戦いの後で (其の三)
それからまた数週間が経過し、ここへ来てひと月近くたった頃。
ようやく食事も自分で取れるようになり、声も元通り。
リハビリを経て、ベッドから起き上がれるまで回復すると、うーんと体を伸ばした。
「エドウィン、色々ありがとう。情けない主でごめんね」
「ううん、主様が元気になってよかった。俺は主様の傍に居られるだけで幸せ」
彼はニッコリ嬉しそうにほほ笑むと、甘えるように額をスリスリと擦る。
プラチナの髪を優しく撫でていると、寂しさがよぎった。
「エドウィン、私はそろそろ王都へ帰るよ。せっかく仲良くなれたのにごめんね。こうやってエドウィンの頭を撫でられるのもあと少し……」
透き通る髪を一房指へ絡ませると、エドウィンがパッと顔を上げた。
「何言ってんの?俺も王都へ行くよ」
「へぇっ!?王都には簡単に入れないし、入ったとしても街には人間がいっぱいだよ?それに人狼たちは来られない。仲間や友人と会えなくなるんだよ?」
「構わない。主様に触れて変身すれば人間と変わらないから大丈夫。主様を見つけた人狼は、その人と共に歩むんだ。それが俺たちの習わしだから。王都へ入るのはピーターがやってくる。そこで俺ピーターに剣術を教えてもらうんだ。主様を守れるよう、強くなりたい」
確固たる意志を宿した金色の瞳。
頭をなでる手が止まり、唖然としていると、グレッグ先生がやってきた。
「調子はどうだい?大分回復したようで嬉しいよ。だけどあまり動き回らないようにね。激しい運動は厳禁だよ。最初は本当にどうなる事かと思ったけれど、本当によかった。丁度明後日には王都から来られたお医者さまや関係者、騎士の方が帰られるみたいだから、そこで一緒に帰れそうだね」
グレッグ先生は私の傍へやってくると、手にしていた小鉢を傾け薬包紙へ分ける。
小さく折り布団の脇へ置くと、コップを用意し水を汲み始めた。
「あなた方はどうするのですか?エドウィンは私についてくると言ってますが……」
「あぁ、それは皆が分かっているだろう。主を見つけた人狼は主と共に居ることを望むからね。私たちはそうだね……盗賊の残党が残っている以上、ここにはいられないだろう。だが移動できるほどの備蓄もなく、遠くへは行けない。近場で探しているが、まだ見つかっていないんだ。騎士達も手伝ってくれていてね、辺りを探しているんだが、なかなか良い場所がないんだ」
困った様子で、弱弱しく笑みを浮かべたグレッグの姿に、何かモヤッとした感情が浮かぶ。
人間から隠れ続ける生活なんて、本当に可能なのだろうか。
今はいいとしても、これから先……人間の人口は必ず増えていく。
そうなれば経済がどんどん発達していくだろう。
利益、利便性が優先され、山や川が開拓され、彼らの住処が奪われていく。
これは前世で学んだこと。
世界が変わったとしても、人間の本質は変わらない。
人狼と人間……人種は違えど、同じ地に住まう者同士。
意思疎通も出来るし、手を取り合えないわけではない。
現に今こうして人間と人狼の関りを見て、出来ない未来ではないのだ。
だがそのためには、彼らが定住するための土地が必要になる。
「はい、食後にこの薬を飲むんだよ。数十年ぶりに人間たちと関わったが、なかなかいいものだった。さてと……」
人狼に土地を与えるような国はないよね。
あっ……そうだ!
明暗を閃くと、私は慌ててグレッグ先生を引き留める。
「待ってください。移動場所がなければ、私の国へ来ませんか?壁の中にある王都は難しいですが……壁の外の土地なら、用意出来るかもしれません」
先生は目を丸くすると、体をこちらへ向けた。
「土地を……?君は騎士だろう?土地を用意するなんてどうやるつもりなんだい?それに大抵の人間たちは自分たちと違う者を忌み嫌う。ここへ来ている人間たちが珍しいだけだよ。どうにかしようとしてくれる、その気持ちはとても有難いけれどね……」
寂しそうに笑うグレッグの姿に、私は首を横へ振ると裾を掴んだ。
「そんなことありません!すぐにとはいきませんが……お互いがお互いを知れば、人狼と人間が暮らせる街がきっとできます。逃げ続ける生活も限界がある。なので一度私の提案を皆さんに話して頂けませんか?移住先のあてはあるんです、信じて下さい」
私は彼の目を真っすぐ見て、必死に説得する。
すると先生はしばし考え込むと、わかったよとつぶやき、部屋を出て行った。
★おまけ(ピーター視点)★
頭領を騎士へ引き渡し、村で尋問が始まった。
俺も尋問に加わると、頭領が俺を見て嘲笑う。
「よぉ、お前か~あの嬢ちゃんはどうした?死んだか?大分痛めつけてやったからなぁ~。腕を折ったときあの顔。恐怖と苦痛が混じったあの目、思い出すだけでゾクゾクするぜ。けどなそれでも歯向かってきたんだ、それをねじ伏せる快感、最高だったなぁ~」
「てめぇ!ぶっ殺してやる!」
聞くに堪えない言葉に、頭領を足蹴りすると仲間が慌てて止めに入る。
「落ち着け、挑発にのるな」
止めに入った仲間を睨み付けると、不承不承で一歩下がる。
頭領はいてぇっと呟くと、またあの目を俺へ向けた。
「ガハハ、そうか、あの女、お前の女だったんだな。悪いことしちまったなぁ~、あんまりいい女だから食っちまったよ。美味かったぜ」
ゲスな笑い声に怒りで目の前が赤く染まると、俺は拳をふるいあげていた。
「おい、ピーター、やめろ。もう出ていけ」
ガッチリ体ごと止められ身動きが取れない。
俺はそのまま追い出されると、拳を地面に叩き付けた。
食ったってどういうことだよ。
あいつまさか……。
ドロドロとどす黒い感情が胸に渦巻く。
だがあいつは貴重な証人、手は出せない。
リリーがあの男に何かされたのかと考えると、正気じゃいられなかった。
友人が傷つけられた感情とは違う。
ライバルが傷つけられた、そんな感情も違う。
只々許せなくて、あの男を殺したい、この強い感情の正体は……?
その正体は、元気になったリリーに会ってようやくわかった。
俺はリリーを好きなのだと——————————————




