騎士達の祝賀会 (其の三)
澄んだエメラルドの瞳を茫然と眺めていると、その瞳が次第に近づき、気が付けば唇を奪われていた。
「へぇっ、うぅん、んんんん!?……ッッ、なっ、ふぅん……ッッんん」
これは水を飲ませる為ではない。
触れる唇の柔らかさに、私はようやく我に返ると、身をよじらせるが引き剥がせない。
足をバタつかせながら首を左右へ振ると、ようやく押さえつける力が緩んだ。
その隙に手を振り払い、彼の体を思いっきり突き飛ばす。
私は慌てて体を起こすと、シーツを引き寄せ逃げるように後ずさった。
なっ、なんでッッキス?
なんで、どうして、いやいやいやッッ。
「えっ、いや、ちょっと待って、なんでこんなこと!?トレイシー、どうして……?」
トレイシーは罰の悪そうな表情を浮かべると、サッと目を逸らせる。
「リリー様……がそんなふうだからですわ。伝えるつもりなんてありませんでした……。私はこんな格好をしておりますし……。けれどこれほどまでに意識されていない事実に苛立って……。改めてこのままリリー様と友人で居続けるのは無理だと実感しましたわ。私はリリー様を好きです。愛していますの」
えぇぇぇ!?どっ、どういうこと!?
好き?なんで私?
トレイシーの相手はノア王子でしょ!?
酔いが一気に冷め唖然としていると、彼は距離を詰めるようにゆっくりとベッドの上を這い、近づいてきた。
どうすればいいのかわからず、後ずさっていると、気が付けば後ろは壁。
咄嗟にシーツを両手で掲げ防御してみるが、それは簡単に外されすぐに追い詰められた。
逃げ道を塞ぐように私の体を両腕で挟むと、のしかかるように体を寄せる。
短いブロンドの髪が頬にかかり、彼の顔が近づいてくると頬に熱が集まった。
「トッ、トレイシーッ、待って、待って、なっ、なんで……ッッ」
私のことを好き?
そんなのありえない、だけど……。
恐る恐るエメラルドの瞳を見つめると、彼は嬉しそうにほほ笑んでいた。
「ふふっ、やっと意識してくれたのですわね、お顔が真っ赤ですわ。照れて戸惑う姿も可愛らしいです」
もっと見せてと言わんばかりに彼は私の頬へ触れると、クイッと持ち上げる。
恥ずかしさに顔を隠そうと腕を持ち上げるが、その手は簡単に捕らえられた。
「待って、待ってトレイシー、これってどういうこと!?えっ、あのっ、トレイシーッッ」
エメラルドの瞳に、また私の姿が映し出される。
近づいてくるその瞳に思わず目を閉じた刹那、バタンッと扉が開いた。
「……何をしているの?」
ノア王子の声?
そっと目を開けると、上に跨っていた彼女がすごい勢いで遠のいてく。
「もう、いいところでしたのに、邪魔してないで下さい!」
「君……誰に手を出しているか、わかっているの?」
ノア王子はトレイシーの首根っこを掴み引きずると、ボソボソと耳打ちする。
何を話したのか聞こえないが、この状況がまずいということはすぐに理解出来た。
「あの、ノア王子これは違うんです。これはその……えーと、違うんです!私とトレイシーは友人で、そのだから……」
突然のヒーローの登場。
トレイシーを好きな彼になんと答えていいのかわからない。
私を好きだと言ったトレイシーの気持ちはよくわからないが、とりあえず横恋慕していないと伝えたい。
しかしこの状況を見るに……厳しいだろう。
明らかにトレイシーは私に覆いかぶさっていたし……そう思われても仕方がない。
必死に打開策を考えていると、トレイシーがノア王子の腕を逃れ、私の前へやってきた。
「リリー様……それほどまでに私を否定するのですか……?」
悲し気なトレイシーの表情に思わず言葉を詰まらせる。
「えっ、あっ、いやいやいや、違うよ。トレイシーが言った好きは、そういう好きじゃないでしょ?」
「……?どういう意味ですか?私は本気ですわよ」
「へぇ!?そんなわけ……だってトレイシーにはノア王子がいるじゃない」
「はぁ!?、ノア王子、ありえませんわ!リリー様、さっきも言いましたが私は男ですのよ」
私達の様子にノア王子も近づいてくると、眉を寄せ首を傾げた。
「リリー、一体何の話をしているの?」
「えっ、えっ!?いえ、その……二人は愛し合っているんじゃ……?」
言い終わらないうちに、トレイシーは私の肩を強く引き寄せると、信じられないと私の顔を覗き込む。
ノア王子も隣で同じように目を見開く。
「「はぁ!?」」
そして二人が同時に声を合わせると、顔を見合わせた。
「リリー、そんなとんでもない勘違いをしていたの?」
「そうですわ、それに男と男ですわよ?ありえない」
「えっ、でも、恋愛は人それぞれ色んな形があるじゃない?えーと、その……あれ……?」
何が何だかわからない。
二人は恋人同士ではなかった?
でもここは小説と同じ世界で……だから二人は……?
何が何だかわからず呆けると、二人の姿を交互に見つめた。




