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残された時間 (其の二)

頬に流れた一滴の雫をピーターが救い上げた刹那、ノア王子が何かを思いついたように顔を上げた。


「うーん、証明……話か……いいかもしれない。物理的な証拠が無理だとすると、彼女に自白してもらうのが一番手っ取り早い。だがもちろん僕たちの前ではリリーとして振る舞い、何も話さないだろう。だけど君の前なら話すかもしれないね。君と彼女の関係はとても複雑そうだし。だけれども教祖には奇妙な力がある。そんな相手にその体で行くのは危険すぎるね……」


悲し気に青い瞳が揺れると、私は痛みに耐えながらゆっくりと体を起こす。

奇妙な力、あれはきっと手品。

私がリリーになったとき、彼女の記憶があったように、彼女も私の記憶があってもおかしくはない。


「あれは奇妙な力ではありません。ただの手品です。コインを数枚貸していただけませんか?」


ピーターへ顔を向けると、すぐにポケットからコインを取り出す。


「手品?なんだいそれ?」


私はコイン4枚を借りると、皆に向けて両手を広げて見せた。


「見ていてください」


指先でコインを挟み、先ほど男がやっていた手品を披露する。

あれは初歩の初歩で、入門編レベルの手品。

感覚を思い出しながらコインを操ると、彼らは目を丸くし感嘆とした声を漏らした。

前世では友人もおらず、目立つことを避け全く役に立たなかった手品が、まさかこんなところで役立つなんて。

こうして人前で披露するのは初めてだった。


「これは私の暮らしてた世界のものです。人を楽しませるエンターテインメントの一つ。タネがあるので、練習すれば誰にでもできます。想像するに、彼女は私の記憶を持っていると考えられます。私もこの体で目覚めたとき、リリーの記憶がありましたから……。だからリリーとして上手くやっていけたんです」



「へぇー、面白いね。僕もやってみたい。それにしても手品か……。これを見せられ信者たちは、彼女に不思議な力があると信じ込ませたのかな」


ノア王子はコインを見つめながら楽しそうに笑った。


「主様、すごい!」


エドウィンはグィッと体を寄せると、キラキラした目を向ける。


「コインが……消えた。どうなってんだ……」


ピーターは眉を寄せると、コインを見つめたまま固まった。


4枚のコインを戻しピーターへ返すと、彼はコインを持ち上げまじまじと見つめていた。

その姿が可愛くて思わず笑ってしまう。


「あはは、コインには何の仕掛けもないよ」


「なっ、何だよ、笑うな。全部片付いたら手品だっけか?これ教えてくれよな。だから死ぬなんて言うな」


宥めるように頭を撫でるピーター。

そんな優しい彼の姿に胸が熱くなった。

私は涙を堪えながら頷くと、ノア王子がおもむろに立ち上る。

何かを思いついたのか……テーブルへ向かい紙にペンを走らせると、紙を折りたたみながら振り返った。


「僕に一つ考えがある。ユカになるべく負担をかけないようにするつもりだが、もうひと踏ん張りしてほしい。君を救い、リリーを捕まえるために。ピーター、エドウィン、至急これを届けてほしい」


「承知しました」


「承知した」


二人は声を合わせピシッと背筋を伸ばし敬礼をすると、手紙を受け取り駆け足で部屋を出ていったのだった。


ノア王子はぶつぶつと何かを呟きながらこちらへ戻ってくると、サファイアの瞳に強い決意が浮かんでいる。

その瞳は小説でトレイシーを救おうとした時と同じ。

強く美しい澄んだ瞳。

じっとその瞳を見つめると、私の姿が浮かび上がる。

その瞳に本当の自分が映し出される日が来るなんて……。

前世の姿が映し出されるその様に、何とも言えぬ感動が広がっていった。

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