リリーと私 (其の三)
私は彼女の問いかけを無視し話を続ける。
「あなたに質問する権利はないわ。私の質問に答えるだけでいいのよ」
「あはは、その反応、やっぱりそうなのね。会え嬉しいわ。それにしてもどうして あなたと私が入れ替わってしまったのかしらね。まったく異なる世界で育った私たち、不思議よねぇ~。共通点といれば……惨めな死にざまぐらいかしら?ふふふ」
彼女は楽しそうに笑うと、押さえつけていた私の腕を掴んだ。
目を逸らせることなく睨み付けながら振り払おうとするが、ガッチリ握られた腕は離れない。
「手を離しなさい」
「少しは落ち着きなさいよ、あなたと戦う気はないの。話がしたいのならゆっく語り合いましょう。時間はあまりないでしょう?」
ニッコリと笑みを深めるその姿に、私は慎重に剣を下す。
リリーの動きを見る限り、剣や体術をしていたとは思えない。
それに私の体に筋肉はなく、女性らしい綺麗な手と爪。
シミ一つない顔は美容に力を入れてたのだろうとわかる。
素人の素手相手なら万が一襲ってきても勝てる自信はある。
痛み止めが利いているため、体も自由に動かせる。
出口さえ押さえていれば、逃がすことはないだろう。
私はリリーを解放すると、逃げ道を塞ぐように扉へ近づく。
投げた剣を拾い上げると、リリーはこちらを気にすることなく、思いをはせるように辺りをグルリと見渡した。
「懐かしいわ、全てがあの頃と同じ、何も変わっていない。この場所へまた来られるなんてね……」
彼女は赤いレッドカーペットの上を進んでいくと、正面にある王座を眺める。
「ここはね、ノア王子と正式に婚約した場所、そして私が断罪を言い渡された場所。危険を冒し脱獄までして、私と話をしたいと言ったくせに、玉座の間に連れ込むなんて何を考えているの?直に騎士たちが戻ってくるわよ。本当にバカね」
リリーはクルリとこちらへ振り返ると、私を嘲笑った。
「普通ならそうでしょうね。だけど今は城中の騎士をかき集めて、脱獄者である私を捜索している。逃げ場のないこの場所に、私がいるとは誰も思わない。それに王族や貴族たちは安全な場所へ避難済みでしょう。この場所を使うことはない。だからこそここを守る騎士はいない。暫くは誰も来ないはずよ」
彼女は感心した表情を見せると、王座へと顔を戻し歩き始めた。
王座の前までやってくると、彼女は立ち止まり何もない空間を見つめる。
誰もいないその場所を眺める彼女の瞳に、うっすらと憎しみが浮かび上がった。
「……許さない、許さないわ……。ここで受けた屈辱は絶対に忘れない……」
ぼそぼそと呟き、王座の隣を鋭く睨みつける。
そこに何が見えているのか……。
想像するに、ノア王子とトレイシーなのだろうか。
「リリー、あなたは過去の記憶を持っているのよね?だから二人に復讐を?」
じっと空を睨みつける彼女へ問いかける。
彼女はおもむろに振り返ると、仮面のような笑みを張り付けた。
「えぇ、そうよ。あの二人は罰を受けるべきなのよ。私が受けた仕打ちを知っているでしょう?その体へ戻る直前、私の記憶を見たはずよ。身に覚えのない罪で断罪された惨めな私の姿を。私もこの体に戻った時に、あなたの最後の記憶を見たわ。幸せな母親の姿を前に何もせず、泣きながら唯々見ていたあなたの姿をね」
その言葉に、幸せそうに笑う母の姿が頭を過る。
私がいない場所で笑う母親の姿。
憎しみが溢れ、叫びたい衝動にかられた。
だけれども私はぐっと堪えると、リリーを見つめ返す。
「あれはやはりあなたの記憶なのね……。だけど彼らはあなたの知る、ノア王子とトレイシーじゃない。婚約もしていないし、あなたを裏切ってもいない」
「そうね、だけど同じよ。だってこの世界は私が知る世界と同じ。同じことが繰り返され、世界は何も変わらない。現にノア王子は私が別人だと気が付いていないじゃない。あなたの友だったピーター、そしてエドウィンですら、私をリリーだと思っている。どれだけ心を許し長い時間過ごしても、彼らは目の前にある真実しか信じないのよ。なら同じでしょ?彼はそういう人間なのよ」
あまりの極論に頭痛がしてくる。
私は額を手で押さえると、深く息を吐きだした。




