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命の灯 (其の一)

深い深い闇の世界。

その中央に燻るように燃えている小さな小さな炎。

辺りを照らすほどの光もない。

それは私の生命力だ。

今まさに命の灯が燃え尽きようとしていた。


今までで一番、幸せな夢だった。

最後の最後に彼らに出会えたばかりではなく、教祖ではない、本当の自分を見せられた。

もう十分かな。

目覚めても体中が痛いし、空腹感による嘔吐とめまいもひどい。

私に向けられる憎悪にも疲れた。

このまま死ねば、民衆の前で醜態をさらさずに死ねる。


死刑台ではピーターもエドウィンも……そしてノア王子も、ゴミを見るような目で私を見るのだろう。

そんな視線に、耐えられる根性も気力も残っていない。

だからこのまま……幸せのまま死にたい。


闇へ溶け込むように炎が消えていく。

その刹那、炎を守るように暖かい風が吹き込んだ。

それは人肌とよく似ている。

すると先ほど触れたノア王子の手の温もりが、鮮明に蘇った。


さっきのは……本当に夢だったのかな。

本物のように温かかった手。

角ばった長い指に触れ、私の手を包み込んだ。

青い瞳にはっきりと映し出された私の姿。

彼の息遣いに、信じると言ってくれたその言葉。


もし……もしあれが夢じゃなく、現実だったとしたら……。

リリーが別人だと気が付いて、私を見つけてくれたのだとしたら?

絶望に変わったはずの希望が、また胸の奥で燻る。


彼らの声に励まされて、最後まで足掻き続けるんだと、牢屋に入れられたあの日に誓った。

死刑台に送られることも覚悟したはず。

どんな結果になろうとも、死ぬのは変わらない。

ここで幸せに浸り死ぬのは簡単だ。

だけど私は納得できるのだろうか?

いや、きっとできない。


心を強く、もう一度確かめないと。

もう後悔をしたくないのだから。

くすぶっていた炎がゆっくりと大きくなっていく。

深い闇を追い払うように、光が強くなると、水の波紋のように広がっていった。



重い瞼を持ち上げ目覚めると、目の前に真っ白な天井が映る。

ここは……?

あれ……もしかしてまだ夢の続き……?

おもむろに視線を動かすと、窓の外は暗闇に包まれている。

月は厚い雲で覆われ、明かりは部屋の蝋燭が窓に反射し揺らめていてた。


意識が次第にはっきりしてくると、ふかふかのベッドを感じる。

白いシーツに温かい毛布。

背中の痛みが和らいでいる事に気が付くと、体に包帯が巻かれ治療されいた。

何が何だかと、倦怠感を感じながらも体を起こすと、目の前に美しいサファイアの瞳が映る。

侮蔑の眼差しではない、優しい瞳。


「ノア王子……?」


確かめるように恐る恐る彼の頬へ手を伸ばすと、指先から熱が伝わってくる。

紛れもない本物。

さっきのは夢じゃなかった……?


「これは夢……?」


「いいや、現実だよ。お帰り、リリー。目覚めてくれてありがとう」


ノア王子は震える私の手を優しく握ると、包み込むように抱きしめる。

力強い彼の腕に、これは夢ではないのだと改めて実感した。

胸板に頬を寄せよく知る香りが鼻孔を擽ると、また涙がこぼれ落ちる。


本当に気が付いてくれたんだ。

最後の最後まで足掻いてみてよかった。

こんな夢みたいなことが起こるなんて。

奇跡としか言いようがない。

私は縋るように彼の服を握ると、むせび泣いた。


「うぅ、ふぅ、うわあああん、ひぃっく、私……」


「辛かっただろう……、気が付くのが遅れてしまってごめんね」


「うぅ……ッッ、ノア王子がッッ、ひぃっく、あや、うぅ……、何もッッ、ぅぅぅううう……ググッッ」


ノア王子が謝ることなんて何もありません。

そう伝えたいが、涙が止まらず言葉が続けられない。

嬉しい、嬉しい、またこの場所へ戻ってこられた。

またここで生きられるんだ。

みんなと笑いあえるんだ。

その感動に私は叫ぶようにして泣くと、涙が一気にあふれ出したのだった。

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