2.愛さえあれば大丈夫。…色んな意味で
「―――くん、…に…つ、くん。……国光くん!」
「ふがっ」
「奇怪な声を発さないでくれたまえ国光くん。あと、いい加減起きないと遅刻するぞ国光くん」
「あれ…お城じゃない……」
「お城?」
「そ、ヨーロピアンな方……」
「それはそれは…マリー・アントワネットにでも会えたかい」
「………お前が居た」
「おや、光栄だな国光くん。―――さあ、朝ご飯が冷めてしまう。祖母さまが箸を投げつける前にその寝癖を直すといい」
「あの婆さんは箸投げねーよ……ふあ、」
―――夢だったのか。
まあそうだよな。幾らなんでも実験室が爆発して変な世界にトリップなんてねーよな。……くっそ、なんか髪の毛ヤバい。
「やれやれ、世話の焼ける子だ」
手櫛で悪戦苦闘していると、文が櫛を手に俺を座らせ、サッサッと梳いてくれる。偶に指で丁寧にこんがらがった所を直してくれるのが、気持ちいい。
「ふふ、なんだか新婚生活中の夫婦のようだ」
「」
し、新婚―――……いや、確かに俺と文は中学の後半ら辺から一緒に住んでいる。
幼い頃に両親が他界した文が母方の祖母父の家で住んでいるところを、俺の我儘でお邪魔してるというか。……転校したくなかった俺は、両親の引っ越しに付いて行かなかったんだ。
こうして面倒見て貰えるのも、ちっさい頃から文と遊んでて、俺は二人にとって二番目の孫みたい…に、思ってもらえてるのと文の祖父母と両親もそれなりに親密だったからで―――やっぱり、付き合いって大切だよな。
「うん、毛玉みたいな頭がすっきりしたぞ国光くん。男前だ」
「毛玉ってお前…」
「僕はこれからご飯をよそってるから、君は顔を洗っといで。……あと、胸のボタン、取れてるから、降りてくる時は違うパジャマを着ておくように」
「へ?………いやあああああああああああ!!何見てんの!?馬鹿!馬鹿馬鹿!」
「見せてるのは君だ。朝から乳首を見せられた僕の気持も考えて欲しい」
「ごめんなさいね!!……ばかっ!」
「やれやれ……着替えたらそれ、ボタンと一緒に私の部屋に投げておいてくれたまえ。繕ってから洗うから」
「じ、自分で出来る…」
「この前針を失くして騒いでいた人間の発言とは思えないな。……さて、僕は向こうに行くから―――……?」
まるで子供に言い聞かせるような文に不貞腐れていたけれど。
不意に、ちゃんと身形を整えている文の、味噌汁の匂いのするエプロンを引っ張って――俺は、
「…はよ、」
「……聞こえないぞ、国光くん。―――おはよう」
「聞こえてんじゃねーか!」
「察しただけだ」
「察せたならいいだろバーカ!」
まともに挨拶もしないで(しかも噛みつくような挨拶だ…)上の代わりを探し始めた俺に、文は「早くおいでよ」と言い残して襖を開ける。
ぱたぱたと去っていく足音を背に適当なシャツに頭を突っ込むと、途端に文のエプロンから香っていた味噌汁の匂いが僅かに届く。……お腹空いた。さっさと居間に降りよう―――
「あだっ!?」
―――
―――――
――――――――
「―――……ゆ、めじゃ…なかった……」
与えられた広い部屋に広いベッドが落ち着かなくて、俺は部屋の隅のカーテンに包まって枕を抱いて寝てた。どうやら変な絡まり方をしていたらしい…くそっ、身体が痛い…。
俺は舌打ちをした後、誕生日に文から貰った時計に目を向けた―――…あれ、案外寝てないな、俺…。
まあでも、しょうがないか……急に謎の爆発に巻き込まれて、やあ異世界! だもんなあ……。
しかも……勇者だって、無理矢理―――。
『―――準備が整い次第、勇者様方には禊をやってもらおう』
「…………禊って、滝に打たれればいいのかよ…」
不意に思い出した王様の言葉をこれ以上聞かないように、俺はもう一度カーテンに包まって抱きしめていた枕に顔を埋めた。
「…………」
………やたら笑顔な王様は「禊の時に"適正"をみますのでな」と言っていた。
その後には「勇者様方の誕生を祝うパーティー」だそうで、用意が整ったら出発。パーティーメンバーは大人の事情で大人が都合をつける。――――……詰んだ。
何と言うか、詰んだ。
「…だって、俺、帰宅部だし喧嘩なんて小学校上がってからほとんどしてねーんだぞ…どうやって勇者業すればいいんだよ……」
しかもスポーツも学力も、俺は平均よりちょい上男子なんだ。
勇者とかそんなのリア充の…田中とかそこら辺の男にしろよ。こういうのってイケメンが担当するものであって平均よりちょい上男子がすることじゃないだろ。平均よりちょい上男子が勇者って、面白味も無いだろ。……ああもう、帰りたい…!
「……よく俺、王様の前でキレなかったな……」
キレるというか、落ちつきを保てたというか。……まだ、胸の内で押し留めてられるのは、文のおかげ…なんだろうか。
一人じゃない――俺が好きだと言ってくれた、文がいたから。
トントン。
感謝したい気持と申し訳ない気持ちが混ざって気分が悪くなっていると、不意に控えめなノックが二つ。
続いて「国光くん、」の声がして、俺は枕を投げ捨てて慌てて扉を開けに走った。
「どうした!」
「夜分遅くに申し訳ない。…国光くん。君を抱いて寝たい」
………。
……………。
…………………!?
「は―――ばばばばばっばっかじゃねーの!?馬鹿じゃねーの!?」
「恋は人を愚かにするものだ、国光くん」
「格好付けんな!頭おかしいんじゃ―――ちょおおおおお!!そのっ、その寝間着どうした!?」
「…?備え付けの寝間着だが…しょうがないだろう、シンプルなものでこれしかないというんだ」
「違う!フリルのこと言ってるんじゃない!!その……なんか…なんか…!」
ワンピース?それとも軽装のドレス?……分からん。女の寝間着ってよく分からん…!
だけど一つ言えるのは……す、透けて見え…いや、透けて見えないんだけど!なんかね!む、む……が!ちょっとばっかし肌の色が浮いて見えるっていうか!!ていうか見下ろせないっていうか!
「寒いんだ。中に入って―――」
「―――脱げ!!」
「………は?」
「脱げ!今すぐ!!なう!今すぐなう!」
「………分かった」
「ちょっ…いやああああああ!!廊下で脱ぐとか何考えてんのお前ぇぇぇぇぇ!!!」
「君が脱げと言うから…」
「ごめん、付け足す!俺の部屋の……風呂場!風呂場で着替えて来い!」
「でも服…」
「俺の貸す!だから着替えろバカぁ!」
「ありがとう」
すたすたと俺の前を横切り、あいつは風呂場へ直行。
―――あ、…そういやあいつが最初にこの部屋の風呂に入ったんだよな……んで、その後に俺が入って………いやいやいや!!
お、俺は頭を激しく振り、今着てたのを脱いで扉を閉めようと振り向いた文に投げつけた。
「ズボン丁度良いの探すから待ってろ!」
「了解した」
―――くそ。くそっ。なんであいつはこんな冷静なんだ…!俺が馬鹿みたいじゃねーか!
何かとドストレートに言葉を投げて来るくせにこういう面が無頓着だし!この世界はまだ肌寒いんだし男の部屋に来るんだから上着くらい羽織っておけよな!女が肩冷やすなよな!!
「国光くん、まずは何か上着を着たらどうだろう」
「上着よりズボンだろ!……………って、」
「君も成長していたのだな。僕にとってはワンピースのような…」
「てめぇぇぇぇぇぇぇ!!!テンプレな事してんじゃねぇぇぇぇぇ!!!」
「国光くん、夜中に大声を出すのは如何なものだろう」
「うるさいよ!…いや、俺がうるさいんだけど!ていうか何で君は俺の言いつけを守ってくれないんですかね!」
「守ろうと思ったが―――君の事だ、僕を優先して上半身裸でうろついているだろうと思って。風邪を引くぞ国光くん」
「平気だっ。別に風邪引いても何とかなんだろっ」
「…………君、が。」
「あ?」
「……君…が、寝込んだら、……僕は、怖い……」
「……………」
え、おい、嘘だろ、俯くなよ。…え、何?泣いちゃう?泣いちゃうのちょっと。お、おい……えええええええ……どうしよう、こいつに泣かれたら今の俺のカルメ焼きメンタルじゃあつられて泣くぞ。お前より号泣するぞ…!?
「あ…い、う……」
「えお?」
「違う!」
「じゃあ何が言いたいんだい…」
「えっ、だから……あー…け、軽率…だったよ!お前残して風邪引かねーし!引くんなら一緒に引いてやらぁ!」
「……ふふ、国光くん、それじゃあ困った事になってしまうよ」
「じゃあお前が倒れても俺は……軽症で済ませる!それでいいだろっ」
「国光くんは…優しいね」
「お、俺はいつでも優しいし!慈愛の固まりだろうが!」
「…今朝、『朝蜘蛛は縁起が良い』と宥めた僕に『蜘蛛なんて皆ブチ殺せぇぇぇぇ!!』と泣きついてきたのは誰だったかな」
「…何?ブチ殺せって聞こえたの?言っとくけどアレ「ブチ柄にせーや」って言っただけであって殺せなんて言ってないから。あと花粉に負けて泣いてただけだから」
「蜘蛛を見ると泣き出してしまう君は本当に可愛らしいな」
「違うって言ってんだろー!!」
そう言って投げつけた肌触りの良いのズボンをちゃんと受け止めると、文は「必要あるかな?」と―――あるに決まってんだろ!
俺は渋々穿くあいつにまた背を向けて新品みたいに綺麗なシャツを引っ掴んで羽織った。……これ、寝間着に使って良いんだよな……?
「―――で、どうしたんだ。何か嫌な夢でも見たか?」
「枕が変わって寝付けないんだ」
「……で、あー……」
「君を抱いて寝たい」
「もうちょっとオブラートに包んで!」
「…オブラート…?何故?」
「―――そ、そりゃ、……別に!…だ、だだ、抱き…抱き枕になればいいんだろ!別に―――あ、待て。良くない。全然良くなかった!!」
「どうしてだ。昔はよく一緒に…」
「今と昔を同じに考えんな!いいか、俺達はお互い……成長し……ねえ話聞いてる!?何で勝手に俺のベッドに入ってるの!?」
「やはり寒いな、国光くん」
「ちょ……ああもうっ。知るか!」
俺が未だ一回も使用していないベッドの中に潜り込んだ文に、俺は落ちていた枕を拾ってカーテンに……いや、包まるのは不味いな。ええっと……まあいいや、窓辺に居よう…。
ひんやりと冷えた硝子に頬を押し当てると、ガサゴソと動く音―――何かと目を向ければ、文が上半身を起こして俺を見た。…ぁぁぁぁああああああああ!!!その体勢でストップ!服の胸元ガバガバ過ぎて中身見える!!見えちゃうって!
「国光くん。…実は、私の部屋の…ちょうど、そう。君の所の…バルコニーに繋がる扉―――そこの硝子に、変な黒い影が蹲ってて……国光くん?」
「お前ぇぇぇぇぇぇ!!!そういうのは先に言えよぉぉぉぉぉぉ!!!」
「一緒に寝るかい?」
「寝ますけど!?ここしか安全な場所がないんでね……ほらっ、もっと奥行け奥!」
「ベッドの両端に離れて寝るのもまたフラグが立ちそうな…」
「くっつくぞ!!……お、お前の為に!」
「君の為だろう?」
そう言って俺は文に背を向け、つい数秒までの寝床に身体を向けた。……だって、何が起こるか分からん方に背を向けるなんて恐ろしいこと出来ないし。
目深に上布団を引っ張って無理矢理目を閉じると、不意に温かい―――文の、体温が触れる。
(…くそ、恥ずかしいのに「離れろ」なんて言えない…!)
しかも、その体温は俺を安心させた。
俺はほんのり重くなってきた瞼に負ける前に、「おやすみ」と言おうとしたが、隣の文に遮られてしまった。
「こうして寄り添い合って眠るのも、良いものだね」
「……そうだな」
「小学生の頃、国光くんのお婆さんの家に泊まって…こうして寝てたら、虫の声が怖く聞こえて、一緒に寝てた」
「……お前は、あん時からあんまり……怖がってなかったよな」
「え……?」
「今だって、本当は怖くないだろ……よく分かんないのがすぐそこに居るかもしんないのに」
「ああ……――――だって、国光くん、」
ぎゅっと、俺の背中のシャツを握って。心底安心しているように、
「…君が、隣に居るもの。」
そう、言うものだから。俺は今までもらったストレート過ぎる言葉のどれよりも恥ずかしくて熱くなった。
「…だから、幽霊でも化け物でも、僕にとって怖くない」
「………俺が居るから?」
「そう。……君が、そこに居る限り、怖くない」
「………」
「だから、国光くん、」
だんだん眠そうな声になってきた文は、だけどこの言葉はしっかりと伝えた。
「どこにも、行かないでね」
「………決まってんだろ」
「もう寝ろ」と言って、俺は文の方を向いて頭を枕に埋めるようにぐしゃぐしゃしてやった。




