戦いの後で (其の二)
私はすぐに笑みを消すと、只ならぬ彼の様子にじっと言葉を待つ。
何か問題が起こったのだろうか……。
「いや、そのさぁ、思い出したくねぇかもしれねぇけど、一応確認しておかないと落ち着かなくて……。ふぅ……なぁリリー、あいつに何かされたのか?」
紅の瞳が真っすぐこちらへ向けられると、思わず息を飲んだ。
「えっ、えーと、……何かって?」
あいつとはたぶん頭領のことだろう。
見てわかる通りコテンパンにやられている。
何を聞きたいのかと首を傾げると、ピーターは深刻そうな表情で唇を噛んだ。
「いや……だから、俺が来たとき服が乱れてただろう……ズボンもズタズタで、あー、いや、その……」
言いづらそうにする彼の姿に、ようやくピンッとくる。
「あー、大丈夫、未遂だった。ちょっと危なかったけれどね。エドウィンが来てくれてなんとか……ははは」
私は首に手を当てながら苦笑いを浮かべると、弱弱しく笑う。
「未遂ってッッ、お前なぁ、本当に大丈夫だったのか?」
ピーターの言葉に、あの時の情景が蘇る。
必死で振りほどこうとした。
出来る限りの攻撃もした。
だけど……。
力でねじ伏せられる感覚。
圧倒的な力の差。
自分の無力さと弱さ。
あのままエドウィンが来なければ、私は間違いなくあいつに犯されていた。
「うん、その……本当に大丈夫だった……」
「……ならいい、大丈夫ならいいんだ」
黙り込む私の姿に、ピーターは察してくれたのか、優しい笑みを浮かべる。
落ち込む私を慰めようと、彼が私の頭へ手を伸ばした。
その手があの男の手と重なり、反射的にビクッと体が大きく跳ねる。
彼は触れる前に手がピタッと止めると、慌てて引いた。
「悪いッッ」
「ごめんっ、あの、違うの。えーと、これは……あの男に何かされたわけじゃなくて。えーと、胸をさらわれたぐらいで、あっ、いや、それ以上は何も……。ただ……どうやっても抗えなくて……」
「お前ッッ、されてるじゃねぇか。あのクソ野郎。もう少し痛めつけてやるべきだった」
ピーターは勢いよく立ち上がると、今にも殴り込みに行きそうだ。
私は慌てて彼の腕にしがみつくと、必死で引き留める。
「待って待って、怒らないで。胸は彼らの注意を向けるために、私も乱していたし、女を武器にした以上それぐらい覚悟……」
「それぐらいならじゃねぇ!お前は嫁入り前の女なんだぞ。もっと自分を大切にしろ。無茶な作戦を勝手に始めて、俺がどれだけ心配したかわかってるのか?」
ピーターの怒鳴り声に私は思わず言葉を詰まらせる。
紅の瞳に悲しみが浮かび、私を本気で心配してくれているのが伝わってきた。
「……ッッ、ごめん、ピーター、その、ありがとう……軽率だった」
私は掴んだ彼の手をギュッと握りしめると、おもむろに顔を上げる。
このままこの話を続けるのは得策ではない。
勝手なことをするなと言われても、きっとまた同じ状況になれば同じ選択をするから。
大切なものを守る為、自分が正しいと思う行動を。
私はニッコリ笑みを浮かべると、ピーターの腕を引っ張る。
「ねぇ、ところでこの間の試合なんだけれど……変に怒っちゃて……ごめん。気まずくなってずっと気になっていたの。あれは私がわかっていないだけだった。同じ土俵に立ってると思いあがってた。だけどそれが間違いで、ピーターと私じゃもう差が開きすぎてたんだよね……」
彼はきっと優しいから、それを言えなかっただけ……。
そう言いたかった言葉を伝えると、彼は焦った表情で口を開いた。
「そんなことねぇ、リリーはすごいよ。自分の長所を生かした戦い方で、順位戦もトップに入ってる。俺とは戦い方は違うが、いつも勉強にさせてもらっているんだ」
ピーターは優しい目を浮かべると、先ほどの悲しみは消え、澄んだ紅の瞳に私の姿が映し出される。
「よかった。じゃぁこれで仲直りね。ピーターとギクシャクするのは……嫌だから。寝込んでいるときもね、ピーターの声が何度も聞こえてきた。その声があったからこうやってまたピーターに会えて、本当に嬉しい」
私は紅の瞳を見上げると、ギュッと腕にしがみつきニッコリと微笑んで見せた。
ピーターは顔を真っ赤に染めると、慌てて目を逸らせる。
「お前ッッ、そういうこと素でいうよな。はぁ……くそっ」
照れているのだろうその姿に、なんだか嬉しくなると、私は彼の腕を引きよせ、ベッド脇へ連れ戻す。
「ねぇ、ピーター、あのね」
彼の顔を覗き込むと、真っ赤な顔をしながら深いため息を吐いた。
「はぁ……やっと何なのか、わかった気がする」
「うん、何が?」
「何でもねぇよ、それで?」
どこか吹っ切れた表情を浮かべるピーターの姿に、私は笑みを返すと、今まで話せなかったくだらない話に花を咲かせ、楽しい夜が過ぎていったのだった。




