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夢現 (其の四)

柱の方からブチブチッと音が響くと、エドウィンが飛び込むようにこちらへやってきた。

鉄格子をガタガタと激しく揺らしたかと思うと、隙間から手を伸ばす。


「主様、主様、すぐにここから助ける、遅くなってごめん」


「エドウィン……ッッ」


伸ばされる手を掴むと、ポンッと音と共に白狼の姿になった。


「ウォオオオオオオオン」


雄叫びに私は泣きながら笑うと、ふさふさの毛並みへ手を伸ばす。

リリーだった頃と同じように彼を撫で、最後に彼の鼻に顔を寄せた。

エドウィンは私の涙をペロリと舐めると、人の姿へ戻る。


「やっぱり、間違いなく主様だ。姿かたちが変わっても俺にわかる。心がつながっているんだ。酷い怪我……すぐに治療しないと……」


今にも檻を壊しかねないエドウィンの様子に、ノア王子がおもむろに宥める。


「エドウィン落ち着くんだ。ピーター、彼もここにいる彼女が、元のリリーだと確信している。僕も彼女がリリーだと思うよ。後は君だけだ」


ノア王子はエドウィンの腕を掴んだまま立ち上がると、ピーターへ顔を向けた。


「……ッッ、わかりました……」


そういうのならと、ピーターは檻のカギをポケットから取り出した。

しかしノア王子は違うと首を横へ振ると、鍵を持つピーターの手を制止する。


「ピーター、正直なところ、彼女が間違いなく本物だと、確認するすべはない。だけど彼女を知っている僕たち3人が、彼女をリリーだと判断すれば、それは十分信用性のあるものになるだろう。だから君も君の方法で確かめるんだ」


ピーターは難しい表情を浮かべながら一歩前へ踏み出すと、座り込む私を見下ろす。

腰にある剣へ手を伸ばすと、ゆっくりと抜刀した。


「これしかねぇか。誰よりもリリーと剣を交えたのは俺だ」


ピーターは鍵を開け中へ入ってくると、背中に背負っていた荷物を下す。

そこには私の剣が入っていた。

ピーターはその剣を私の前へ転がすと、目の前でかまえる。


彼に私だと伝える方法……。

私は転がった剣を固く握ると、ボロボロの体へ喝を入れる

剣を石畳へ突き刺し、震える脚へ力を入れ何とか立ち上がった。


剣先を向けようとするが、腕に力がはいらない。

弱っているのもあるが、リリーよりも小柄な体にこの剣は重いし長すぎる。

だけど証明するにはこの方法しかない。


彼の言う通り、何年も向かい合って剣を交えた。

彼と対峙した日々を思い出し、最後の気力を振り絞ると気合で剣を持ち上げる。

やせ細った脚と腕は、今にも崩れ落ちそうだ。

私は深く息を吸い込み、彼を見つめると牢屋だった景色が訓練場へと変わっていく。


彼と剣を交えるのは、本当に楽しかった。

最初は私が彼をいなしていたのに、いつの間にか追い抜かれて。

だけどそこからまた彼に並べるように努力して、ノア王子の護衛になって。

彼の隣で剣を振れたことを誇りに思う。


「……リリー……」


名を呼ばれた刹那、体の力抜けると、私はそのまま前のめりに倒れこむ。

剣が床へ落ち転がると、もう指一本ですら動かすことが出来ない。

気力をすべて使い果たした。


最後の最後でリリーだと認めてもらえた。

夢だとしても、私はなんて幸せなんだろう。

これなら死はもう怖くない。


次第に意識が遠のき、周囲の音がまた消えていく。

私はゆっくり目を閉じると、深い深い闇の中へと落ちていったのだった。


★おまけ(リリー視点)★


やっとあいつが殺されるのね。

目の上のたん瘤がようやく落ちる。

まぁあの状況で捕まったのだし、余計なことを言っても誰も信じないでしょうけれどね。

だけどこれでゆっくり、ノア王子を苦しめられるわ。


なんの恨みもないけれど、仕方のない犠牲。

彼女の知識はこの復讐に大分役立てさせてもらった。

助けてあげられないけれど、せめてもの慰めに、祈ってあげましょう。


彼女の世界に伝わる宗教。

いい行いをしたものは天国で幸せに。

悪い行いをしたものは地獄へ落ちる。

私はきっと地獄でしょうね。

でも彼女は天国へ行くように願ってあげるわ。

私は窓から見えるギロチンを眺めると、胸の前で十字を切った。


さて手始めに、ノア王子の部屋へ夜這いにでも行こうかしら。

もっともっと私に夢中にさせてから、最高の形で裏切ってあげる。

大切な人に裏切られる苦しみ、十分に味わいなさい。

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