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黒い靄のその先に (其の四)

なんて愚かな事をしてしまったのか。

エドウィンが死んだら……私のせいだ……。

絶望の淵に突き落とされ、涙が止まらない。

後悔の念に駆られ、私は血だまりをただ見つめるだけ。


どうすることも出来ず座りこんで居ると、誰かが私の肩を強く握った。

おもむろに顔を上げると、青い瞳が映り込む。


「リリー、しっかしして。催眠が解けたようだね、よかった。地下室に居た少女二人も助け出したから安心して。だけど泣くのは後だよ」


ノア王子は頬に伝う涙を拭うと、真剣な表情を見せた。


「ガブリエルが逃げた。裏手に回った騎士の報告では、逃げた形跡は見つからず、姿すら見つけられていない。街の門へ手配済みだが、現れる気配はない。ねぇリリー、彼の居場所に心当たりはないかい?」


ノア王子は問いかけながらハンカチを取り出すと、泣きはらした目を拭いた。

ハンカチには化粧の後が付き、拭いた箇所が肌色に染まっている。

彼の居場所……?

もうそんなのどうでもいい。

エドウィンが死んでしまうかもしれない。

私のせいで……私が、私が……。


先ほどグッタリとしたエドウィンの姿が何度も脳裏に過ると、考えが上手く定まらない。

サファイアの瞳を見つめたまま、茫然自失になっていると、ピーターが戻ってくる。

私の姿にピーターは紅の瞳に怒りが浮かぶと、私の腕を掴み強引に引き上げた。


「しっかりしろ、リリー!お前はガブリエルを捕まえるためにここへ来たんだろう。エドウィンが体を張ってお前を守ったんだ。情けねぇ姿晒してんじゃねよ!泣くのも後悔するのも、あのクソ野郎を捕まえてからにしろ!」


腕から伝わるピーターの熱。

紅の瞳に情けない私の姿が映し出されると、ようやく私は息を吸い込んだ。

そうだ、私はガブリエルを捕まえに来た。

エドウィンとトレイシーを巻き込んで……二人を傷つけてまで……。

証拠を掴みたかった。

あの男を野放しに出来ないと思った。

そう……このままあいつを逃がすわけにはいかない。


私は脚に力を入れ立ち上がると、流れる出る涙を拭う。

そうだ、ピーターの言う通り。

エドウィンに救われた命、私に出来ることは……。

私はノア王子とピーターを見つめると、ごめんと呟いた。

グッと拳を握り自分自身へ喝を入れると、ぽっかりと空いた抜け道を見つめた。


小説であいつはこの屋敷で捕まった。

秘密の逃げ道なんて話はなかった。

だけど……トレイシーを誘拐したとき感じた違和感。


あの緑地公園から屋敷へ戻った経路がわからない。

周りに馬車はなかった、馬車が走れそうな道もなかった。

だけど貴族がわざわざ歩いてくる距離ではない。

ならなぜあんな場所にトレイシーを連れてこいと言ったのか。

人気のない場所なら近場でいくらでもあるのに……。


それに用水路の音、頭に浮かんだ映像。

私は窓から外へ飛び出すと、無我夢中で走って行った。


「おい、リリー、待て!」


私へ続くように、ピーターとノア王子が追いかけてくる。

庭を突っ切りシーンと静まり返る貴族街へ出ると、私は街の出入り口と逆の方角へ進む。

日中の晴れ渡った空と違い、月は見えず曇天で覆われ今にも雨が降り出しそうだ。


貴族街を抜け市街地へ出ると、灯りの無い道を門とは逆の方向へ進んで行く。

ポタポタと雨が降り始めたかと思うと、ザーザーと一気に降り始めた。


「リリー、そっちは街門から離れるぞ?逃げるなら逆だろう?」


ピーターの声が耳にとどくが、答えている時間はない。

雨で視界が悪くなっていく。

早くしないとあいつに逃げられてしまう。

湿り始める土を強く蹴ると、私は緑地公園の中へ入って行った。


トレイシーを連れて歩いた道。

先ほどまで後ろから聞こえていた二人の足音が聞こえない。

けれど立ち止まるわけにはいなかった。


雨が勢いを増し、ぬかるみに何度も足を取られそうになる。

横殴りの雨に髪もドレスもぐしょぬれだ。

足にまとわりつくドレスをそのままに、私は無我夢中で走り続けた。


風景を思い出しながら、私はなんとかトレイシーを連れてきたあの場所へたどり着いた。

視界が悪い中、辺りを見渡しトレイシーと来た時の事を思い出す。

用水路の音が聞こえたのは向こうだった。

そちらの方角へ歩いていくと、今にもつぶれてしまいそうなボロボロの小屋を見つけた。

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