作戦開始 (其の五)
ピーターは頭領へ向かって剣を構えると、ゆっくりと近づいて行く。
私の体すっぽり入るほどに大きい彼の上着。
少年騎士の頃とはまるで違う彼。
わかっていたはずなのに、ここで改めて変わった彼を実感した。
エドウィンはピーターを見ると、動きをとめ頭領から離れた。
「あぁん?お前は誰だ、どこから湧いてでてきたんだ?あぁん?その服……その女と同じ騎士か?」
ピーターは無言のまま。
ただただ静かに、頭領へ近づいていく。
距離を詰め間合いへ入った刹那、彼の動きが変わった。
頭領の体格はピーターの倍はある。
さすがに力では叶わないだろうとそう思っていた。
だけどピーターは、頭領に向かって真っ向から剣を振り上げる。
カキンッ、カキンッガッ、キン、キン、カッキンッッ
激しい剣戟の声が響く中、私は唖然とその光景見つめていた。
ピーターが頭領をパワーで圧倒していく様。
攻撃する暇を与えない、威力と速さ。
訓練場では見たことのない。
これが彼の本気なのだろう。
洗練された技に、圧倒的なパワー、無駄のない俊敏な動き。
速さ、力、技、全てが揃っている。
色のない冷たい瞳を見ると、体が勝手に震えていた。
気が付けば、頭領は追い詰められあたふたと慌てている。
ピーターは容赦なく剣を振ると、頭領のアキレス腱を切った。
「うあ”っ、いてぇ、い”、くっ、やべぇッッ、ちくしょ……ッッ」
痛みに蹲る頭領。
ピーターの剣先に血が滴り、それでもまだ剣を振るその姿を見て悟った。
もう私では力不足だったんだと……。
同じ土俵にたっていたと思っていた。
人を殺す覚悟もできているはずだった。
だけど私は彼のように剣を振れない。
それに彼のスピードは私よりも遥かに速く、巨体を押し退ける計り知れないパワー。
いい勝負が出来るなんて考えが、おこがましいことだったんだ。
それを彼はわかっていたからこそ、前回の試合で彼は……。
「おぃおぃ、ちょっ、ちょっと待ってくれよ。なぁ、なぁ、話そうぜ」
頭領は土を這いながらあとずさり、気が付けば壁に追い詰められている。
ピーターが近づいてくる姿に、慌てて剣を手放すと、降参すると両手を挙げた。
しかしピーターは剣を蹴飛ばし容赦なく巨体を抑えると、剣先を首へあてる。
「話す価値なんてねぇ。リリーを……俺の大切な仲間を傷つけた罪、苦しみながら死ね」
剣を引こうとしたピーターの姿に、私はハッと我に返ると力いっぱい叫んだ。
「ダメよ、ピーター、殺しちゃダメ。……ッッ、彼は黒いローブについて知っている。ノア王子の母親事件と今回の事件、同じ人物が犯人かもしれない!」
ピーターはピタッと動きを止めると、こちらへゆっくりと顔を向ける。
私と視線が交わると、冷ややかで暗い瞳が、鮮やかな紅に戻っていた。
いつもと同じピーターの瞳。
その姿にほっと胸をなでおろすと、一気に体が重くなった。
痛みは感じず、ただ全身がジンジンと熱い。
エドウィンがくぅ~んと鳴きながら近づいてくるのを最後に、視界が暗闇に染まっていった。
★おまけ(ピーター視点)★
最近リリーにどう接していいのかわからない。
この間あいつが部屋に来てから、俺の中で何かが変わりつつあった。
だけどその正体はわからない。
あいつを見ると、なんだかむずがゆいような変な感じがして。
試験で対戦したときもそれは変わらなかった。
真剣に勝負をしているはずなのに、あいつ向かって剣を触れない自分がいた。
友人になってこんなにギクシャクしたのは初めてだった。
そんな中舞い込んだ護衛の任務。
リリーが連れ去られ、俺は士官の指示を無視して探しに行った。
元気なあいつを見つけて、ほっとした。
だがあいつは予想外な事に巻き込まれていた。
加えて変な人狼に懐かれ、ずっとリリーの傍から離れない。
リリーに触れるあいつの姿に、また胸にモヤモヤとした感情が渦巻く。
てかキスするとか、あいつ正気かよ。
気にしてないとか、女としてどうなんだ?
俺がやっても、同じ態度とるのかよ。
って違う違う、なに考えてんだ俺。
あいつは親友でライバルのはずだろう。
とりあえず話を聞くと、臭いの根源を探し、人質を救出するのだとか。
これは騎士として引き受けないわけない。
無事に西と東の火元は破壊出来たが、最後に残った北の焚火。
俺はリリーの作戦に反対だった。
あいつの実力を信じていないわけじゃねぇ。
こっちの人数と時間を考えるに、この方法しかないと重々承知している。
だけど頷けなかった。
俺の引き留めを無視し、リリーは囮になりると、中央には盗賊の姿はなくなった。
俺はすぐに北へ入りぬけると、そこに人の姿。
すぐに抜刀すると、気づかれる前に仕留める。
焚火の前に到着すると、それは他の焚火よりも明らかに威力が強い。
簡単には消せない、水の量もそれほどない。
俺は炎に向かって剣を振ると、火の粉が舞い、バラバラと焚火が崩れた。
火の勢いが増し、パチパチを組んでいた木が燃え始める。
燃え尽きるまで多少時間はかかるだろうが、これで大丈夫だろう。
少し火が弱くなったところで、水をかけよう。
それでリリーの援護に向かう。
「おい、お前、何をしている」
音に反応したのか、盗賊が現れると、こちらへ切りかかってきた。
動きを見る限り対した腕ではない。
向かってくる剣を避け、男を薙ぎ払った。
それを皮切りに、わらわらと盗賊たちが集まり始める。
くそっ、こんなときに……。
雑魚ばかりだが、人数が人数だ、時間はかかる。
ようやく片付けた時には、火は大分小さくなっていた。
焚火に水をかけ、俺はすぐに中央へ向かうと、リリーの姿を探す。
暫くすると、煙はまだくすぶっているが、人狼たちの姿が見えた。
西と東の火が消えたことで、臭いが大分マシになったのだろう。
乱戦がはじまる中、俺は南へと走って行った。
そこで見つけたのは、リリーの悲惨な姿だった。
服はひどく乱れ、ズボンは切り刻まれ下着があらわになっている。
白い脚には男の手形が赤く浮かび上がり、胸元ははだけ見られる状態ではなかった。
だがヨタヨタしながら必死に立ち上がろうとする彼女の姿。
俺はすぐに駆け寄り彼女を見ると、腕が折れ、胸には赤い痣。
あちこちに切り傷があり、重症だとすぐにわかった。
だけど彼女は大丈夫だと笑みを浮かべる。
あの男に何をされそうになったのかは明白。
上着を持つ手が小刻みに震え、目は赤く腫れ泣いた跡が残っていた。
その姿に俺の中の何かが切れた。
頭の中がやけにスッキリし、憎悪と怒りだけが残る。
「許さねぇ、楽に死ねると思うなよ」
そこからはあまり覚えていない。
無心に剣振り、怯え命乞いをする男の姿を楽しんでいた。
アキレス腱を切り歩けなくしてから、ゆっくりと追い詰める。
男の首に剣先を突き立てた瞬間、リリーの声が響いた。
ハッと我に返ると、俺はようやくいつもの俺に戻ったんだ。




