誕生祭 (其の六)
悔しさと情けなさに唇を噛み、拳を強く握りしめていると、トレイシーが私を覗き込むように顔を向けた。
「リリー様、怖い思いをさせてしまってごめんなさい。わからないことだらけですわよね。全てが終わった今、ようやく本当のことを話せますわ。長い話になりますが……聞いて頂けますか?」
全てを話す?
振り返るとエメラルドの瞳が優し気に細められ、彼はおもむろに私の手を握る。
「えぇ、もちろん、聞かせてほしい」
深く頷くと、先ほどの彼とは違う晴れやかな笑みを浮かべた。
「では別の部屋へ移動しましょう。ここはギャラリーが多いですから」
トレイシーはふふふと笑うと、唖然とする騎士たちを横目に、私はノア王子と共に会場の外にある別室へ向かったのだった。
★おまけ(トレイシー視点)★
姉は私の身代わりとなって殺された。
ノア王子が私たちを迎えに来たあの日。
弓で頭を射抜かれ死んでしまった。
私は何もできなかった。
ただ怖くて、悲しくて、頭が真っ白になって。
姉の死を弔うこともできず、あの街を去った。
いつも一緒だった姉がいなくなり、私の中に空洞ができた。
離れていてもお互いを感じあえていたのに、体の半分がなくなってしまったような、そんな感覚。
この街へやってきたばかりの頃は、ずっと部屋に引きこもっていた。
暗い部屋の中で、誰にも会うことなく、塞ぎこむ毎日。
姉の死を受け入れられなかった。
認めたくなかった、頭がおかしくなりそうだった。
そんな私を見かねて、ノアが仕事を用意してくれた。
少しでも前を向けるようにと……
私の事を知っている彼は、侍女としての役割をくれた。
覚えることがたくさんあって、忙しい日々
絡んでくる令嬢たちの相手も加わり、忙しさで姉のことを考える時間もなくなっていった。
気持ちは少しだけ楽になった気がした。
考えると胸が苦しくてどうにかなりそうだったから……。
そんな時に出会ったのがリリー様だった。
姉のように強くて優しい女性。
誠実で真っすぐで、裏表がなく何にでもひたむきな彼女。
屈託のないその笑みに、一緒にいると胸の空洞が埋っていく、そんな気がした。
こんな私を受け入れてくれる懐の広さと純粋な心。
ずっと姉がいなくなったと信じたくない私にとっての希望だった。
だけど先日の事件で、自分の愚かさ醜さ弱さを自覚した。
逃げようとばかり考えていた私と違い、立ち向かうリリー様の姿を見たから。
彼女は操られながらも、ガブリエルを自らの手で捕らえた。
人形にされ、恐怖と絶望だっただろう。
私は彼女が自らに剣を向けた姿に、体が動かなかった。
何もできなかった、姉の時と同じ。
また大切な人を失ってしまう、その恐怖ばかりだった。
だけどエドウィン様が体をはってリリー様を救った。
泣きじゃくり絶望するリリー様の姿に自分を重ねた。
けれど彼女はそこからすぐ立ち上がった。
ガブリエルを捕らえるために。
その姿を見て、私も立ち上がろうと思ったの。
姉の仇を取ろうと。
姉が死んだあの日、絶望と悲哀で心が壊れていた。
そんなどん底から逃げたい一心で、姉と似ていたリリー様を利用していたとようやく気が付いた。
リリー様に姉を重ねることで、苦しさから逃げようとしていただけなのだと……。
本当に情けなさ過ぎて、恥ずかしい。
こんな自分が彼女に気持ちを伝えるなんて馬鹿げてる。
私が彼女の隣に立つ資格なんてない、そうはっきりと自覚したの。
私はガブリエル伯爵の事件後、ノアに頼み込み、城のある場所に隔離してもらった。
誰にも見つからない場所。
私を殺そうとこの街へ侵入した奴らをおびき寄せるために。
自分の手で仇を取るために。
誕生祭の日に、私が公の場に現れると噂を流し、私を見つけられずやきもきした彼らを、この場に誘いだしたかった。
危険だとはわかっていたけれど、ノアは協力してくれると言ってくれた。
教祖が捕まれば、間違いなく死刑を宣告させる。
それならばと……。
警備を数を増やし万全の対策が取られ、そして思惑通り、彼はここへやってきた。
用意していたナイフで彼を刺し、動かなくなった彼を見下ろす。
そこで私はようやく自分の役割を立場を受け入れ前を向けた。
この世からいなくなった姉を取り戻すことはできない。
それをようやく受け入れることができたの。
これでやっと姉の墓標に笑顔で向き合えるとーーーーーーーー




