女騎士への道 (其の四)
世話をしてくれた教官も士官もいない騎士学園。
入学してひと月たったが、未だ友達一人出来ていない。
教師たちも私をどう扱っていいのかわからない様子だった。
爵位の低い令嬢ならいざ知らず、私の爵位は無駄に高い。
ダニエル士官とサイモン教官が特別であって、普通はこういう反応なのだろう。
学園に入ると、訓練だけでなく騎士になるためには最低限の教養も学ぶ。
授業は前世の学校と同じように、本を見ながら解説される言葉を聞くだけ。
私は10歳まで令嬢として英才教育を受けていたから、授業内容は問題なくついていける。
問題は剣術の時間。
皆相手を選んで実戦訓練をする中、私はいつも片隅で教官のシャドー相手に行っていた。
このままじゃノア王子の護衛騎士になるなんて不可能。
なんとかしないと……はぁ……。
どうしたものかと頭を悩ませていたある日、訓練実習の時間がやってきた。
今日こそは誰でもいいから手合わせしたい。
訓練場にやってくると、いつもの教師の隣にダニエル士官の姿。
「今日は士官が指導してくれる、皆しっかり励むように」
「「はい」」
生徒全員胸に手を当てピシッと背筋を伸ばすと、脚を閉じ敬礼をみせる。
ダニエル士官と目が合うと、ゆっくりと前へ出た。
「さっそくだが、リリーこちらへ来なさい」
大きく返事をし立ち上がると、小走りで前へ出る。
生徒達の視線が集まる中、ダニエル士官は腕を組んだ。
「まずは皆の実力を確認させてもらう、相手は……」
「教官、女相手に練習なんて出来ません」
一人の青年が手を挙げると、そんな言葉を口にした。
周りの生徒達もそうだ、そうだ、と賛同する。
当たり前の反応だろう。
手を挙げた少年の顔をよく見ると、どこか見覚えがあった。
赤い瞳に短髪のブラウンの髪。
まだ幼いが、凛々しく整った顔立ちをしている。
あれって……もしかして……小説に出てくる護衛の一人。
「ほう、ピーター、どうして女相手に練習出来ないんだ?」
やはり名前も小説と同じ、間違いない。
「女は騎士になるべきじゃない、守られるべき存在だ。弱い者相手に、本気で打ち合いなんて無理です」
「ほう、ではリリー、木刀を構えなさい」
はい、と返事を返し木刀を持ち訓練場に立つ。
ピーターと目が合うと、彼は煩わしそうに顔を歪めた。
「弱い者だとそう言ったな。では一度やってみるといい」
ピーターは面倒くさそうに木刀を持つと、こちらへとやってくる。
士官に誘導され訓練場の中央へとやってくると、彼と向かい合い木刀を構えた。
これはチャンス。
彼と対等に打ち合えれば、これから先の練習相手が見つかるかもしれない。
教官や士官以外の人と剣を合わせるのは初めて。
正式な方法で打ち合ったこともない。
緊張しながら木刀を握りなおし顔を上げると、彼の表情は真剣そのもの。
赤い瞳から何とも言えぬ気迫が伝わってくると、筋肉がこわばった。
「怪我させても文句なしだ」
「それは私が保証しよう。さぁ思いっきりやってみなさい」
チラッと士官を見ると、大丈夫だと指をクロスしてみせた。
そんな彼のサインに、緊張が一気にほぐれる。
強張った筋肉が和らぎ、スッと息を吸い込むと私はピーターを真っすぐに見据えた。
何年も練習を積み重ねてきた。
いつも通り打ち合えば大丈夫。
「では、はじめ!!!」
開始の合図がかけられた刹那、ピーターは真っすぐこちらへやってくると木刀を振りぬく。
私は慌てて横へ避けると、風を切る音が耳に響く。
ちょっ、ええっ、はやいっ!?
教官との練習とは違う、本当の実践。
訓練では同じ相手で、癖や傾向が頭に入った状態で始まる。
当たり前の話だが、戦場に出れば誰と対峙するのかわからない。
その場その場で見極めなければいけない。
私は慌てて彼から距離を取るが、ピーターはさせないと言わんばかりに追撃してくる。
防戦一方、攻撃なんてする暇はない。
土を蹴り場内をクルクル逃げ回っていると、生徒達からブーイングが沸き起こった。
「おいおい、どうした~、逃げてばかりでは練習にならないぜ」
「ピーターは俺たちの中で一番強い、女に勝てるはずねぇよ、さっさと諦めろ」
言われっぱなしは悔しいが、止まって彼の木刀を受け止められる気がしない。
彼の追撃を何とか凌いでいると、脳裏に教官の言葉が浮かんだ。
君の目とその反射神経は、生まれ持った才能だ。
体力は根性で何とかなるが、率直に言おう。
君は女性で力は男に敵わない、成長すれば尚更ね。
だが力ではなくスピードあれば、男に勝つことは出来るだろう。
相手の攻撃を10だとしよう、君の攻撃は1。
お互いの体力が10だとして、君は一撃でも相手の技を受ければ倒れる。
逆に君は自分の攻撃を10回当てなければいけない。
だがその1も急所を狙えば話しは変わる。
例えばそうだね、剣を払い落とすとか。
戦場なら心臓を一突きにするといい。
人体の急所を覚えるんだ。
相手の動きを観察し隙を見つけ、スピードとその目で仕留める。
そのためにはまず体力づくりからかな。
隙を見つけて一撃で決める……。
私は降ってくる切先を避けながら彼の動きを目で追い続けた。
改めて彼を見ると、教官に比べれば動きが荒く見切れない速さではない。
頭の中を空っぽにし、真っすぐにピーターを見つめると、脚に力を入れた。




