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黒の教団 (其の三)

とんでもない言葉に目が点になると、一瞬フリーズする。


「えっ、それって……、ということは……教祖がこの街に居るということですか?」


彼は額に手を当てると、疲れた様子で頷いた。


「あぁ、入街したのは二人。教祖と幹部のトップ。もう何人か入街させるつもりだったようだが、盗賊の件もあって、入街審査がきつくなり断念したようだよ」


「二人……まさか、嘘でしょう。この街で布教活動をするため?信者を増やし何かよからぬ計画を?確か黒の教団は隣国で問題を起こしたんですよね?」


「あぁ、そうだね。とんでもないことをしでかした。本当に脅威だよ。まぁそれは置いといて……僕もそう思ったんだが、どうやら違うようだ。ガブリエル曰く“あの方の見えている未来は私達には想像できないもの”らしい」


未来が見える……。

教祖は本当にサイキックか何かなのだろうか。

それともただの詐欺師?

ガブリエルの事を言い当てたというけれど、調べれば大抵のことはわかる。

不思議な力も手品であればタネがあるだろうし。

手品ついて前世でそこそこの知識がある。

しかし直接見ない事には何とも言えない。


この世界にファンタジーな魔法は存在しない。

だけど私は前世の記憶を持ったまま、リリーとして生まれ変わった。

そう考えると……この世界では人知を超えた不思議な力が存在するのかもしれない。

でももし仮に未来が分かるのだとしたら、二度も誘拐に失敗するのはおかしい。

私が邪魔をすることも予測できたはずだから。


やっぱり胡散臭い……ノア王子の予定を知っていた事実は気になるけれど……。

それにそんな力があれば、あんな野蛮な盗賊やわざわざ彼の母親を利用せず、簡単にノア王子を誘拐出来るだろう。

彼らを使った理由は一つ、捕まる恐れがあるから。

と考えれば……やっぱりサイキックではないと思う。


それともう一つ。

ノア王子を狙っていたにも関わらず、なぜ今トレイシーを狙うのか。

トレイシーがこの城へやってきて約数十ヶ月。

黒の教団が彼に興味を惹かれる理由がわからない。

ノア王子の知り合いだから……?

それともトレイシー自身に何か……?


こうやって改めて考えてみると、私はトレイシーのことを何も知らない。

どこから来たのか、ノア王子との接点は……。

知っていることと言えば姉がいる事と、ノア王子とは古い友人、そして男性という事実。

姉はどこで何をしているのだろう?

ノア王子とはどこで知り合ったのだろうか?

あえて聞かなかったけれど、女装は趣味なのだろうか?

もしかして何か理由が……?


トレイシーが貴族ということは、仕草や振舞いを見ていればわかる。

侍女になるぐらいだから、男爵家か子爵、良くて子爵あたりかな。

だけどそれならどうやってトレイシーはノア王子と知り合ったのだろう。

夜会や催し物だとしても、王族が参加するパーティーに爵位の低い貴族は、なかなか参加出来ないはずなんだけれど。


小説では子供のころにトレイシーとノア王子が出会う描写があった。

だけどあれは女の子のはずだし……。

そういえば小説の最後、二人が周りに祝福され結ばれたわけではなく、リリーが牢獄へ入り二人が手をつないで未来へ歩きだす姿で完結だった。

あの時は二人の幸せな未来を想像して楽しんでいたが、実際のところ身分違いの恋は上手くいかないだろう。


この世界は貴族という明確な格式が存在している。

王族の婚約者は最低でも伯爵レベルじゃないと厳しいんじゃないかな。

まぁ例外はあるだろうけれど。

良くて愛人……。


平民と王族が結婚する未来なんてありえないこの世界。

もちろん爵位の低い貴族と王子の結婚も……。

考えれば考えるほど疑問ばかりが浮かぶ。


考えがまとまらない。

とりあえず今は黒の教団に集中するべきだろう。


「ノア王子、ガブリエル伯爵と話をしたいのですが」


ノア王子は神妙な表情で首を横へ振った。


「すまない、それは出来ない。彼は死んだんだ」


死んだ?まさか……?


「……死因は?」


恐る恐る問いかけてみると、彼はおもむろに口を開く。


「死因は毒だ。尋問が終わった翌日、ガブリエルは牢獄で毒を煽り死んだ。誰も近づくことが出来ない牢獄に、なぜか転がっていた茶碗。運んだの者はすぐに見つかった。城に古くから使えるメイド長だった。だがメイド長は死体となって庭で見つかった。彼女の遺体からは、君が飲んだお茶と同じ成分が検出されたよ。……確定ではないが、すでに城内に黒の教団が潜り込んでいる可能性がある」


お城に……嘘でしょう……。


「本当なんですか?そんな……まさか……」


「こちらも信じたくないが、僕の行動を知っていた過去もある。杞憂に終わればいいんだけどね」


重い沈黙が流れること数分、ノア王子はなぜか気まずげな表情を浮かべると、おもむろに顔を上げた。


「リリー、最後に一つ。非常に言いにくいんだけれどね、今回の件は上層部の耳にも入り大事になっている。重傷者も出てしまい、王都の騎士も動かした。その発端が君の行動だ。市民を守るためとは言え、単独で身勝手な行動が招いたのは事実。だが君のおかげで黒の教団についての有力な情報を得られ、誘拐された少女を無事に救い出すことができた。犯罪者を見つけ被害者を最小限に抑えられたことはよかったと思う。だけどこれだけの事をしでかした以上、なんの処罰もなしにとはできない。君には僕の護衛騎士としての任務をおりてもらう。その代わりと言ってはなんだけれど、サイモン殿の計らいで、彼の雑用係をすることになった」


私ははい、と頷くとノア王子は悲し気な瞳を浮かべる。

あれだけのことをしでかし、皆に迷惑をかけエドウィンまで傷つけてしまった。

処罰は覚悟していた。

騎士学園を退学にならないばかりか、まだ城で働かせてもらえる事実に驚く。

きっとノア王子とサイモン教官の配慮があったのかもしれない。

ノア王子は軽く私の肩を叩くと、静かに部屋を後にした。

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