初仕事 (其の一)
翌朝、ピーターと城へ赴き王子に言われるまま馬車へ乗り込む。
彼を挟んで左右に私とピーター。
腰にはいつもの木刀ではなく、お飾り程度の短剣を吊り下げる。
馬車の外は、御大層な騎士が守りを固めると、馬がゆっくりと動き出した。
昨夜ノア王子の御付きが私たちの宿舎へやってくると、仕事の内容を聞かされた。
ノア王子の道中の護衛と、ある屋敷へついてからの護衛。
近場ということもあり、危険な通路は避けて通るので、まず何も起こらないだろうと教えてくれた。
ならどうして私たちが護衛として呼ばれたのか。
詳細を詳しく聞いてわかったのだが、どうやら未来の護衛騎士になるだろう二人の予行練習のようなものらしい。
毎年この時期になると、少年騎士から2名選び同行させるそうだ。
それにしても、どこのお屋敷へ行くんだろう。
そのあたりのことは教えてくれなかった。
王都から離れ進むこと2時間程度、窓の外は自然で溢れていた。
深い深い森に、見たこともないカラフルな果実が実っている。
川のせせらぎの音が微かに聞こえ、鳥の鳴き声が頭上から響いた。
小説の中では王都以外の描写が少なくとても新鮮だ。
こうやって王都の門から出たのは初めてだった。
私たちが暮らす王都は城壁に囲まれ、入出するには正しい手続きが必要になる。
これは国の中心である王都を守るためのもの。
令嬢の頃は王都から出ない事はもちろん、貴族街から出ることはなかった。
騎士になって初めて街を見たし、令嬢だった頃は本当に小さな世界で暮らしていたのだと改めて実感する。
そんな小さな社会で育ってしまったから、リリーは善悪の境が分からなくなってしまったのだろうか……?
暫くすると、森の中にポツリと屋敷が浮かび上がる。
馬車はその屋敷の中へ入って行くと、馬が静かに停馬した。
ドアが開けられ外へ出ると、なぜこんなところにあるのか不思議なほど大きな屋敷。
色とりどりの花が咲き乱れ、その周りには蝶々の姿。
青い蝶、赤い蝶、黒い蝶、白い蝶。
手入れされた庭には噴水があり、太陽の光を反射し虹が浮かんでいた。
爵位の高い貴族の家だとはすぐにわかる。
キョロキョロと辺りを見渡していると、入口に王族の紋章が描かれていた。
その扉をみた刹那、頭に浮かんだ映像。
この光景を知っている……小説で見た気がする……。
呆然としながら庭を進んで行くと、立派な門の前には騎士の姿。
ゆっくりと扉が開き、エントランスが見えると、そこには大きな蝶のイラストが描かれていた。
この蝶は……そうだ……。
ノア王子に出会った時同様、一気に情報が頭に流れ込んでくる。
ここは王子の母親が暮らしている屋敷。
年に数回、城から離れて暮らしている母へ会いに訪れる場所。
なぜお城で暮らしていないのか、それはわからない。
だけどここで起こった事件が頭にはっきりと浮かんだ。
ここで……ノア王子は実母に毒を盛られ、誘拐未遂事件が起きた。
やっと思い出した。
彼の女嫌いになった一端がこの事件。
蝶が嫌いなのも、母親が蝶を好きだったから。
確かあれは……ノア王子の14歳の誕生日を迎えた数日後、とういうことは今日。
蝶のイラストを見つめたまま動きを止めていると、さっさと歩けとピーターに背中を叩かれる。
ごめんと私は慌てて足を動かすと、応接室へと案内された。
王子は一人別室へと向かうと、私達は待機を命じられる。
ピーターは私の隣へやってくると、無言のまま隣に並んだ。
どうしよう、ここで起こる事件が原因で王子は女嫌いになってしまう。
せっかくあんな可愛い笑顔が出来るのに、彼を変えたくない。
確か事件の内容は、出したお茶に毒を盛って、体を麻痺させてお金と引き換えに王子を売ろうとしたんだっけ……。
そんなことを母親にされたら、心が病まない人間はいないだろう。
止めないと、だけど証拠もないし言っても信じてもらえない。
前世の記憶があるんですと言えば、頭が可笑しいと追い出されてしまうに違いない。
それに今まで何もなかったみたいだし、どうすれば……。
ピーターへチラッと視線を向けると、腕を組みブスッとした彼と目が合った。
彼はなんだよ、とパクパク口を動かすと、私は彼の腕をひっぱり、部屋の隅っこへ引っ張っていく。
他の騎士たちを気にしながら、コソコソと声を潜めると、私は彼の耳元でささやく。
「ピーター、ごめん、どうしても王子に伝えなきゃいけないことがあるの、今すぐに。だから協力してくれない?」
「はぁ!?……ッッ、突然何を言いだすんだ。ダメだダメだ、ここで待機しておけと命令されただろう。言いたいことがあるなら本物の護衛騎士に伝えておけよ」
「それだと間に合わないの!……どうしても今行かなきゃいけなくて……ノア王子の将来に関わることなの、だからお願い。内容は詳しく話せないけれど……お願い、私を信じて」
私はピーターの手を握り、真っすぐルビーの瞳を見つめ懇願する。
私の誠意が伝わったのか、ピーターは嫌そうに顔を歪めながらも深いため息をつくと、わかったと頷いた。
「わかったよ、だがすぐに戻って来いよ。俺が今から騎士達に話しかけてくるから、その間に外へ出ろ。何度も言うが、その要件が終わったらすぐ戻って来いよ。わかったな?」
「うん、ありがとう、恩に着るわ」
私は嬉しさにピーターへ抱きつくと、彼は驚きながら頬を染め、私の体を引きはがした。




