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誕生祭 (其の三)

引き留めようとする声に振り返ることなく、私は人ごみをかき分けながら、ダンスを終え舞台方面へ下がるトレイシーとノア王子の元へ向かう。

苛立つ気持ちを落ち着かせていると、ふと視界の隅で何か光った。


顔を上げ注視すると、ドーマー窓に人影が浮かんでいる。

どうしてあんなところに人が?

外の警備に穴はない、屋根に登るなんて不可能なはずなのに。


人影はゆっくり動くと、弓のシルエットが映し出される。

その先にいるのはトレイシー。

私は脚へ力を入れ思いっきり床を蹴り上げると、彼へ向かって手を伸ばした。


「危ない!」


咄嗟にトレイシーの腕をつかみ引き寄せると、胸に抱き寄せ身を屈める。

バリンッとガラスが割れる音と同時に、トレイシーの居た場所を矢が通りすぎ、壁へ突き刺さった。

私はすぐさま顔を上げ刺さった矢を見ると、羽に黒バラとクロスマーク。

黒の教団……。


「リリーさま、お怪我はッッ?」


「大丈夫、トレイシーは下がっていて」


私は身をかがめながら矢の傍へ行くと、鏃を覗き込む。

矢の先には液体のようなものが塗られ、鼻を寄せると毒花の香りがした。


キャーと貴族たちの悲鳴が響くと、会場内は一気に騒然となっていく。


「屋根だ、外の警備を固めろ、逃げ道を塞ぐんだ。廊下にいる騎士は屋根裏へ回れ、必ず捕らえろ」


阿鼻叫喚の大混乱の中、サイモン教官の怒号が響き渡る。

貴族たちは我先にと出入り口へ殺到していった。


人がごった返す会場内で、別の小窓から続けざまに矢が放たれる。


「矢に毒が塗られている!気を付けて」


刺さった矢を引き抜き警告すると、王子の護衛騎士がすぐに駆けつけ、降り注ぐ矢を剣で叩き落した。


私はいったん剣を片付け下がると、トレイシーの傍へと駆け寄る。


「トレイシー安全な場所へ移動しましょう」


腕を取り引っ張ると、彼は動こうとせず、首を横へ振った。


「リリー様ごめんなさい、私……」


トレイシーは深刻な表情を浮かべると、決意を秘めた瞳で、私の手を振り払った。

その刹那真上からバリンッと大きな音が響くと、天井からガラスの破片が降り注ぐ。

咄嗟にトレイシーへ覆い被さると、次に来る痛みに身構えた。


しかし来るはずの痛みがやってこない。

恐る恐る顔を上げると、私をかばうようにピーターがそこにいた。


「ピーター!?」


私はすぐに起き上がると、ピーターの背中を覗き込む。

ガラスの破片が刺さり、血が流れていた。

震える手で破片を抜くと、血がぽたぽたと床へ落ちる。

血が……。

真っ赤な血に、エドウィンの光景が頭を過る。

体温が急激に下がり、体の震えが止まらない。


私はその場で固まっていると、ピーターの手が私の頭に触れた。


「落ち着け、そんな顔すんな、これぐらい平気だ」


ピーターは頭を軽く叩くと、笑みを浮かべ体を起こす。

その姿に私はすぐに救護班を呼ぶと、彼の体を支えた。


「すぐに治療をしないと、救護班早く、こっちよ!」


バタバタと駆け寄ってくる救護班の向こう側に浮かび上がる人影。


「やぁ、こんなところにいたんだねトレイシー。随分探したよ」


低く冷え冷えとする男の声に顔を向けると、弓を持ち黒いローブを纏った男が会場の中央へ佇んでいた。

辺りにはガラスの破片が散乱し、キラキラと輝いている。

私はおもむろに抜刀すると、男を睨みつけながら立ち上がった。


「よく姿を現せたわね、観念しなさい。ここから逃げるなんて不可能よ」


私は剣先を向けると、彼は肩を揺らして笑い始めた。


「ははは、あぁ、わかっているよ。君が邪魔をしなければ、彼女を殺せたのに残念だ。それにしてもよく私の位置がわかったね。警備配置を見る限り、あそこに侵入できるとは思っていなかったはずだけど」


あっけらかんと話す男を睨みつけると、私はゆっくりと一歩前へ踏み出した。

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