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黒い靄のその先に (其の二)

エドウィンは助けを呼ぶトレイシーを退かすと、鉄製の壁へ向かって何度も何度も体当たりを繰り返す。

負傷した腕から流れた血が、拳を赤く染めていった。

痛みに顔を歪めながらも扉へタックルを続けるていると、ガンっと大きな音と同時に、扉の前にあった棚がゆっくりと倒れていった。


ガシャンッ、ガダンッ、ガラガラガラッッ、バタンッッ。

棚がドミノ倒しになり豪快な音が響くと、バタバタと足音が聞こえてきた。

扉がゆっくりと開きトレイシーが一歩踏み出すと、貯蔵庫はひどいありさまで、保存用の食料や水が辺りに散乱している。

エドウィンは肩で息をし腕を抑えながら扉の前で座り込むと、ポタポタと床に血だまりが広がっていた。


「何の音だ?……この部屋からか?」


「その部屋は貯蔵庫です。先ほど中を確認しましたが怪しい物はなにも……」


「そうですよ!あなたたちがバタバタと騒ぐから、棚から物が落ちただけでしょう。ちょっと、勝手に開けないでくれるかなッッ!」


貯蔵庫の扉がゆっくりと開くと、そこにピーターの姿が現れた。

そしてその後ろには焦った表情でピーターを引き留めようとするガブリエル。


「エドウィン!?トレイシーにリリーも!ノア王子発見しました」


叫ぶピーターの姿にガブリエルはくそッと悪態をつくと、私へ顔を向けた。


「なんてことだ。リリー!僕の邪魔する奴を殺せ!」


頭に響くその声に、私はトレイシーの腕を振り払うと、黒い靄の視界にピーターが薄っすらと映った。

彼を敵だと認識すると、私はエドウィンの腰に刺さった剣を奪い、散乱した貯蔵庫を駆け抜ける。

障害物を飛び越えていくと、ドレスの裾が棚へひっかかった。


「待って、リリー様!」


ひっかかった裾を踏み破ると、私はガブリエルの傍へ行き、ピーターに向け剣を構える。


「リリー……?その恰好……って、おい、どうしッッ」


言い終わらないうちに、私は彼へ飛び掛かると、剣を突き刺す。

ピーターはすぐさま反応すると、後ろへと飛び退いた。

何が何だかわからないといった様子だが、ピーターは反射的に剣を抜くと、私の動きを止めるように剣を交える。


「おぃ、これは何のつもりだ!リリー!」


紅の瞳が薄っすらと浮かび上がる。

どうして私がピーターへ剣を向けているの?

もう誰も傷つけたくないのに……。

そう強く思うと視界がどんどん闇に染まっていった。


「ピーター様、リリー様はその男に操られていますの!」


トレイシーの声に、ピーターはガブリエル伯爵を睨み付けると私の剣を弾く。


「お前、リリーに何をした?」


ピーターがガブリエルの胸倉を掴もうとする姿に、私はすぐに体制を立て直すと、ピーターに向かって剣を振り下ろした。

またも後ろに飛び退き剣を回避すると、紅の瞳に闇が浮かび殺気が辺りを包みこむ。

以前狼の村で見たあの瞳と同じ。

威圧感に体が震えるはずだが、人形にそんなものは感じない。


「アハハハハ、彼女は僕の人形だ。僕の物。リリー戻れ」


私は剣を引くと、言われた通りガブリエルの元へ静かに向かう

黒く塗りつぶされた先に見えるのは、深い闇。

意識が遠のき自我を保つのも限界になってきた。


「リリー……?」


名を呼ばれ、私は何とか意識をつなぎとめる。

私の姿に唖然とするノア王子。

トレイシーは操られているのだともう一度叫ぶと、彼の青い瞳に怒りが浮かんだ。


「ガブリエル伯爵殿、これはどういうことでしょうか?城でゆっくり話しましょう。貴族招集会議でも報告する必要がありますね。あなたの御父上の前で」


ノア王子は真っすぐにガブリエルを見つめると、逃げ道を塞ぐよう騎士を集める。

追い詰められたガブリエルは私の肩を引き寄せた。


「その汚い手をリリーから離して頂きましょう。ガブリエル伯爵、あなたはもう終わりだ。さっさと投降したほうがいい。屋敷にいた騎士は全員捕らえた。あなたを助ける人間はもういない」


ノア王子は強い口調で話すと、ジリジリと距離を詰める。


「止まれ!」


ガブリエルは私の手から剣を奪うと、首筋へ剣先を突き立てる。

ノア王子はすぐに足を止めると、緊迫した空気が流れた。

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