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ヒロインとの出会い (其の四)

とある昼下がり。

私はノア王子に頼まれ、書庫から数冊の本を持ち出すと、回廊を進んでいた。

経済学の本に倫理学の本、心理学の本と難しそうなものばかり。

えーと、これを執務室に運んでおくんだっけ。


指示された部屋に本を並べ、回廊へ出て戻ろうとした刹那、バシャンと水が飛び散る音が耳にとどいた。

何だろうと思い、庭の方へ向かってみると、同僚だろう侍女二人と全身びしょ濡れのトレイシーの姿。


「あら、居たの?ごめんなさい、気が付かなくて」


手にバケツを持った侍女は、隣の侍女と顔を見合わせると、トレイシー見て嘲笑う。

トレイシーは濡れた髪をかきあげると、挑発するように二人を睨みつけた。


「いえ、こちらこそこんなところに居て悪かったわ。年を取ると視界が狭くなると言いますものね~。気が付かなくてごめんなさい。お・ば・さ・ん・た・ち」


言い返したその言葉に私は目を見開くと、空いた口がふさがらない。

侍女二人は、年齢30歳ぐらい、おばさんと言われたことはないだろう。

彼女の言葉に侍女二人は顔を真っ赤にすると、トレイシーを強く睨みつける。


「おばっ、失礼ねッッ」


「なっ、先輩に向かってなんて口きくのよ」


「あら、本当のことを言っちゃダメでした?だって私だったら気が付きますもの。だから視界が狭くなったのかなぁと思いまして、ふふふ」


「このッッ」


侍女はカッと目を見開くと、近くに置いてあったバケツを持ち上げ、トレイシーへ向かって投げつける。

その姿に私は慌てて間に滑り込み、トレイシーを守るように、バケツをキャッチする。

しかしバケツは逆さを向き、ザバーンッと頭から水を被った。


「えっ、あっ、あぁ、ッッ、リリー様ッッ!?もっ、申し訳ございません、あぁ、これは、どうしましょうッッ」


「リリー様ッッ、どうして!?」


冷たい……。

全身ビショビショ、肌に布が張り付き、服の中にも水が入った。

私はゆっくりとバケツを置くと、笑みを浮かべ、あわあわと狼狽する彼女たちへ顔を向ける。


「3人とも落ち着いて、私は大丈夫だから。それとバケツは人に向かって投げる物じゃないわ。とりあえず二人は仕事があるでしょう。すぐに戻ったほういい。トレイシーのことは私に任せて」


「えっ、ですが……、その……あの……これは……」


「大丈夫だから、行きなさい」


言い聞かせるよう強めの口調で言い聞かせると、二人は慌てた様子で逃げて去って行った。


「リリー様、ごめんなさい。あぁ……ずぶ濡れですわ……、私のせいで……本当にごめんなさい」


トレイシーは悲し気な表情を浮かべハンカチを取り出すが、濡れていて使い物にならない。

濡れたハンカチを見つめながら、彼女はシュンと肩を落とした。


「私は平気。それよりもトレイシー、逆なでしちゃダメ。あぁ言う輩には言い返さず、私や長へ報告するべきよ」


トレイシーの濡れた髪へ触れると、彼女は不服そうに顔を上げる。


「それはわかっていますわ……だけどあの人たち、私がいるの知っていて水を撒いたのですわよ」


「うん、わかるんだけど……。はぁ……とりあえずそのままだと風邪をひいてしまう。近くに私の宿舎があるから、そこで着替えましょう」


私はトレイシーの手を取ると、宿舎へと連れて行こうと手を握った。


「えっ、リリー様のお部屋ですか!?リリー様のお部屋……行きたいッッのですけど……いやいやいや、ダメですわ。私は大丈夫ですの」


「そんな遠慮しないで、お風呂もあるし、早く着替えて温まったほうがいい。風邪をひいたら大変だよ」


トレイシーはなぜか頬を赤く染めると、ひどく取り乱した。


「おっ、お風呂ッッ、リリー様のッッ!?あっ、いえ、その、あの……だっ、大丈夫ですわ」


「いいからいいから、行きましょう」


遠慮しているのだろう、戸惑うトレイシーを強引に引っ張ると、私はそのまま宿舎へ引きずって行った。

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