黒い靄のその先に (其の一)
エドウィンは階段を登りきると、ドアノブをガチャガチャと何度も回す。
しかし扉は当然ながら、外からカギがかかっていて開かない。
一度扉から離れ勢いをつけて体当たりしてみるが、金属製の扉はビクともしなかった。
「くそっ」
傷口が衝撃で開き、ナイフで負傷した腕からまた赤い血が流れ出す。
生暖かい血が腕を伝い、指先から地面へ落ちた。
「エドウィン様、お待ちください」
トレイシーは私の両目を手で覆いながら、体を支えゆっくりと階段を上って行く。
襲い掛かってこない私の姿に、エドウィンのふさふさ尻尾が嬉しそうに揺れた。
「主様、もとに戻ったの?」
「残念ですけれども、違いますわ。どうも視界にエドウィン様がいなければ動かないようですの。だからこうして目隠しをしておけば、襲うことはありませんわ」
トレイシーは悲し気に瞳を揺らすと、金色の瞳から目を逸らせる。
エドウィンはシュンと尻尾を下げると、開かない扉へ体を向けた。
「カギがかかっていて出られない。早くあいつを捕まえたいのに……」
切歯扼腕で鉄の扉を拳で殴ると、鈍い音が響く。
トレイシーは得意げに鼻を鳴らすと、エドウィンからナイフを取り上げた。
「ふふふ、お任せてくださいませ。鍵開けは得意なのですわ。子供のころ姉とよくやっていたのです。リリー様をお願いしますわね」
エドウィンは引き渡そうとするトレイシーの手を制しすると、ポンッと音と共に狼の姿へ変わる。
くんくんと鼻を鳴らし私の手へ近づくと、ペロッと舌で舐めた。
光があふれ先ほどとは違う人間の姿へ変わると、大きく角ばった手が私の目を覆う。
「って、エドウィン様素っ裸じゃないですか!?早く服を着てくださいませ」
トレイシーは頬を染めながら視線を逸らせると、エドウィンは私を抱えたまま下へ降り服を着なおす。
服を着たエドウィンの姿にトレイシーは安心した表情を浮かべた。
「なんだか人狼というのは不思議ですわね~」
、
どんな手品を?と首を傾げるトレイシーの姿に、エドウィンはせっつくように鍵を指さした。
トレイシーはそうでした、とナイフの柄を持ち変えると、カギ穴を覗き込みナイフの先を隙間に差し込む。
扉もそうだが、鍵も頑丈に作られている。
それも当然、こんな非人道的行為をするための部屋。
見つかればガブリエルは終わりだろう。
暫く鍵と葛藤するトレイシー。
しかしまだ開く気配はない。
扉に耳を当て音を頼りに開けようとしているようだ。
「うーん、うんうん、ここだと思うのですが……ッッ、あぁもう!お姉様ならきっとすぐに開けられますのに……ッッ」
苛立ちで扉を思いっきり蹴ると、ガチャンッと鈍い音が響いた。
その音にトレイシーは目をパッと輝かせドアノブを回すと、ガチャと扉が開く。
「開きました!さすが私ですわ!」
自画自賛で喜ぶトレイシーを横目に、エドウィンは気をせくように片腕で私の目を覆う。
ドアノブへ手を伸ばし、扉を押すがガッと何かに引っかかり止まった。
少し隙間が出来ただけでそれ以上は開かない。
トレイシーが隙間から外を覗いてみると、扉の目隠し用だろうか……大きな棚が置かれていた。
強く押しているようだが、ガッチリと固定されていてビクともしない。
「ダメですわ。大きな棚が邪魔を……」
「トレイシー退いて、リリーをお願い」
エドウィンはトレイシーの腕を引きよせ私を託すと、勢いをつけ扉へ体当たりをした。
ガタンッと音と共に、ほんの少しだけ隙間が大きくなる。
すると外から話し声が聞こえてきた。
「ノア王子、これは酷い言いがかりですよ。私はつい先日入街審査が通ったばかり。黒の教団であるはずがない。にもかかわらず、騎士を連れ屋敷へ強行してきた。王はご存知なのでしょうか?この件は必ず貴族招集会議で訴えさせてもらいますかね」
「父は関係ない。それはわかってます。お好きにどうぞ。ですが……必ず証拠は見つかるはずです」
「ふん、ありえない。部屋は全て確認したんだろう?それに僕の体に仰るタトゥーもない。何を証拠にするつもりですか?」
嘲笑うガブリエル声とノア王子の声。
トレイシーは嬉しそうに笑うと、エドウィンへ顔を向けた。
「きっと私たちを助けに来てくれたのですわ!ノア王子、私達はここですわ!!!」
トレイシーは隙間から叫ぶが、声は地下道を反響し部屋の向こう側には届かないようだ。




