不謹慎?
チュンチュンチュン。
窓から微かな光が差し、朝になったのだと脳が理解する。
意識がゆっくり浮上してくると、いつもと違う感覚に戸惑った。
背中が痛くない、柔らかい。
隙間風も感じないし、あー暖かい……幸せ……。
ムニャムニャと口を動かすと、心地よさを堪能するように布団を抱きしめる。
薄い布ではなく、もふもふとした分厚い布団。
あーいい夢だなぁ……。
「おい、起きろ。涎垂を拭くな」
その声に薄っすら目を開けると、目の前にルビーの瞳が映る。
あれ、ピーター……どうしてここに……?
ムクリと体を起こし鎖骨まで伸びた髪が、ピョンピョン跳ねていた。
ぼーと彼を見上げると、脳が目覚め状況を把握していく。
ここは……ピーターの部屋……あっ、私ッッ。
「ごめんピーター、私あのまま寝ちゃったの?」
私はベッドの上に正座し頭を下げると、ごめんなさいと何度も謝る。
「それはもういい、さっさと戻って支度してこい。試験に遅れるぜ」
「えっ、もうそんな時間!?あー本当に申し訳ない」
私は窓を開けると、日が昇り始めた外へ下りる。
冷たい風が頬に突き刺さるが、そんな事を気にしている暇はない。
慌てて顔を洗い着替えを済ませ髪をとかすと、鞄を持って宿舎を飛び出したのだった。
無事に間に合い、試験を終えると開放感にほっと胸を撫で下ろす。
昨日教えてもらったところが、ドンピシャで出題された。
これはいつもより点数がとれそう。
ピーターにS定食を御馳走し、財布の中は空っぽ。
財布を逆さまにしてみると、何も出てこない。
あぁ懐が寒い、またコツコツ溜めないと……。
午後の授業を終え、トレイシーに会いに城へやってくると、ピーターが後ろから追いかけてきた。
「りりー、忘れ物だ」
ピーターの鞄から出てきたのは、教科書とノート、そしてペン。
彼の部屋に持っていた物一式だった。
面目ないと受け取ると、彼は呆れた様子を見せる。
「他の生徒がいる前じゃ、さすがに渡せないだろう。はぁ……本を忘れるとか勉強する気あるのか?今度は気を付けろよ」
「申し訳ない……。ねぇ、でもそれって、また部屋に行ってもいいってこと?」
「バカッ、お前なぁ……まぁいい。俺のとこならいつもで大丈夫だ。だが他の奴の部屋には入るなよ。って変な意味じゃないからな!聞くなら優等生の俺にしておけってことだ」
ピーターはなぜか顔を赤くすると、逃げるように背を向け去って行った。
なんだったんだろう?
まぁいいや、これで次のテストも安心できる。
それにしてもピーターの部屋、居心地がよかったな。
私の部屋とは大違いだ。
小さくなっていく彼の背を眺めていると、肩に誰かの手が触れた。
驚き振り返ると、目の前には真っ青なブルーの瞳。
青い髪に夕日が反射し、眩しさに目を細める。
「やぁ、リリー今の話、どういうこと?」
彼は優し気な笑みを浮かべ、私をじっと見つめていた。
けれど目が笑っておらず、口調でも怒っているのが伝わってくる。
「あー、えーと、昨日彼の部屋にお邪魔したんですけど、持っていった物を全部忘れてしまったみたいで……。夜に抜け出したわけじゃないですよ!空き時間に勉強を教えてもらっていたんです」
規則を破ったとは口が裂けても言えない。
夜の消灯時間でなければ、出入りは自由。
誤魔化す様に苦笑いを浮かべていると、彼は怪訝そうに顔を歪めた。
「ピーターの部屋に行ったの?一人で?」
「あーはい、わからない問題があったので聞きに行きました。そのおかげで今日のテストは無事にクリア出来たんですよ」
ガッツポーズを見せると、彼は不機嫌そうにこちらを睨む。
「……男の部屋へ一人で?正気じゃない」
「えっ、いや、そうですけど……男って言っても、ピーターとは腐れ縁の友人ですよ?」
「そういう問題じゃない。結婚前の女性が男の部屋に行くなんて不謹慎だ」
「えー、まぁ言いたいことはわかるんですけど……。けどこのままじゃ追試で、剣の練習が出来ないと思ったんです……。今の私の実力じゃノア王子の護衛になれないから……」
シュンと肩を落とすと、ノア王子の頬が微かに赤みを帯びた。
「……ッッ、わからない問題があれば、僕に聞いて下さい。大抵の事は答えられます。そのために勉強ッッ、何でもありません。ともかく次からは僕に聞くように。ピーターであっても男の部屋にはいかないように!」
ノア王子は強い口調で言い切ると、スタスタと立ち去って行く。
えっ……いやいやいや、王子も男の人じゃないのかな。
あーでも王子に聞くわけにもいかないし、次の試験どうしよう……。
去って行く王子の背を眺めながら、私は深いため息をついたのだった。
★おまけ(ノア視点)★
まったく信じられない。
女一人で男の部屋に行くなんて。
それにあの感じ、何か隠している。
彼女の事になるとどうして感情が高ぶってしまう。
ピーターは信頼できる騎士だ。
だがやはり男は男。
あぁ考えるだけでイライラする。
「あらノア王子、やきもちなんてみっともないですわよ。そんなことでは嫌われてしまいますわ。あっ、失礼。そういうご関係ではないですわね~」
「クレア嬢……」
面倒な女に見つかった。
一体いつからそこにいたんだ。
「御親切にどうも。僕の心配をしてくれているんですね」
「えぇ、もちろんですわ」
「僕の心配より、ご自分の心配をなされた方が宜しいのでは?何でもかんでも口出しするような令嬢は男性に嫌われますよ」
「ふふっ、御親切にどうも。ですが私の婚約者はあなたと違って器が大きいので大丈夫ですわ。包容力のある男性には程遠そうですわね~。それではごきげんよう」
図星をさされぐうの音も出ない。
そんな僕の様子にクレアはニッコリと笑みを深めると、言いたい放題言って去って行ったのだった。




