黒の教団 (其の二)
ハッと我に返り顔を向けると、開いた扉の前にはノア王子。
不機嫌そうな表情を見せたかと思うと、ニッコリ笑いピーターへ顔を向けた。
「やぁ、リリー。ピーター下がってくれるかな」
ピーターはパッと手を離すと、立ち上がり敬礼を見せる。
ノア王子を真っすぐ見ると、何とも言えない空気が流れた。
どっ、どうしたんだろう……?
動かない二人の姿を交互に見ていると、ピーターは一礼し無言のまま部屋から出て行った。
去って行くピーターを首を傾げながら眺めていると、ノア王子が視界を遮るように目の前に佇む。
「君たちは本当に仲が良いね」
冷えた声色に恐る恐る顔を上げると、ニッコリ笑みを浮かべるノア王子の姿。
よく見ると、青い瞳の奥には怒りが浮かんでいた。
「あっ、えーと、その……」
なぜ怒っているのわからないけれど、話題を変えたほうが良い気がする……。
ノア王子の怒りを察し、私は弱弱しく笑みを浮かべると、視界の隅にカーネーションが映った。
「あっ、あの花はノア王子が送ってくれたんですか?」
彼は飾られた花瓶へ顔を向けると、自然な笑みへ変わる。
「あぁ、この花が好きだったよね?」
「はい、覚えていてくれたんですね。とっても嬉しいです」
私もカーネーションを見ると、ヒラヒラと揺れる花びらに心が和む。
「覚えてるよ、忘れるはずない。こうやって残しているからね」
ノア王子は胸元からノートを取り出す。
それは訓練場へよく来ていた時に彼が一生懸命書いていたノートだ。
「好きな色は青だよね?」
「えっ、はい」
あれって私が答えた事をメモしてたんだ。
頬に熱が集まると、ノア王子はクスクスと楽しそうに笑う。
青い瞳を見せるけるように顔を寄せると、何だかむずがゆく思わずと視線を逸らせた。
彼はノートを片付けると、先ほどピーターが座っていた場所へ腰かける。
私の髪へそっと触れると、耳に触れる彼の指先に、なぜか頬に熱が集まる。
くすぐったいような感覚に身をよじると、彼は楽しそうに笑って見せた。
「ところでもう大丈夫なの?」
彼はベッド脇へ座りなおすと、私の瞳を覗き込む。
「はい、もう平気です。心配をおかけしました」
「本当にね、顔色もいいみたいだし、早速君が眠っている間の話でもしようか」
私ははい、と返事を返すと、姿勢を正し彼へ顔を向ける。
ノア王子は真剣な表情で話し始めた。
「ピーターから聞いたと思けれど、エドウィンは無事だよ。何とか一命を取り留め治療を進めたが、人間の治療を専門にしている医者では限界があった。人間と人狼では体のつくりが違うらしい。だから彼は十分な手当を受けた後、人狼の村へ輸送し暫く療養することになった。すでにエドウィンは村へ出発している。戻ってくるには数か月かかるだろう」
私はコクリと頷くと、布団の中で拳を握る。
エドウィンが戻ってきたらすぐに会いに行こう。
そして土下座レベルで謝罪しないと……。
「監禁されていた少女とトレイシーも無事に救出された。少女たちは実験として何度もお茶を飲まされていたようだが……毒が抜けきると、君と同じように目覚め正気に戻ったよ。健康状態も問題なく、あの男に何かをされたわけでもないから安心していい」
「良かったです、本当に良かった……」
少女たちの無事を聞き、ほっと胸を撫で下ろす。
子供の頃に植え付けられた恐怖は、消え去ることなく心に残り続けるから。
私もあのタイミングでお茶の効果がきれたのだろうか?
もう少し早くきれていれば……エドウィンを傷つけずに済んだのに……。
後悔してもどうにもならないとわかっている。
だけど考えずにはいられなかった。
暗い表情で俯いていると、ノア王子の手がまた私の頭を撫でる。
慰めてくれているのだろうか……優しいその手に気持ちが少し楽になった。
「ガブリエルについてだが……傷の手当を最小限にし尋問が行われた。そこで黒の教団の一員だと立証されたよ。そして彼から黒の教団について色々情報を集められた」
ノア王子はそこで言葉を切ると、深く息を吸い込み話し始める。
ガブリエルが教団と出会ったのは隣国へ続く道中。
時期は人狼の村で事件があった数か月後。
教祖はガブリエルを一目見て、彼の過去、彼の秘密、そして彼の未来を言い当てた。
その他にも教祖は不思議な力を披露してくれたそうだ。
何も書かれていない紙に数字を書かせ、目を閉じたままその数字を当てるというもの。
ガブリエルは教祖の不思議な力を目の当たりにし、すぐに教団へ入団した。
そして教団を支援するために膨大な寄付を行っていた。
そのためか、彼は入団して数か月で教祖の傍につくことが出来た。
だが教祖の顔は見ていない、声を聞いただけだと。
男とも女とも言えない美しい音の優しい声だったらしい……。
彼が幹部の座についた頃に、教祖からある任務を授かった。
一つ目がトレイシーの殺害。
そしてもう一つが……教祖と他の幹部をこの街へ入街させることだ。




