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残された時間 (其の三)

私は彼の瞳に見惚れていると、頬に大きな掌が触れ優しく包み込まれる。


「必ず君を助けるから」


そのセリフは小説でトレイシーへ向けた言葉。

ずっと憧れていたこの場所。

迎えに来るはずのなかった私の王子様が目の前にいる。


「うん?どうしたの?傷が痛む?」


言葉を失ったまま見つめていると、彼は不安げな表情を浮かべた。

その姿に正気に戻ると、私は慌てて言葉を紡ぐ。


「いえ、そのっ、この姿でノア王子の前にいるのが信じられなくて……。実をいうと、ずっとノア王子に憧れていたんです。苦しいことや嫌なことがあると、いつもあの小説を読んで元気をもらっていました。いつかノア王子ような、素敵な王子様が迎えに来てくれることを想像したりして……。って何言ってんだろう。すみません、お恥ずかしい……」


バカな発言に頬に熱が集まり誤魔化す様に笑うと、ノア王子の頬が薄っすらと高揚していた。


「……ッッ、僕が……?あぁもう、いつもそうだ、突然そんなこと言うのやめてよね」


「へぇっ?あっ、はい、すみません」


頬を赤らめ目を逸らす彼の姿に、私は思わず謝る。

王子ではない昔、騎士学園で話していた時の少年のような姿。

耳まで真っ赤にしたその姿に頬が緩むと、可愛いと思ってしまった。


「せっかく格好よく決めて終わるはずだったのに……ッ、もう、こっち見ないで」


半笑いでノア王子を見つめていると、頬にあった手が目を覆った。

その様がまた可愛らしくて、思わず笑うと指の隙間からムッと唇を尖らせた姿が見える。


「ふふふ、こうやって話すと、昔に戻ったみたいですね。まだ私が少年騎士だったころ、よくこうやって話してました。またこうしてお話しできて幸せです」


目を隠されながらほほ笑むと、彼の手がゆっくり離れていく。


「……ッッ、僕もだよ」


いつの間に近づいてきたのか、息がかかる距離にノア王子の姿は、頬の赤みが幾分ましになっていた。

彼の瞳と目が合うと、胸が大きく高鳴る。

私は誤魔化す様に視線を逸らせると、口を開いた。


「そっ、そういえば大事なお話を聞きそびれてしまいました……」


「あー、あれはね……もういいんだ。また別の機会に話すから。それよりも死刑執行まで時間の猶予はない。今から計画を話すから、一緒に頑張ろう」


「はい!」


私は大きく頷くと、差し出されたノア王子の手を取ったのだった。


★おまけ(トレーシー視点)★


馬車に揺られ戻ってきた自国。

美しかった国はひどく荒れ見る影もない。

しかし教祖の死はあっという間に国中へ広がり、私たちの勝利で内戦は終わっていた。


教祖が居なくなった今、復興するのにそんなに時間はかからないだろう。

城の騎士たちによる残党狩りが始まり慌ただしい中、私は父と母に会うと、無事を報告した。


私は白い蘭の花を手に、姉の墓標へ向かうと、墓周辺に咲き誇る黄色の蘭が目に映る。

姉の好きだった花。

私は名を刻まれた墓石の前に座ると、震える手で触れた。

冷たい石。

彼女はもうここにいない、そうわからせようとする冷たさ。


「あなたをを殺した犯人を見つけたわ。どうして殺したのか理由も聞いた。本当にくだらない理由だったわ」


私はそっと墓標の前に花を添えると、おもむろに瞳を閉じる。


「仇はちゃんととったからね。安心して眠るといいわ」


姉を殺した張本人を刺した感触が鮮明に蘇る。

人を殺したのは初めてだったが、想像していたよりも後味が悪い。

恨んでいたはずだが、なぜかすっきりしない。

私はそんな感情を消す様に首を振ると、目を開け掘られた姉の名前を指でなぞる。


「そうそう、隣国でね、好きな人が出来たの。お姉さまのような強くて優しい女性。いつかここへ連れてくるわ。お姉さまもきっと気に入ってくれるはず」


返事はない墓標に話しかける。

声が届いているとそう信じて。


それから暫くして、ノアとリリー様が婚約したとの噂が届いた。

リリー様がノア王子の婚約に即答したらしいけれど……何かがおかしい。

私の告白ですら逃げて戸惑っていた彼女が、ノア王子の婚約に即答するとは思えない。

正直、リリー様はノアをそういうふうに見ているとは思えなかったけれど。


街の修復がひと段落したら会いに行きましょう。

私は礼装へ袖を通すと、髪を後ろへ縛り、国民の前へ顔を出す。

勝利の宣言と共に国民へ宣言すると、国はまた活気を取り戻したのだった。

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