芽吹いた気持ち (其の一)
数日後、私はようやく医者の許可を得て、宿舎へ戻れることになった。
筋力の衰えはあるものの、体は元通り。
食欲あるし、健康そのものだ。
本当はもう少し早く宿舎へ戻れたはずだったのだが……ノア王子の許可が下りず、今日になった。
戻る当日、私は王に呼び出され、ノア王子と共に玉座の間へ向かう。
玉座の間に来たことは一度もない。
普段はあまり通らない渡り廊下を進み、王宮内へ入ると、その先に大きな扉。
騎士二人が並び立ち、腰に差していた短刀を預けると、扉がゆっくりと開く。
中へ案内され緊張した面持ちで待っていると、壇上に王の姿が現れた。
ノア王子と同じサファイアの瞳。
だが優し気な王子の見目に反して、王は厳格な雰囲気だった。
赤いマントを翻し、こちらを見ると、おもむろに口を開く。
「リリー殿、この度は息子を守ってくれて感謝する。本当にありがとう」
「ありがたいお言葉、痛み入ります」
胸に手を当て敬礼をし、跪くと体がこわばる。
王を前にするのは初めてで、何とも言えない威圧感のようなものを感じた。
王特有のものだろうか。
シーンと会場が静まり返ると、王が面を上げなさいと合図を出す。
私は慎重に頭を上げると、王を真っすぐに見上げた。
人払いをと王が指示を出すと、玉座の間には私とノア王子二人となる
緊張しすぎて、頬がピクピクと動いた。
「そう固くならなくてもよい。今回の功績をたたえ褒美を考えておるのだが、何か欲しい物はないか?」
さっきの表情から一変し、目じりに皺を寄せ微笑む王。
突然の言葉に目が点になった。
褒美……欲しい物なんて思いつかない。
なんと答えればいいのか、口をモゴモゴさせながら狼狽していると、ほほほっと笑い声が響く。
「すみません……何も思いつきませんで……」
頭の悪そうな言葉。
混乱しながら必死に引き出した言葉だった。
項垂れるように頭を下げると、ノア王子が呆れた表情で私を見ている。
「リリー何かないの?なんでもいいんだよ」
せっつくノア王子の言葉に、ますます混乱する。
何か言わなければと思えば思うほど、頭が真っ白になり、もう何も考えられない。
「あっ、えーと、その……ッッ」
「よいよい、期限は設けぬ、また決まったら教えてくれ。どんなことでも叶えてみせよう」
「あの……ありがとうございます。ありがたき幸せ」
私は深く頭を下げると、居たたまれなくなり、逃げるように退出したのだった。
欲しい物か……やっぱり何も思いつかない。
ずっとノア王子の騎士になりたい、その一心でやってきたから。
出来るのなら、私を断罪せず傍で侍女との恋愛を見せてほしいしと言いたいところだが、さすがに無理。
頭が可笑しいと思われるだけだろう。
いつまでに決めなければいけないってことはないみたいだし、ゆっくり考えよう。
私は久しぶりに宿舎へ戻ると、床の毛布に包まり眠りについた。
翌日宿舎で目覚めると、体の節々が痛い。
せっかく床で寝るのに慣れていたのに、ふかふかベッドを体験してしまったからだろう。
あぁ……ベッドが恋しい。
お城のベッドは最高だったなぁ……。
体をグッと伸ばすと、ポキポキと体の関節が鳴る。
顔を洗い服を着替え、怪我の遅れを取り戻すべく、私は外へ出てランニングを始めたのだった。
朝の訓練が終わった昼。
食堂にやってくると、ピーターこちらに向かって手を振っていた。
「おっ、ようやく戻ってきたんだな。元気そうで安心した。その髪、案外似合ってるじゃん」
「ふふっ、さっぱりしたでしょう。この間は助かった、本当にありがとう。色々大変だったけれど、騎士としての務めを果たせたね」
「まぁな、これも俺との特訓のおかげだろう?」
ピーターは手にしていた皿を置くと、得意げに笑って見せる。
「何言ってるの、まだ私に勝てたことないくせに、ピーターの特訓でしょう」
そうピーターの鼻を折ってやると、ふふんと笑い返す。
彼は悔しそうに口をへの字にすると、ルビーの瞳がこちらへ向けられた。
「お前なぁ、今に見てろよ。今度は俺が勝つ、よし、今から勝負だ!」
ピーターは昼食を一気に書き込むと、私の腕を引っ張って訓練場へと連れて行く。
久方ぶりのにぎやかな様に、無事に返ってこられたことにほっと胸を撫で下ろすと、賑やかな一日が始まったのだった。




