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彼の正体 (其の四)

いやいや、待って待って、これは絶対に話せない。

操られていたとはいえ、彼を襲おうとした記憶がはっきりと蘇る。

あぁぁあぁあ、どこの痴女ッッ。

心の中で悶絶していると、トレーシーの嬉しそうな笑い声が届く。


「ふふふ、リリー様、操られていても意識はあったのですわね。酷い事件でしたが……死者が出なくて本当によかったですわ。不謹慎かもしれませんが……あの口づけを覚えていてくれて嬉しいです」


何を言っているのかと、額を抑えながら振り返ると、いつの間に真後ろに来ていたのか……サファイアの瞳と視線が絡んだ。


「リリー、本当なの?どういうこと?何があったの?」


「いや、あーと、ちょっと、その……これはですね……なんと説明すればいいのか……」


圧迫感と羞恥心で頭が今にも爆発しそう。

ピーターとノア王子のプレッシャーに耐え切れなくなると、私はピーターの胸を押しのけ走った。


「あー、私、会場内の片付け手を伝ってきます。それでは失礼します」


「おい、リリー、待て、話はまだ途中だろう」


「あ~ん、リリー様」


「はぁ……なにこれ……」


三人の声を無視し私は扉を開けると、部屋から一目散に逃げたのだった。


★おまけ(ピーター視点)★


リリーが去った部屋に取り残された俺は、改めてトレーシーを見る。

こいつが男だという事実が未だに信じられない。

見目はもちろんだが、仕草や振る舞いも令嬢そのもの。

まさか男でリリーに言い寄っていたとは、想像もしていなかった。

さっきの話から察するに、リリーが避けていたのはこれだったんだろう。


それにしてもさっきのはどういうことなんだ?

ガブリエルに捕えられている間に一体何があった……?

口づけをする状況だったのか……?

しかも自分から、一体どんな状況だったんだよ。

考えれば考えるほど苛立ちがこみ上げる。


重い空気が漂いシーンと静まり返る中、沈黙を破ったのは、トレーシーだった。


「はっきり言っておきますわ。私はリリー様を愛しております。誰にも譲るつもりはありません。過ごした時間は短いですが、この気持ちは誰にも負けませんわ」


トレーシーはこちらを真っすぐ見ると、意思の強い瞳を浮かべる。

俺もリリーが好きだ、譲るつもりはない、だが……。

チラッとノア王子を見ると、サファイアの瞳が静かに揺れている。

また重い沈黙が流れると、トレーシーは呆れた表情を浮かべた。


「ふぅ……何もおっしゃらないのであれば、もう結構ですわ。私も失礼いたします」


「待て」


去ろうとするトレーシーをノア王子が引き留めた。


「僕は今日、リリーに気持ちを伝えるつもりだ。譲りたくない気持ちは僕も同じ。だが忘れないで、選ぶのは彼女だ」


その言葉に俺は目を見開くと、拳を強く握りしめる。


「ふぅーん、やっとその気になったのですわね。……ピーター様はそのままで宜しいのですか?」


「俺は……」


あいつは俺のライバルで目標で、大切な存在だ。

それは今も昔も変わらない。

けれども俺は一人の女として、あいつを見るようになってしまった。

隠せない嫉妬心はあるが、今の現状に満足している自分もいる。

友として慕ってくれる彼女の隣は、正直居心地がいい。

俺の気持ちを伝えれば、その場所がなくなってしまうだろう。

そう考えると怖いんだ。


ノア王子がリリーを好きなのは気が付いていた。

まぁ気が付いたのは、俺がリリーを好きだと自覚してからだが……。

でもまさかノア王子が思いを伝えるとは考えてもいなかった。

彼は騎士になりたいというリリーの気持ちを尊重していたから。


思いを伝えるにしても、まだ先だと考えていた。

早くても学園を卒業してから……なのにまさかこんなに早く……。

誰にもあいつの隣を奪われたくないが、ノア王子なら仕方がないと思う自分がいる。

避けられたトレーシーはともかく、一番付き合いの長いノア王子に想いを伝えられたら、あいつはどうするんだろうな。


彼は優秀で、男の俺から見ても恰好いい。

頭も切れるし、護衛騎士に選ばれて誇らしい。

もちろんリリーもノア王子を慕っている。

守りたいと思うほどに、あいつの中でノア王子の存在は大きいだろう。


俺は……どうすればいいんだ……。

あいつは俺のことを友人としてしか見ていないのはわかっている。

想いを伝えれば、トレーシーと同じように避けられるだろう。

今までと同じとはいかない、それはこの居心地の良い居場所をなくすということだ。

俺は結局トレーシーの問いかけに答えを出せず、それ以上言葉を続けることはできなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] まさかのピーターがヘタレ発言。 なーに言っとんじゃ! 男なら全力でぶつかって、 粉になるまで砕けてこんかい! 屍はダイソンな掃除機で集めてやるから!
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