騎士達の祝賀会 (其の四)
あれ二人は付き合っていない?……好き同士でもないの?
二人の姿を見つめていると、ふとお城で聞いた二人の会話を思い出した。
「いえ、でも……二人の密会を聞きました。だから……二人の御関係は誰にも話しません。恋愛の形は人それぞれですし、男と男だとしても何も問題はないかと。それにトレイシーが訓練場へ来るようになってから、ノア王子は来なくなりましたよね。それはつまり……二人の関係がバレないようにするためじゃないんですか?」
ノア王子は呆れた様子でため息を吐くと頭を抱える。
「はぁ……とんだ勘違いだね。最近訓練場に行っていないのは、純粋に僕の仕事が忙しいから。それ以上もそれ以下も理由なんてないよ。トレイシーのせいで僕の仕事が山のように増えて大変なんだ」
「リリー様、本当に何をおしゃってるの?絶対にありえませんわ!私とノア王子は只の友人、腐れ縁ですの。私が愛しているのは、リリー様ただ一人ですわ」
「なっ、こんな場で何を言い出すんだ!」
「ふん、婚約者でもないくせに、人の恋路に口をだすなんてひどいお方ですわね。私たちはお互いの肌を見せ合った中ですのよ。ですわよね、リリー様」
肌!?なんのこと!?
もしかして以前部屋で着替えた時の……?
とんでもない言葉に口を半開きのまま固まっていると、ノア王子が不機嫌そうにこちらへ顔を向ける。
「……ッッ、どういうことかな?」
「へぇ!?」
「リリー様との二人だけの秘密ですわ~」
トレイシーは私とノア王子の間に割り込むと、ふふんと勝ち誇った笑みを浮かべた。
その姿にノア王子の眉間の皺が濃くなり、トレイシーへ反論する。
目の前で繰り広げられる言い合いに目が点になる。
本当に二人は恋人同士じゃない……?
本当に?だけど二人の様子を見る限り嘘をついているようには見えない。
何が何だか言葉を失っていると、トレイシーがこちらを振り向き私の手を取った。
「リリー様、愛しておりますわ」
「まったく……自分の立場がわかっていないのかな、君は」
王子はまた彼女をひっぺ剥がすと、外に立たせていた騎士を呼び寄せる。
「ちょっと、離しなさいよ!」
必死に抵抗するトレイシーを見つめる中、騎士にずるずると引きづられて行くと彼女は扉の外へと消えて行った。
「全く油断も隙も無い。見に来て正解だった」
唖然とその光景を眺めていると、ノア王子は深いため息を吐き、ベッド脇へ腰かける。
動かない私の様子に、ノア王子は頬へ手を伸ばすと、顔色を確認するように覗き込んだ。
「飲みすぎて倒れたんだって?全く僕の騎士だという自覚が足りないんじゃない?それに友人だとしても油断するなと教えたよね?全く理解できていない様子だけれど」
「へぇっ、あの、すみません、うぅ……返す言葉もございません……」
つい先日危機感を持てと身をもって教えてくれたにも、関わらずこの状況。
シュンと肩を落とすと、キャミソールの紐がずれ落ちる。
ずれた紐を彼が掴むと、深く息を吐き出した。
「トレイシーが男だといつ知ったの?でっ、さっきのはどういう意味?」
「あっ、えーと、その……以前ちょっとしたいざこざがありまして、その時彼女を部屋に連れて行ったんです。そこで……着替えをしまして……肌を見せ合ったわけではなく、トレイシーが言うようないかがわしい感じでは……。そこで男だと知りました……」
ノア王子から何とも言えない空気を感じると、声が小さくなっていく。
何とか言葉を紡ぐと、ノア王子の深い深いため息が部屋に響いた。
「はぁ……部屋にね、本当に君は……。トレイシーの事はどうするの?」
「へぇっ、あー、私にとってトレイシーは大切な友人で、だから……その……」
男だと知ってからも、彼を男として意識したことはなかった。
だって彼はノア王子の恋人だと信じていたから。
だけど好きだと言われて……どうすればいいのか……。
なんと答えればいいのかわからず黙り込む。
ノア王子は青い瞳を真っすぐに向けると、両手を腰に当て不服そうな表情で私を見下ろした。
「友人ね……はぁ……。ねぇ、僕の騎士だって自覚している?僕の騎士ってことは僕の物ってこと。他の誰にも触らせないで」
「えっ、へぇ!?どっ、どうしたんですかッッ、王子!?」
どういう意図で言っているのさっぱりわからない。
けれど一つ言えることは、彼がとっても怒っていると言う事だけ。
「もういい。リリー、来月の誕生祭で大事な話があるから、ちゃんと最後まで聞くんだよ。わかった?」
サファイアの瞳が間近に迫り、息がかかる距離に胸がドキドキする。
さすが小説のヒロイン、イケメンなのは当然だけれども。
なんと言えばいいか、オーラがあって……。
小説を読んでいた時、彼に何度もドキドキした事を今更ながらに思い出す。
頬に熱が高まっていくのを感じる中、私は慌ててコクコクと頷くと、ノア王子がサッと手を離した。
★おまけ(トレイシー視点)★
部屋から追い出され、扉にカギがかかる。
騎士は私を離し、扉の前で立つと、無表情のまま。
そんな騎士を横目に、私はその場で座り込むと、顔を両手で覆った。
言ってしまいましたわ……。
伝えるつもりなんてなかった。
だって今伝えても、私にはどうすることも出来ないのだから。
私が抱えているもう一つの秘密。
私の正体。
だけどこれは全てが解決するまで話せない。
話せば彼女にも危険が……。
あぁもう、本当に何をやってるのかしら私……。
こんなんだからお姉様は……。
愛しい姉の姿が頭を過ると、私は罪悪感と後悔に苛まれたのだった。




