最後の審判 (其の三)
私はムッと口を結ぶと、サイモン教官を見つめながら口を開いた。
「むむ……エドウィンは知っていたの?」
「うん?何のこと?」
「その……リリーとノア王子が婚約したことを……」
彼は首を横へ振ると、分からないといった様子で首を傾げる。
誤魔化しているのではなく、本当に知らない様子だ。
もう少し詳しく聞きたいけれど、サイモン教官は教えてくれそうにない。
リリーがノア王子と婚約したなんて……。
私がいなくなって何があったんだろう……。
気になるが……ブラウンの瞳と視線が絡むと、彼は人差し指を唇に当て笑った。
うー、これは絶対教えてくれないやつだ。
私は諦めるように深く息を吐きだすと、エドウィンの腕に身を任せたのだった。
★おまけ(リリー視点)★
ザーザーと降りしきる雨音に交じって、喧騒が耳に届く。
ワーワーバタバタと騒がしい音に目覚めると、眠気眼をこすりながら体を起こした。
一体こんな朝早くからなんなのよ……鬱陶しいわね……。
今日は素晴らしい日になるはずのに……。
口元へ手を当て大きく欠伸をすると、うーんと体を伸ばした。
バタンッ。
ノックもなしに突然扉が開き顔を向けると、眉を寄せ不機嫌なピーターの姿。
「リリー、いつまで寝ているんだ!」
何なのよ、いったい。
私は苛立ちを隠すことなく、彼を睨み付ける。
「うるさいわね。レディーの部屋にノックもなしで入るなんて、許されないわよ。今すぐに出て行ってちょうだい」
「バカ!今はそんなこと言っている場合じゃぁねぇ!」
ピーターは問答無用でズカズカと部屋の中へ入ってくると、私の腕を掴んだ。
「何様なの?気安く触らないでと言ったでしょう、離しなさい」
振り払おうとするが、掴まれる腕に力が入ると振りほどけない。
キッと紅の瞳を鋭く睨み付けると、彼の瞳に苛立ちが浮かんだ。
「なんのなのよ」
「チッ、教祖が脱獄した」
舌打ちをしながら離れた言葉に目が点になる。
脱獄?この厳重な城の牢屋から?
ありえないわ。
「……本当なの?」
私は探るように彼を見つめると眉に皺が寄った。
「こんな嘘つくかよ、さっさと着替えろ」
ピーターは腕を強く引き寄せると、私をベッドから引きずり下ろす。
「痛いわね!なんで私が着替えなきゃいけないのよ」
「お前、何言ってんだ?騎士だろう!」
「騎士は辞めたと言ったでしょう!」
「口だけだろう。まだお前は騎士学園に在籍中だ」
「なっ、そんな口の聞き方許されないわよ。わかっているの?あなたは侯爵家で私は公爵家よ」
「うっせぇ、関係ねぇよ。お前はまだ騎士だ、さっさいと仕事しろ。外で待っている」
ピーターのいう通り、私はまだ騎士学園へ在籍中。
彼はそう言い捨てると、部屋を出ていく。
まったくあの女、どうして騎士になんてなったのよ。
さっさと手続きをしておくべきだったわね……。
私は深く息を吐きだし嫌々着替えると、不機嫌を露にしたまま待っているピーターを睨んだ。
「はぁ……着替えたわよ」
「お前は4層を探してくれ。俺は3層を見回る」
意味の分からない指示に、私は眉を寄せる。
「4層ですって?バカじゃないの?逃げるならどう考えても1層か外でしょ。4層なんて逃げ場がないわ」
「1層と外には城の騎士と騎士団が捜索している。俺たち見習い騎士は、場内の安全を確認するんだよ。つべこべ言わずにさっさと行け」
ピーターに背中を押され、私は渋々階段を上っていく。
4層になんて、逃げるわけないじゃない。
普通に考えてありえない、本当に無駄。
はぁ……あいつに見つかったらうるさそうだし、どこか隠れれそうな場所を探さないと。
ピーターは昔からあんな感じだった。
ノア王子の傍についていた時も、私に対して口うるさく言ってきたわ。
だから嫌いだった。
あぁ、面倒ね……。
それにしてもこの土壇場で逃げ出すなんて。
どうやったのかしら……あの世界の知識を利用したの……?
この世界よりも発展した世界。
だけど逃げ切れるはずないわ。
この街から出ることも不可能。
醜くあがくなんて、バカな子。
この世界で足掻けたなら、あの世界でも足掻けばよかったのに。
そんなことを考えながら、私はバタバタと慌ただしく走り回る騎士たちの波に逆らい、逃げ場のない4層へ上がって行ったのだった。




