傀儡の香り (其の一)
どれぐらい気を失っていたのだろう、気が付いた時には鎖で吊るされていた。
腕を動かすと、ジャラジャラと耳障りな鎖の音が部屋に響く。
うぅ……頭が揺れる。
何か変な物を嗅がされて……それで……ここは地下……?
虚ろな意識の中、目を凝らし辺りを見渡すと、薄暗く窓のない湿っぽい一室で、蝋燭の炎が静かに揺れる。
そこに薄っすらと人影が浮かぶと、こちらへ近づいてきた。
「やぁ、ようやくお目覚めだね、待ちくたびれたよ。ごきげんようリリー殿」
キャンドルスタンドを手に、ニッコリ笑みを浮かべる男。
浮かび上がったその顔に嫌悪感を感じた。
「ガブリエル伯爵……ッッ、これなに?エドウィンはどこなの?あなたが連れ去った少女も……ここにいるの?」
自分の声が頭に響き、揺れる視界に耐えながらも、必死に目を開け睨みつける。
彼はニッコリ笑みを浮かべると、手にしていたキャンドルスタンドを机に置いた。
ボヤッと浮かび上がる部屋の姿。
光の先には下着姿でぐったりと横たわる少女が二人。
ブロンドの長い髪の少女とブランドのセミロングの少女。
その奥には鎖で繋がれたエドウィンの姿があった。
金色の瞳が輝き、ガブリエル伯爵を鋭く睨みつけている。
怪我はないようだが、口にロープが巻かれ、声は出せないようだ。
助けに行こうとすると、金属の鎖がそれを静止した。
あの男ッッこんなところに幼気な少女を、それにエドウィンまで……。
キッとガブリエルを睨みつけると、ジャラジャラと鎖を思いっきり揺らす。
「まぁまぁ落ち着いて。そんな顔をしないで、可愛い顔が台無しだよ。まぁ僕の好みではないけれどね。それよりも君が眠っている間に、色々と調べさせてもらったよ。君はそこにいる彼と単独で動いたようだね。賢明な判断だ。ここへ来ることは騎士の関係者や騎士学園の生徒、先生、誰にも話していないみたいだね。一つ気になるのが、サムという少年だが……。彼については今捜索している。見つけ次第ここへ連れて来るよ。まぁ孤児ごときに何か出来るとは思えないけどね」
ガブリエルはニコニコ楽しそうに笑うと、横たわる少女たちへ近づいた。
膝を折りセミロングの少女の耳元に顔を寄せ、ボソボソ何かを呟くと、彼女はパチッと目を開け立ち上がる。
抵抗する素振りもなく大人しくこちらへやってくると、私の前で立ち止まり顔を上げた。
サファイアの澄んだの美しい瞳だが、その瞳に色はなく表情もない。
まるで人形のような不気味さを感じた。
「ほら、キャサリン、リリー殿に挨拶をしなさい」
キャサリンッッ、この子がサムの妹。
彼女は彼の言葉に頭を下げると、ニッコリ笑って見せる。
子供らしい無邪気な笑顔だが、挨拶の言葉はなく、膜がかかったような瞳に悪寒が走った。
何なのこれ……?
訝し気に見つめていると、ガブリエルがキャサリンのブロンドの髪を優しく撫でる。
「どうだい可愛いだろう。僕の最高級の人形なんだ」
「人形……何を言っているの?彼女は人間よ」
「ははははっ、もともとはそうだね。だけど今は違う。僕の命令には絶対服従の可愛い可愛い人形だよ。君もすぐにそうなる」
この男は何を言っているの?
人形?そんなのありえない。
「キャサリン、しっかりして」
彼女に向かって叫んでみるが、表情は変わらずニコニコ笑みを浮かべたまま。
「無駄無駄、僕の声以外はとどかないんだ。アハハハハハハ」
豪快に笑う彼を無視し、少女を見つめ続けるがさっぱり反応ない。
本当に声が聞こえていないの……?
「こんな幼い少女に何をしたの!」
怒りのままに叫ぶと、彼はキョトンとした表情を浮かべた。
「だから言ってるだろう。キャサリンは僕の人形になったんだ。意識があるのかはわからないけれど、僕の思いのままに動いてくれる。もちろん逆らったり嫌な顔一つしない。表情だってほら、可愛い笑みだろう。只一つ難点なのは……喋れなくなることだ。まぁ人形なのだから仕方がないけどね」
正気なの?人間を人形のように操るなんて……。
信じられないと憎悪を込めて睨むが、ガブリエルは気にした素振りもなく嬉しそうに笑うと、キャサリンに何かを耳打ちした。




