黒の教団 (其の五)
そういえば以前、誕生祭で大事な話があると言っていたけれどなんだろう。
小説では生誕祭で何を話したのか、詳しい描写は書かれていなかった。
ああいった公の場でよくあるのは婚約発表だけれども。
ノア王子の伴侶。
ずっとトレイシーだと思っていたけれど違うみたいだし。
もしかして誰かいい人を別に見つけたのかな。
彼の隣にトレイシーではない令嬢が並ぶ姿を想像すると、何だかもやもやする。
私はぎゅっと胸を掴み首を横へ振った。
今はそんなこと考えている場合じゃない。
よくわからない感情を振り払うと、ノートへ視線を向けた。
小説では誕生祭が終わった後、ノア王子はトレイシーを庭へ呼び出し指輪を送る。
指輪を送る場所は確か以前密会を聞いたあの場所。
二人のキスシーンが頭をよぎると、なぜか胸騒ぎを感じた。
あれ……何か……忘れているような……。
おぼろげな記憶を丁寧に探ってみるが、結局胸騒ぎの理由はわからなかった。
胸につっかえる何か。
しかし考えても考えても思い出せない。
そうしてあっという間に一週間が経過したころ、私は無事に病室から解放された。
副作用もなく体は元通り。
なまった体を慣らすためにストレッチと筋トレを行う毎日。
ようやく体が戻ってくると、お城の仕事にも復帰した。
その間も考えるのは最後の事件について。
トレイシーの件はノア王子に伝えたが、それだけでは解決しない。
ノートに書き記した手がかりを頼りに、どうするのが一番最良なのだろうか。
黒の教団がこの街へ侵入した事実は、城内へ知れ渡っていた。
もちろん街にも。
怪しい教団に騙されるなと張り紙が街のあちこちで見かけるようになる。
だがガブリエルが言っていた通り、布教活動をしている気配はない。
なら教祖がここへ来た目的は、生誕祭で起こる事件なのだろうか。
教祖が見ている未来とは……?
★おまけ(ノア王子視点)★
リリーが目覚めたと報告を聞き、急ぎ足で病室へ向かうとそこに先客がいた。
少し開いた扉の隙間から聞こえる笑い声。
そっと中を覗いてみると、誰かと楽しそうに話すリリーの姿。
相手は?
ギギッと少し扉を開いてみると、ベッド脇にいたのはピーター。
楽しそうに笑うピーターの姿に目を見張った。
以前までの彼とは違う。
彼女を見つめる瞳や表情が柔らかくなっている。
強力なライバル出現だと深いため息をつくと、紅の瞳が一瞬こちらを見た気がした。
ハッと身を引くと、隙間から話し声がはっきりと届く。
「今回は逆だな、この前は看病ありがとうな。何かしてほしいことはないか?」
「へぇ!?してほしいことって、うーん、何だろう……えーと」
「なんでもいいぜ。この間、一晩中看病してくれただろう?」
一晩中看病だって?
すぐに帰るんだと念押しで言ったはずだが……。
二人の姿を想像すると、ムカムカと苛立ちがこみ上げ僕は思わず扉から離れた。
数か月前までピーターはリリーを気の合う友人として見ていた。
それは僕が彼女を好きだからこそわかる。
だからピーターの部屋へ行くといっても、強引に引き留めはしなかった。
あまりに無防備すぎるから危機感を持つようにとは指導したけどね。
苛立つけれど、彼女の交友関係にとやかくいう立場でもないし、余裕を見せたかったから。
彼女の理想は大人な男性。
懐の大きい男になるために、余裕を持つことをいつも意識していた。
悔しいけれど、あの気に食わないクレアが言った通り、僕は懐が小さい。
それに彼女より年下だし……不利な点が多い。
エドウィンが彼女に懐いているのもムカつくが、なるべく表情に出ないように努めている。
エドウィンは彼女に対して執着しているが、恋愛とはまた別。
だけどピーターが変わったのならダメだ。
彼女を想う相手が傍にいると考えると耐えられない。
この嫉妬だけはどうにもならないんだ。
僕は深く深呼吸し、扉の隙間をもう一度のぞくと、ピーターが彼女の頭を優しく撫でていた。
その瞳にははっきり恋情が浮かんでいる。
プクッと頬を膨らませながらも、ピーターの手を受け入れる彼女の姿にもう限界だった。
僕はドアを強く叩くと、どす黒い嫉妬に気づかれぬよう、無理やり口角を上げたのだった。




