冷たい牢獄 (其の二)
改めて考えると、境遇は全く違えど、本当にリリーの死と私の死はよく似ている。
死を選び、後悔と憎悪の中で死んだ二人。
全く異なる世界で、同じ年齢同じ時期、そんな偶然が重なって惹かれあったのかもしれない。
そして出会ったことで、本来あるべき姿に戻ったのだろうか。
私はぼんやりと天井を見上げると、石の壁へもたれかかる。
先ほどまで感じていた冷たさはもう感じない。
本当に全てが無意味だった……?
そっと瞳を閉じると、一滴の雫が頬を伝い床へと落ちていったのだった。
流れる涙に、リリーとして過ごしてきた日々が頭に描かれていく。
記憶が戻って、最初に出会ったのはノア王子だった。
(ははっ、面白いね。意味が分からないけれど、いいよ。君を僕の騎士にしてあげる)
小説とは違う道に歩み始めて出会ったのはピーター。
(もう一度勝負だ。今度は俺が勝つ)
小説の記憶を利用してノア王子の身代わりとなり出会ったエドウィン。
(間違いない、俺の主様、やっと見つけた)
そしてずっと会いたいと憧れていたヒロインのトレーシー。
(あの……ありがとうございました。私はトレイシーと申します)
出会った頃の姿に声を鮮明に思い出せる。
彼らと過ごした時間は何にも変えることが出来ない宝物。
私がずっと望んでいた平穏な温かい生活。
また前と同じように過ごせたらいいのに……もう戻れないのかな。
ポロポロと溢れ出す涙が石畳を濡らしていく。
私には結局何もない、どうすることもできないんだ。
手を強く握り床を叩くと、拳がジンジンと痛む。
滲む視界の中、濡れていく石畳を見つめていると、彼らの声が聞こえてきた。
(泣くのは後だよ)
(なさけねぇ姿晒してんじゃねよ!泣くのも後悔するのも後にしろ)
(主様が……無事でよかった)
(リリー様と出会えて、本当に良かったですわ)
諭してくれた言葉。
力をくれた言葉。
守ってくれた言葉。
幸せだったっと……。
そうだ、彼らは私を必要としてくれた。
私を信じて傍にいてくれた。
その事実は間違いない、前世とは違う私は一人じゃない。
リリーをあのまま野放しにするわけにはいかない。
彼女はノア王子を恨んでいる。
私に成り代わって、きっと王子に復習するつもりだ。
せっかく彼を守ろうと努力してきたのに、こんなところで諦めるわけにはいかない。
このまま死刑台に送られれば、憎悪と後悔がまた溢れ出す。
もうあんな思いは二度としたくない。
どうせ死ぬのなら、最後まであがいてみよう。
最後の最後まで……死ぬ瞬間、納得できるように……。
★おまけ(リリー視点)★
私の人生が狂ったこの誕生祭。
いわれのない罪を言い渡された日。
だからここで全てを終わらせるはずだった。
二人を殺して、私も死ぬ。
だけど失敗してしまった。
別の教祖を仕立て計画は完璧だったはずなのに……。
でもまさか最後の最後で、こんな奇跡が起こるなんて。
ふふふ、リリーに戻れる日が来るなんて思っていなかったわ。
私は懐かしい自分の姿を鏡越しに見つめた。
やっぱりこの体のほうがしっくりくるわ。
容姿は悪くなかったけれど、あの体はちんちくりんで、物足りなかったのよね。
それに比べて……。
私は豊富な胸へ触れ、長く伸びた脚を鏡に映す。
いいわぁ~完璧。
うっとりと自分の姿を眺めていると、ふと顔のシミに気がついた。
あの女は令嬢としてではなく、騎士としてこの世界で生きていた。
当然ながら外にいる時間が多く、頬にそばかすとシミが点々と浮かんでいる。
掌を見るとごつごつしていて、令嬢とは思えない。
ありえない。
私の素晴らしい体に、なんてことをしてくれたのよ。
さきにこれを何とかしないといけないわね。
令嬢だった美しいリリーに戻ってから、彼への復讐を始めましょう。
簡単には殺さない。
もっともっと苦しめてから。
運のいいことに、このリリーはノア王子に婚約を申し込まれているほどに好かれている。
恋心を利用して苦しめるのがいいわねぇ。
彼の歪んでいく表情を傍で見られるなんて、最高に幸せだわ。




