女騎士への道2 (其の二)
私はすぐに宿舎へ向かうと、ピーターの姿を探す。
最近は自分が惨めで恥ずかしくて、ピーターと訓練するのを避けていた。
もちろん会えば普通に会話はしていた、けれど昔のようにまともに打ち合えない自分に劣等感を感じて……自然に避けていた。
だけどここへ来て4年と数カ月、一番剣を交えてきたのは間違いなく彼。
彼と訓練するのが一番いいと思った。
食事を終え部屋に戻ろうとするピーターを見つけると、駆け寄り彼の背中を叩いた。
「いってぇ、リリーッッ!?」
「ねぇピーター、練習に付き合ってほしいの」
猫背になった肩へ手をまわし、顔を覗き込む。
彼は挑発するような笑みを浮かべると、こちらへ顔を向けた。
「へぇ~やっとかよ、俺に勝てなくなって悔しいんだろう?」
調子に乗った態度に苛立つが、練習相手になるのは彼しかいない。
他の相手ではダメ。
「ふん、今までの私だと思ったら大きな間違いよ」
私は彼の腕をガッチリ掴むと、訓練場の方へと引っ張る。
掴んだ腕は昔の彼とは違い、固く立派で大きな腕。
改めて変わった彼を認識していると、彼は楽しそうに笑いながら、私の腕に逆らうことなく歩き始めた。
「ははっ、やっといつものリリーだな。昔とは逆だが……」
そう呟いたピーターは、あの頃と同じ笑みを浮かべていた。
その日から時間があればピーターの姿を探し、練習相手になってもらう。
本当に彼の言う通り昔と逆転。
少年騎士だった頃は、いつも彼が私を追いかけて訓練場へ引っ張っていたから。
しかし実際に受け流す練習を始めてみると、なかなかうまくいかなかった。
動きや癖を理解しているはずなのだが、どうもタイミングが掴めない。
基本彼に打ち込んでもらうのだが、失敗する度に手がビリビリ痺れた。
木刀を落とし腕をかばうこと数十回、そのたびに彼が心配そうな表情を見せる。
けれど大丈夫と頷くと、彼は手を抜くことなく、本気で打ち込んでくれた。
それがすごく嬉しかった。
だってそれは私が剣に対して向き合う気持ちを、認めてくれているその証だから。
一週間、二週間、三週間……あっという間にひと月が過ぎる。
何度も同じ動きを繰り返し、完璧とはいかないまでも、コツは大分掴んできた。
受け流しが成功すれば、相手に隙ができ攻撃へ転じられる。
昔のように急所を一撃では突けないが、ピーターに一矢報いれるようになった。
まだ一度も勝てていないけれど、このまま練習を積めばいい勝負が出来るようになる、そんな手ごたえを感じた。
練習が形になり、実戦練習を始める頃には、またひと月が過ぎていた。
けれどこれからって時に、筆記テストの日が近づいてくる。
練習したいが、テストの点が悪いと追試があり練習時間が減ってしまう。
こういうところは前世の学校と同じ。
青年騎士になって、座学のレベルが跳ね上がった。
政治経済、世界情勢、歴史、特に暗記を要するものが増えた。
他にも戦略や戦術の研究、この辺りは令嬢の教育で触れたことがない分野。
暗記は何とかなるとしても、戦略、戦術、戦法は上手くイメージが出来ない。
練習ばかりに気を取られていたけれど、テスト明日。
窓から月明かりが差し込む薄暗い自室で、床に教科書を眺める。
何とかなるだろうと、謎の自信で放置していたけれど……。
徹夜覚悟で教科書を開くがちんぷんかんぷん。
あぁ……もっと早く始めておけばよかった……。
でも、だって、せっかく掴んできた受け流し練習を、減らすわけにはいかなかったんだもん。
わかってるよ、自業自得だって。
このままじゃ赤点間違いなし。
それはまずい、練習が減るのは嫌だ……。
こうなったら……最後の手段。
私は窓からコッソリ部屋を抜け出すと、身を屈めながら忍び足で進んで行く。
窓を数えながら進み、彼の部屋へ到着した。
宿舎のルールの一つ、夜部屋からでるのは厳禁。
けれど背に腹は変えられない。
ピーターは少年騎士の頃から座学が優秀で必ず上位に入っていた。
剣術では私がトップだったが、座学ではいつも中位、彼に勝てたことはない。




