初仕事 (其の二)
ピーターが護衛騎士達の元へ向かうと談笑を始める。
剣術か何かの質問したのだろうか、先輩騎士たちが集まり張り切った様子で腰の剣を抜くと、あーだこーだと熱く語り始めた。
暫くその様子を窺いながら慎重に扉へ近づくと、私は音を立てずに静かに外へと出て行く。
ノア王子は母親の部屋で二人っきりの時間を過ごしている。
確か部屋は2階だったはず……えーと、階段は……。
廊下に出てキョロキョロ辺りを見渡しながら素早く移動する。
メイドや執事が現れると、身を顰めてやり過ごした。
何とか階段までやってくると、私は一気に駆け上がる。
隠れる場所が少ないため、今見つかれば終わり。
何とか階段を昇りきり、身を隠せそうな場所にしゃがみ込み様子を伺うと、廊下の突き当りの部屋に佇む騎士の姿を見つけた。
あの部屋だ、そう確信した。
正面から行っても入れないよね。
でもグズグズしてもいられない。
お茶を飲んでしまえば、彼のトラウマを消すことは出来ないのだから。
時間がないし、うーん、ここは……やっぱり正面突破。
私はサッと立ち上がると、騎士へ向かって走って行く。
私の姿を見つけた騎士は、すぐに扉を塞ぐと、鋭くこちらを睨みつけた。
「なんだお前は、なぜここにいる?」
「すみません、ノア王子にどうしてもお伝えしなければいけないんです」
「ここは入室禁止だ、さっさと戻れ」
「緊急事態なんです!ノア王子に何かったら、あなたは責任をとれるんですか!!!」
勢い任せの雑な作戦。
けれど有効なときもある、一瞬の隙が出来ればそれでいい。
私はそのまま騎士へ突っかかると、一瞬彼が怯んだ。
その隙に彼の体を突き飛ばすと、短剣を扉の隙間に差し、強引に扉を開いた。
「失礼します、ノア王子。話を聞いてください」
シーンと静まり返った部屋で私の声が大きく響く。
王子と同じ青色の長い髪で瞳はグリーン。
真っ赤な唇が白い肌に映え、見惚れるほどに美しい女性と視線が絡んだ。
「……あなたはどなたかしら?」
「あっ、えーと、王子を守る騎士です」
サッと姿勢を正し敬礼すると、サファイアの瞳が私を射抜く。
「申し訳ございません母上、すぐに追い出しますので……」
ノア王子は頭を抱えると、おもむろに立ち上がった。
よかったまだ毒は飲んでいない。
テーブルには蝶のイラストが入ったカップに、アップルグリーンの香りがするお茶が注がれていた。
湯気がたっているため、入れたばかりなのだろう。
私は後ろから襲ってくる騎士の手をスルリと避けると、王子の元へ走って行く。
小説とおなじ、間違いない。
時期も同じで、これがきっかけで彼は蝶を嫌いになる。
そして女の人も嫌いになり、冷たい目をするようになってしまう。
ノアの母親へ視線を向けると、私を目踏みしながら、妖麗な笑みを浮かべ、嘲笑うように口角を上げた。
「ふふふ、息子には可愛らしい騎士様がいらっしゃるのねぇ~。それで何かしら?」
「ノア王子、お茶会を終わらせましょう。それを飲んじゃダメです」
私は必死に彼の前に置かれているティーカップを指さした。
「なぁに、突然?毒でも入っているというの?可愛い可愛い息子にそんな事するはずないでしょう」
彼女はニッコリと笑みを深め、自分のカップに口を付けると、ゴクリと飲んだ。
何ともないでしょうと見せつけるように笑うと、王子へ飲むように勧める。
「突然何を言い出すのかと思えば、さっさと出て行け。なんなんだまったく。すみません母上、彼女は少し変わっていて……。はぁ……こんなこと初めてだ、連れて来るんじゃなかった。下で待っていろと命令しただろう、さっさと下がれ」
イライラしている王子の言葉を馬耳東風に、飲み干したカップをまじまじと見つめる。
あれ、毒じゃない?
いやいや、でも小説に書かれていたシチュエーションと同じ。
解毒剤を飲んでいるとか?もしくはコップに何かあるのかもしれない。
だけど説明している暇はない。
後ろからは騎士が迫ってきているし、だけどここまできて……。
どうするべきなのか内心悶えていると、教官の言葉が頭に浮かんだ。
騎士は自分の為ではない誰かの為に戦うんだ。
その誰かの為に、一番正しいと思う選択をしなさい。
正しい選択……私が守るのはノア王子。
彼のあの笑顔を守りたい。
私は意を決して王子の突き飛ばし、コップを手に取ると一気に傾けた。
これで思い過ごしだったらどうしよう……そう頭を掠めるが、もう後にはひけない。
でももし毒だったらこれで王子は苦しまない、怖い思いもしない。
心に傷は出来るかもしれないけど……後悔はしない。
淡いアップルの風味が口に広がり喉を通っていくと、燃えるような熱が込み上げる。
あっ、熱い、苦しいッッ……。
「リリー!!!」
ノア王子の声が頭に響く。
手にしていたカップが床に落ち、破片が辺りに飛び散ると脚の力が抜けた。
痛みと苦しみで呼吸が上手く出来ない。
酸欠で意識が朦朧とする中、私はそのまま膝をおとし蹲った。




