目覚めた部屋で
目を開けると、真っ白な天井が映る。
体は動かない、麻酔をした後のように頭がぼうっとしたまま。
あれ……ここどこ……どうして私は……何があったんだっけ。
えーと……今日は初仕事で……そうだ、王子はッッ!
反射的に起き上がると、視界が眩み吐き気が込み上げる。
グルグルとシェイクされる頭を押さえながら辺りを見渡すと、どうやら私はお城へ戻ってきているようだ。
「リリーッッ、気が付いたの?よかった、あぁ、動かないで、って本当に君はバカなの?毒があると知って飲むなんて……。君は本当にバカだ」
その声に顔を向けると、今にも泣きそうな表情を浮かべる王子の姿。
彼の澄んだ青い瞳を見つめると、物語の彼ではない、暖かな色を宿していた。
その姿にほっと息を吐き出すと、彼の手を優しく包み込む。
「ノア王子お怪我はありませんか?」
「怪我なんてしてない、僕の心配より自分の心配をしなよ。それよりどうしてわかったの?母上のこと……」
彼の瞳に私の姿が映し出されると、私はニッコリと笑って答えた。
「女の勘ってやつですよ」
誤魔化せるか定かではないが、前世の記憶があるとは口が裂けても言えない。
王子は呆れた様子で笑って見せると、私の手を絡めとり握り返す。
「なにそれ、本当に変な女」
ハニカンだその笑顔は見惚れるほどに美しい。
少年らしい笑顔に、私の頬も緩み口角が上がった。
「その笑顔をまた見れて嬉しいです。本当に無事でよかった」
彼の存在を確認するように、ギュギュっと手を握ると温もりが伝わってくる。
これで女嫌いにもならず、蝶も苦手じゃなくなったのかな。
そう安心するとゆっくりと意識が遠のき、私は深い眠りに落ちたのだった。
翌日目覚めると、病室にピーターがやってきた。
体はまだ動かない為、視線で確認する。
来て早々、どうやらお怒りの様子。
「バカッ、一人で無茶をするな!」
彼はツカツカと近づいてくると、寝たきりの私の顔を覗き込んだ。
コンコンとこっぴどく叱られた後、彼も私をあの部屋から出したことを士官に怒られたようだ。
申し訳ない気持ちを感じるが、ノア王子を守れたのだからチャラにしてもらいたい。
一息つきピーターがベッド脇に腰かけると、今回の事の顛末を話してくれた。
あの後ノア王子は1階にいる彼らを呼びに行き、無事に私も救出されたようだ。
母親は騎士達に捕らえられ、城の牢屋に送られ、もう二度と出てくることはないだろう。
原因は定かではないが、母親は産後うつを発症し情緒不安定になった。
元より心に弱い部分があり、王妃との大役は向いていないと王もわかっていたらしい。
ではなぜ結婚したのか、それは謎のまま。
城は彼女をノア王子の傍に置いておくのは危険だと判断し、お城から離れた場所へ移動させた。
だが王はノアと彼女の為にと、年に数回会わせていたが……まさかこんなことをしでかすとは予想すらしていなかったようだ。
だが調べていくうちに今回の事件は、母親が計画したものではないとの事実が判明した。
彼女の弱い心に付け込んで、そそのかした主犯がいる。
あちらで働いていたメイドや執事、従者に話を聞いたところ、最近黒いローブ姿で小柄な人物が頻繁に出入りしていたとわかった。
その事実を踏まえ、彼女に問いただしたが、黒いローブについては、名はおろか、顔や性別すら知らなかった。
主犯だろう黒いローブの言葉は、全て御付きの男が代行して行っていたらしい。
即ちその主犯だろう小柄な人物の声を聞いた者はいない。
何でも彼女はその怪しい人物が、お城から派遣されたカウンセラーだと信じていたらしい。
だが城にはそんな事実はない。
黒いローブとはいったい何者なのだろう。
犯人を追おうとするが、手掛かりはこれ以上つかめなかった。
息子の誘拐計画を立てた犯人はわからぬまま。
小説にはただ母親に殺されかけた、そんな記述しかなかった気がする。
犯人のことについては触れられていなかったはずだし……。
ピーターの面会が終わり暫くすると、ノア王子が現れた。
毎日時間が空けば、こうしてお見舞いに来てくれる。
気を遣わなくて大丈夫だと伝えたが、気なんて使っていない、僕の勝手だ、と言われれば何も言い返せなかった。
病人となって一週間経過した頃。
ようやく体が自由にうごかせるようになった。
そろそろ剣を振らないと、腕が落ちそう。
明日にでも復帰できるかな。
自分の腕を見つめ、グーパーしてみると問題なく動く。
のっそりと起き上がり、ベッドから立ち足の調子を確かめていると、今日もノア王子がやってきた。
「リリー、もう大丈夫なの?」
「はい、ほらこの通り元気です。ありがとうございます」
ニッコリ笑みを浮かべると、元気だと見せるように腕を上げる。
すると王子の頬が微かに赤く染まった。
「腕を隠して、はしたないよ。それよりも……その、髪……」
ノア王子は悲し気な瞳を浮かべると、短くなった髪にそっと触れた。
背中まであった髪が今は肩までしかない。
髪は女の命だとこの世界では言われているが、正直それほどダメージはなかった。
前世ではショートカットだったし、こっちのほうが体を動かすには数段楽。
「全然気にしてないですよ。髪なんてまた伸びてきますし、それに短い方が剣を振るのには邪魔にならなくていい。もともと切ろうと思ってたんですよ」
彼は短くなった髪を指先でなぞると、深くため息をついた。
「令嬢のくせにほんと変わってるね……」
彼はクシャクシャと髪を乱すと、頭が激しく揺れる。
「わあ、あああ、えええっ、もう、何なんですかぁ?」
彼の手から逃れるように体を引くと、ボサボサにされた髪を整える。
「……長い方が似合ってた。また伸ばしてよ」
青い瞳が真っすぐにこちらへ向けられると、私は無意識に頷いていたのだった。




