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操り人形 (其の二)

暫くすると、トレイシーは小さなうめき声を上げながら目覚めた。


「うぅ……ッッ、ここは……どうなっているの……。リリー様!」


私の姿を認識すると、彼は鎖をジャラジャラと揺らし、ピクリとも動かない私の姿を見つめる。

鎖の音を聞きつけたのだろうか……ガブリエルが奥の部屋からやってきた。


手にはティーカップ。

きっと私に飲ませたお茶が入っているのだろう。


「やぁやぁ、お目覚めのようだね。可愛いお姫様」


「あなたは……何なの?これはどういうことなの!リリー様これは……どうなさったのですか……?」


トレイシーひどく取り乱し、泣きそうな瞳を私へ向ける。

ごめん、トレイシー……本当にごめんなさい……。

この物語を知っているという驕りが招いた私のミス。

思い付きのずさんな計画。

己の浅はかさを後悔するが……今更遅い。


ガブリエルは軽い足取りで私の隣へやってくると、体を寄せ耳元でささやいた。

その言葉に体が動き始めると、私は地面に落ちているナイフを拾い上げる。

切先にはキャサリンの血がこびりついたまま。


「あぁ、美しい、本当に美しい。僕の理想だ。さぁさぁ、このお茶を飲んで」


ガブリエルはトレイシーの言葉を無視し、ティーカップを口元へ近づける。

トレイシーは私と同じように、強烈な臭いに顔を背けると、怒りの瞳を浮かべた。


「何なのよ、これ!飲むわけないでしょう!気持ち悪い、近づかないで!リリー様、リリー様しっかりしてください!……ッッ」


トレイシーは血の付いたナイフを見ると、顔から血の気がなくなっていく。


「気持ち悪いか……悲しいね。早くこのお茶を飲まさないと……。残念だけど、君の声はリリーに届かないよ。彼女はね、僕の人形になったんだ。君もすぐ人形にしてあげるから」


「何を言っているの?リリー様に何をしたの!人形ですって?どういうことなのよ!」


悲痛な声で叫ぶトレイシー。

ガブリエルはまた耳元で囁くと、私はナイフを首元へ突き立てた。


「ちょっと、何しているの!?リリー様、リリーさま、やめて!」


首に切っ先が当たり、血が首筋を流れていくが、痛みも血の温もりも何も感じない。


「君がこのお茶を飲んでくれたら止めてあげるよ」


ガブリエルはニッコリ微笑むと、トレイシーへカップを近づける。


「飲むわ、飲むからやめさせて!……ッッ、こんなこと許されないわよ!」


私と同じように憎しみの籠った瞳を浮かべるトレイシー。

私のことはいいから、お茶を飲まないでと叫ぶが……伝える方法はない。

トレイシーは鋭い瞳でガブリエルを睨み付けると、ティーカップへ口を近づけ一気に飲み干した。

ダメッッ、トレイシーまで……私のせいで……ッッ。


ゴクンッと喉が鳴り、ガブリエルはそっとトレイシーへ近づくと口を開く。


「君の主は僕だ。僕の命令には絶対服従。可愛い可愛いトレイシー」


あぁ……トレイシーが……。

目の前が暗闇に染まっていく。

どうすることも出来ぬまま、緑の瞳をじっと見つめていると、一瞬瞳が暗い色に変化したが、すぐに鮮やかな瞳へ戻った。


「はぁ!?何を言っているの。命令に絶対服従、ありえないわね!」


トレイシーの放った言葉に、ガブリエルは目を見開くとフリーズした。


「……どういうことだ……失敗……そんなわけ……いやいや、なぜ……?まさか……ッッ」


ガブリエルは焦った様子で私からナイフを取り上げると、トレイシーへ向かって振り下ろした。


メイド服が裂かれ、肌があらわになる。

ガブリエルは服を左右にめくると、真っ平らな胸板を見て唖然とした。


「まさか、そんな……こんなに美しく可憐なのに男なのかい……?」


トレイシーはキッとガブリエルを睨み付けると、ニヤリと口角を上げた。


「えぇ、そう、残念ね、私は男よ」


悄然とする彼を挑発的に嘲笑うトレイシーの姿にひやひやする。

トレイシー刺激しちゃだめ。

彼は本物の変態なのよッッ。


「男……なんてことだ……。このお茶は男に効果はない。いや、だが、……こんなにも美しいのに……ブツブツブ」


男には効果がない。

良かった、それならトレイシーは操られない。

だけど……男だとバレてしまって大丈夫なのかな……?

いやいやいや、今はそんなことより、ここから脱却する方法を考えないと……。

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