上ヤンデレ男子」でファイト!




