騎士達の祝賀会 (其の二)
濡れた服とさらしを脱ぎ捨て、下着一枚。
本来なら寒いはずだが、アルコールのせいかまだ暑い。
布団を跳ねのけ体を丸めると、ひんやりとしたシーツを感じた。
気持ちいい……。
しかしそれは一瞬だけ。
すぐに熱を吸収すると、私は冷たさを求めるように手を伸ばした。
指先に触れたトレイシーの手が冷たく、ギュッと握ると体を引き寄せる。
「トレイシーの手、冷たくて気持ちいい」
彼女の手に火照った頬を摺り寄せると、心地よさに目を閉じた。
「……ッッ、リリー様ッッ、私を試して……ゴホンッ、いえ……何でもありません。お水を入れなおしてきますわ」
トレイシーはなぜか逃げるように手を引くと、こちらを見ることなく立ち上がる。
ベッド近くのテーブルに用意されていた水差しを手に取り傾けると、無言のままグラスに注いでいった。
いつもと違うその様に、私は揺れる視界に抗いながらおもむろに体を起こすと、トレイシーの腕を掴む。
「ごめん、トレイシー怒らないで……」
「怒ってませんわ。リリー様、離してください」
彼女は焦った様子で手を振り払う。
しまったとの表情を見せるが、すぐに目をそらせると唇を噛んだ。
そんな彼女の様子に、私はジンジンと痛む手を見つめると、涙腺が緩む。
「うぅ……トレイシーに嫌われたくない……」
「違います、違いますわ、嫌うはずありません!……あぁもう知りませんわよ」
怒ったその声にシュンっと頭を垂れ項垂れていると、彼女は私の肩を強く押した。
私はベッドへ倒れ込むと、彼女はグラスを持ち注いだばかりの水を口へ含む。
そのまま私へ馬乗りになり顔を近づけると、彼女の唇が触れ、口の中に冷えた水が流れ込んだ。
「んんん……ッッうぅぅん、……ふぅ、んんんんん」
溢れた水が口角から流れ出すと、水は頬を伝わりシーツへ落ちる。
何が起こったのか理解できない。
ただわかるのは、冷たい水が渇いた喉を潤していく感覚。
戸惑いながらもゴクリと喉を鳴らすと、ゆっくりと唇が離れ、真上にエメラルドの瞳が映り込んだ。
「リリー様、私があなたを嫌うはずありませんわ。寧ろ好きだからこそ困っているのです。私を試しておられるのですか?挑発してらっしゃるのですか?そんな潤んだ瞳を浮かべて、無防備な姿で甘えられて……さすがに我慢の限界ですわ」
真っ直ぐなその瞳から目をそらせない。
彼女はグラスを棚へ置くと、ブロンドの長い髪を持ち上げ外した。
すると中から同じブロンドのショートカットヘアーが現れる。
驚き目を見開いていると、彼女は私の手首をベッドへ縫い付けた。
いつもと違うトレイシーの姿に戸惑う。
混乱し逃げようと腕に力を入れてみるが、押さえつけられた手を振りほどけなかった。
「リリー様、私は男ですわ。こんな姿をしておりますが……男なのです。わかっておられますか?」
「えっ、あっ、うん、わかってるよ……?」
何とか言葉を紡ぐと、トレイシーは不満げな表情を浮かべる。
なぜそんな顔をするのかわからなかった。
ゆっくりと迫るトレイシー。
整った顔立ちで、まつ毛が長く、女性らしさもあるが、ショートカットになったことで男性に見えた。
中世的な顔立ちは美しく綺麗で、こうしてみると肩幅も広い。
触れる手は角ばっていて、想像以上に大きく強い力。
あれ……どうしてこんなことになっているんだろう?
「わかっていませんわ。私はリリー様に触れられると、どうしようもない感情が湧き上がるのです。その潤んだ瞳を私だけのものにしたい、そんな欲望が……」
欲望……?私に?どうして?
こんな場面、つい先日にもあった……。
ノア王子が気を付けろと忠告してくれたあの時。
だけど彼女は……男だけどノア王子の恋人で……。
目の前に居るのは物語のヒロインで親友のトレイシー。
なのになんで?
うぅ……頭が痛くなってきた……。
酔っていて考えがうまくまとまらない。
どうすればいいのか狼狽していると、彼女の吐息が唇にかかった。




