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誕生祭 (其の五)

トレイシーは男の顔をじっと見下ろすと、おもむろに口を開く。


「なぜ姉を殺した?」


いつもの高い声ではないトレイシーに唖然した。

聞き間違いかと思えるほどに、いつもの彼とは違う。

冷淡な声色で、エメラルドの瞳に暗い闇。

はっきりとわかる憎しみが浮かび上がっていた。


「姉……?……あはははは、これは滑稽だ。まさか君が生きているんなんて……。そうか、あれは姉だったのか。どうりで簡単に殺せたと思っていたよ。いやぁ~本当に瓜二つだ。アハハハハハハ」


男は何がおかしいのか急に笑い始めると、トレイシーは苛立った様子で、男の髪を思いっきり引っ張った。


「何がおかしい!どうして殺したのかを聞いているんだ!」


トレイシーの怒鳴り声が会場に響く。

男のその声に、騎士たちがざわめきたった。


「わかっているだろう?お前たちが忌子だからだ。同じ顔の人間が二人も同時に生まれるなど、自然の摂理に反している。お前たちのせいで災いが起こり人が死ぬ。私は皆のために立ち上がったんだ」


忌子?災い?

どういうことなの?

トレイシーの姉が彼に殺された……?

何が何だか、脳の処理が追い付かない。

一体トレイシーは何者なの?


「忌子か。……私たちが何をしたという?災いだと、根拠は何もない!」


「ふんっ、何かをするかしないか根拠など関係ない。未来がそう言っているんだ、存在自体が悪なのだと!現にお前の姉を私が弓で殺したとき、民は皆喜んでいた!お前もさっさと死ね!」


男は彼へ向け、唾を吐きかける。

明らかな挑発行為。

殺してくれと言わんばかりの態度。

この状況下でどうしてそんなに、強気な態度なのだろうか……。


「……ッッ、ならあんたの存在も悪だ」


凍り付くような冷たい声が響くと、トレイシーはドレスの裾を持ち上げ、太ももに仕込んでいたナイフを取り出した。


「トレイシー!!!」


振りかぶる腕を止めようと手を伸ばした刹那、ノア王子が私の腕を掴み制止する。

いつの間にそこにいたのか、青い瞳と視線が絡むと、彼は静かに頷いた。

その刹那血しぶきが舞い、男の体がピクリッと大きく跳ねると、吐血しくぐもった声を上げる。


「くぅッ、うぅッッ、あぁ……ぐぅッ、ガハッ」


ナイフを握る手に力が入り、トレイシーは苦しむ男を眺めながら、奥へ奥へ深くナイフをねじ込んでいく。


「姉の痛みを苦しみを……十分に味わえ」


床に血だまりが広がっていくと、男は全く動かなくなった。

貴族たちは全員避難し、会場には私たちと騎士のみ。

思わぬ幕引きに、会場内がシーンと静まり返った。トレイシーは動かない男を眺めながら、突き刺さったナイフを引き抜く。

真っ赤な血が滴り落ちるナイフを固く握りしめると、彼はおもむろに顔を向けた。


「ノア、ありがとう。これでお姉様の仇をとれたわ」


いつもと同じ口調、ノアと親し気に呼ぶ彼。

それに答えるようにノア王子は笑みを浮かべると、私の体を引き寄せ立ち上がらせた。


「あぁ、おめでとう。リリー大丈夫かい?」


その問いかけに、ようやく自分が震えていることに気が付いた。


「はい……えーと、これは……」


絶命した男の姿がエドウィンの姿が重なった。

死体から目を逸らせず、体の震えが止まらない。

エドウィンは生きているとわかっているが、あの時の記憶が鮮明に蘇る。

一歩間違えていたら、エドウィンがあぁなっていたかもしれない……。

目の前が赤く染まる中、ノア王子は私の視界を遮るように手をかざした。


「リリー、落ち着いて。ゆっくり息を吸って……そう、大きく吐いて……」


言葉に従うように私は深く息を吸い込み吐き出すと、体の震えが収まっていく。

ようやく落ち着くと、私はノア王子の手をゆっくりと剥がした。


「もう大丈夫です……すみません……」


血を見ただけで取り乱すなんて騎士として失格。

ノア王子の護衛騎士を外されてよかったのかもしれない。

私は深く頭を下げると、ノア王子は優しい笑みを浮かべていた。

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