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平穏な日常 (其の二)

トレイシーと並びレシピを見ながら、作業を進める。

切り方がわからない食材はトレイシーにおまかせ。

リリーとして料理をしたことはないが、前世の私は一人暮らしが長く、料理は一通り何でも作ってきた。

慣れた手つきで包丁を握る私の姿に、彼女は驚いていたけれど、適当に誤魔化しておく。

でもそこそこ料理はできると思っていたけれど、実際何十年もまともに料理していないと、なかなか難しかった。


この世界はお米がないので、病人食はスープ。

鶏肉とトマトを煮込んで作ったチキンスープで、食欲をそそる酸味に、栄養価も高い。

具を煮込み味をみながら調味料を加え、最後にアクセントにスパイスを入れた。

うん、美味しい、われながら上出来。

具材の大きさはバラバラだけど、十分だよね。


出来上がったスープをお皿に盛りつけると、トレイシーに味見してもらう。


「どう、美味しい?」


「えぇ、とっても美味しいですわ。最高です。リリー様の料理を食べられる日が来るなんて幸せですわ」


「ありがとう、でもちょっとほめ過ぎな気がするけれどね


嬉しそうな彼女に照れ笑いしていると、あっという間にお皿のスープが空になった。

本当に美味しかったのだと嬉しくなり、私は鍋を持って別棟を後にすると、早速宿舎へ向かう。

ピーター喜んでくれるかな。

私が作ったと言ったら、きっと驚くだろう。


ピーターの驚く顔を想像しながら歩いていると、訓練場の方からノア王子がやってきた。


「ノア王子、珍しいですね。こんなところでどうしたんですか?」


「リリーこそ……あっ、いや、調子はどうなのかなと思って見に来たんだけど……。どこへ行っていたの?」


「ありがとうございます、怪我はもう無事に完治して訓練に支障もありません。今日は訓練が終わってからトレイシーと別棟で料理を作っていたんです」


「料理?君が?」


はい、と笑みを浮かべると、私は鍋の蓋を開ける。

湯気と共にスープの匂いが広がりまだ温かい。

ノア王子は鍋をのぞき込むと、首を傾げた。


「スープ?君が作ったの?どうしてまた?」


「ピーターが風邪をひいてしまったみたいで……。お見舞いに持っていこうと思ったんです」


私はそっと蓋を閉めると、ノア王子へ顔を向ける。


「あぁ……だからピーターも今日いないのか。ところでまた一人で部屋へ行くつもり?」


低くなった声のトーンに、私は苦笑いを浮かべると思わず目をそらせた。

うぅ……そういえば前にも同じようなことがあった。

勉強を教えてもらうのに彼の部屋へ行って怒られたのだ。


「えっ、あー、えーと、……料理を渡すだけなので、だっ、大丈夫かな……と。エドウィンは自主とトレ中で……その……はい……」


言い訳がましい言葉を紡ぐと、ノア王子は不機嫌そうにため息をついた。

その姿にピリピリとした緊張が走る。


「はぁ……まぁ……彼なら心配ないのかもしれないけれどね。それにしても……危機感が足りなさすぎる。自分が女だわかっていないのか……」


ボソボソと呟いた言葉は、小さすぎて聞き取れない。

聞き返すこともできず、目を泳がせていると、青い瞳がこちらを向いた。


「……料理を持っていったらすぐに部屋へ戻るんだよ、わかった?」


「はい、もちろんです。ありがとうございます」


これ以上怒られないとわかると、私は内心ほっと胸をなでおろす。

彼と別れ宿舎へ戻ろうとすると、引き留めるように腕を掴まれた。


「リリーよく聞いて、君は女性で僕もピーターも、エドウィンも男だ。それはわかっている?」


「へぇっ!?えぇ、もちろんです!」


何を言いたいのかわからないが、とりあえず頷くと、彼は深くため息をついた。


「その反応、ちゃんとわかってないよね」


彼は私から鍋を取り上げると、傍にあった木製のベンチへそっと置いた。


捕まれた腕に力が入り、強引に引き寄せられる。

こんなに強かったのかと思うほどの力に、内心戸惑っていると、気が付けば青い瞳が間近に迫った。


彼はもう16歳

捕まれた手は大きく、私の手首を軽く一周する。

角ばった指に、細いがしっかりと筋肉がついた腕。

整った顔立ちからは幼さが消え、一人の男性として映る。

息がかかりそうなその距離に後ずさろうとすると、彼の腕が腰へ回った。

そのままグイッと持ち上げられると、ゆっくりと長椅子へ押し倒される。


真上にはノア王子。

いつもの彼と違う。

状況についていけず混乱していると、両腕を縫い付けられた。


「君の剣術は確かにすごい。だけど力は騎士ですらない僕に勝てないんだ。どれだけ剣の腕がすごかろうとも、ここから逃げられないでしょう?」


ノア王子が腕に力を入れると、本当にピクリとも動かせない。

その様にあの光景が頭をよぎる。

頭領に捕まり無力で弱く抗えない自分の姿。

近づいてくる青い瞳に私の姿がはっきり映りこむと、恐怖を感じた。


唇に息がかかり、体が硬直する。

思わず目を閉じると、彼の名を口にした。


「ノア王子ッッ」


「……これでわかった?今後むやみに男性の部屋へ行かないように。ピーターなら君の嫌がる事はしないだろうけれど、それでも心配なんだ」


ノア王子は体を起こし腕の力を緩めると、私は恐る恐るに目を開けた。

その先に移ったのは、満足げに笑みを浮かべたノア王子。

先ほどとは違い、優しく私の手を握ると起き上がらせる。


「料理美味しそうだね。風邪じゃないけれど、僕にも何か作ってほしいな」


先ほどのピリピリした彼ではない、いつもと同じ笑みを浮かべたノア王子。

捕まれた自分の手首をギュッと握ると、コクリと頷いたのだった。

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