地図を片手に
時は少し遡る。
私がガブリエルの屋敷へ向かって暫くした頃。
太陽はまだ真上に差しかかったばかり。
サムはもらった地図をギュッと握りしめると歩き始めた。
大通りへ出ようとすると、ガブリエル伯爵の腕章をつけた騎士の姿。
サムはすぐに裏路地へ戻ると、見つからないよう慎重に進んで行った。
何とか地図に書かれた場所へ到着した頃には、太陽は真上にあった。
日差しに目が眩む中、顔を上げるとそこは大きな宿舎だった。
門の前には騎士の姿。
サムは深く息を吸い込み近づいて行くと、声を掛ける。
「あの、すみません、ピーターさんを知りませんか?」
「ピーター?あー、あいつなら部屋じゃないか?ところで君は誰?」
騎士の恰好をした青年は屈み、サムの目線に合わせる。
「僕はサムと言います。えーと、リリーさんに言われて……」
「リリー?あーわかった。呼んできてやるよ」
騎士は宿舎の中へ入ると、サムは入り口で佇む。
ジリジリ熱する太陽に、額に汗が流れた。
汗を拭きとり暫くすると、青年が戻ってくる。
「悪い、部屋にいないようだ。訓練場にいるかもしれねぇが、道分かるか」
首を横へ振ると、青年は紙に訓練場迄の道筋を書き、サムへと手渡した。
「あっ、ありがとうございます!」
サムは訓練場迄の道を教えてもらうと、深く頭を下げ宿舎を後にした。
訓練場へやってくると、汗だくで剣を無心に振るうブラウンの髪の青年が一人。
ブンブンと木刀が風を切る音が響く。
サムは恐る恐る近づいてみると、独り言だろう声が聞こえてきた。
「てかなんだよ、俺を置いて二人で出かけるなんてさ……ブツブツ……」
木刀は何度も何度も同じ軌道を通る。
殺気を帯びた赤い瞳を見つめると、サムの脚が止まった。
「声ぐらいかけろよな……あぁもう、くそっ、集中出来ねぇ!」
青年は苛立った様子で木刀を投げると、サムはビクッと肩を跳ねさせる。
木刀が自分の前まで飛んでくると、サムの脚がガクガクと震えていた。
近づいてくる姿に何とか恐怖を落ち着かせると、サムはおもむろに顔を上げる。
「あっ、あの、ピーターさんですか……?」
「うん?あぁ、そうだが、お前は?」
「あの、リリーさんからこれをッッ」
サムはポケットから慌てて紙を取り出すと、両手で差し出した。
紙は汗で濡れている。
ピーターはすぐに紙を開くと、深い息を吐き出した。
「はぁ……まったくあいつ、ほんと何やってんだよ。夕刻までって……まぁいい、サム、宿舎へ行くぞ」
サムはコクリと頷くと、慌ててピーターの背中を追って行った。
宿舎へやってくると、サムはピーターの部屋へ案内される。
太陽はまだ傾き始めたばかり。
ピーターはクローゼットを開け着替えを取り出すと、訓練着を脱ぎフォーマルな服をチョイスした。
服を着替え、サムへ視線を向けると、ピーターはクローゼットの奥深くを漁り始める。
「これか……いや、少しでかいか。ならこれか」
ピーターは子供用だろう小さな服を取り出すと、サムを着替えさせた。
脱衣所から濡れたタオルを持ってい来ると、サムの体を拭き始める。
「リリーから何か聞いているか?」
サムは首を横へ振ると、俯き黙り込む。
そんな姿にピーターはクシャクシャと濡れたタオルで頭を拭くと笑ってみせた。
「気にすんな、俺がちゃんと守ってやるからな。よし、これでいいだろう。行くぞ」
「あっ、えっ、はい、えーと、どこにですか?」
「城だよ、さっさと来い」
サムは慌てた様子でピーターの背を追っていくと、城へと向かったのだった。
城へやってくると、サムはその広さと大きさに感嘆とした声を漏らす。
「すごい……綺麗……」
平民が城へ入る機会などそうそうない。
子供ならなおさらだ。
口を半開きのまま手入れされた庭園を眺めるサムの姿。
ピーターはそんなサムの姿に笑うと、少し遠回りしたのだった。
城の階段を上りやってきたのはノア王子の書斎。
トントンとノックをすると、中からノア王子の補佐官が顔を出した。
「ピーターか、どうしたんだ?」
「ノア王子に聞きたいことがありまして、おられますか?」
「悪いが今日は夕刻まで出かけられている。戻ったら連絡しよう」
ピーターは敬礼すると、サムを連れて宿舎へと戻ったのだった。




