誕生祭 (其の四)
逃げ遅れた貴族たちが、突然現れた黒ローブの姿に悲鳴をあげる。
騎士たちが警戒しながら貴族たちを誘導する中、私はこちらへ注意を引くために口を開いた。
「どうやってあの場所へ?」
「あははは、それは簡単なことだ。私は教祖だよ。未来を見れるんだ、これぐらい容易い」
未来を予知……?正気なの?
真意を探るように男の表情を注視してみるが、嘘を言ってる様子はない。
彼は本当にサイキック……?
「本当なの……?」
男はフードを深くかぶりなおすと、おもむろに顔を上げた。
「信用できないのはわかる。人間は目に見えるものしか信じないからね。だから私の力を目で見えるようにしてあげよう」
彼はポケットから一枚のコインを取り出すと、左手に持ちこちらへ見せつける。
一瞬手を握り、すぐに開くと、手にあったはずのコインが消えた。
次に手を開くと、コインが二枚右手に移動している。
これってコインズ アクロス?
前世で有名だったコイン手品の一種。
私も手品を始めた頃、何度も練習した基礎のマジックだ。
私は疑いの目で男を見るが、他の人たちは違うようだ。
この世界に手品が存在するのか知らないが、皆の反応を見る限りないのかもしれない……。
「どうだい、これで信じてもらえたかな?」
男はパッと手を開くと左手にコインが1枚。
「そんなもの、なんの証拠にもならないわ」
男の出方を探りながら、私はゆっくり距離を詰めていく。
すると彼は深く息を吐きだすと、降参すると言わんばかりに両手を上げた。
手にしていた弓を床へ投げると、カランカランッ転がっていく。
何が目的なのだろうか……。
訝し気に男を見つめながら、投げられた弓へ慎重に近づくと、素早く弓を拾い上げる。
弓には黒いバラと十字架が描かれていた。
弓を見て、またなんだか違和感を感じる。
あれ……?
結局どうやって二人を殺そうとするのか思い出せなかった。
結果この弓を見てわかったが、弓矢を使った事実になんだかしっくりこない。
エドウィンが負った傷は切り傷だったはずなんだけれど……。
ピーターのガラスの傷とも違う……。
ダメダメ、今はそんなことより、この男を確実にここで捕らえないと。
私は男を睨みつけながら、少しずつまた距離を詰めていく。
緊迫した空気が流れる中、男に手が届くところまで来ると、私は素早く腕を捕らえ地面へ叩きつけた。
よし、取り押さえた。
抵抗できないようグッと体を押さえつけるが、一切抵抗する気配はない。
「未来を見れるなんて嘘、さっきのコインもタネがあるでしょう。それに本当に未来を予知しているのなら、どうして私たちの前に現れたの?」
静かに問いかけると、ローブの隙間から不気味な笑みが見えた。
「これが私の使命だからさ」
使命?何なのこいつ……?
目的は何も達成されていないはずなのに……あまりに潔すぎる。
そこでまた何かが引っかかった。
この違和感はなに?
何かがおかしい……。
「もう一人の仲間はどこなの?あなたともう一人入街したのでしょう」
「まったく……ガブリエルはそんなことまで話したのか。さっさと殺しておくべきだった。あいつは殺したよ。ガブリエルの事件で失敗をしたからね。当然の報いだ」
なんてやつなの……ッッ。
かぶっているローブを取ろうとした刹那、トレイシーがこちらへ近づいてくる。
「トレイシー、近づいちゃダメよ!」
彼に向って叫ぶが、聞こえていないのか……無言のまま進み続けた。
そして私たちの前で立ち止まると、男を見下ろしながらしゃがみ込む。
フードを無造作に払いのけ、男の髪をひっぱり持ち上げた。
現れたのは黒い短髪の髪に、ダークブラウンの瞳。
しかし生え際の髪はブラウンで、髪を染めているのだと気が付いた。
知らない男だ。
男の顔を見つめていると、何だか妙な感じがする。
胸がざわつくような、これは一体……?




