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第15話  入学式の出来事

 チュンチュンチュン。


「んっ……ああっ、ああ」


 小鳥の囀りが聞こえる。昨日、色々とあったから疲れた。早起きが癖になっていたはずなのに、ついその日は怠惰にも寝坊してしまった。


 言い訳がましく聞こえるかもしれないが、本当に色々あったのだ。正ヒロインのフィオナとの出会いもあった。理事長のカレンおば――いや、カレン理事長とも会った。


 だから、こう、俺が寝坊をしてしまうのも仕方ない事である。そう、仕方のない事なのだ。うん、うん。とはいえ、いくら何でも入学式から遅刻するわけにもいかないよな。


「ふぁ~~~」


 微睡に包まれつつ、惰眠を貪るという強い誘惑に何とか打ち勝ち、俺は目を覚ました。


「……ん?」


 起きてまず目に入ったのは窓辺の椅子に腰かけ、優雅に珈琲を片手に本を読んでいるリオンの姿であった。リオンは既に学園の制服に着替えていた。これから学園で授業を受ける時など基本的にはこの制服を着て過ごす事になる。


窓辺で本を読んでいるリオン。その様子が実に気品があり、様になっているのだ。流石は王族って事か。全く、イケメンって奴は何をやらせても似合うんだ。このチート主人公野郎は。


「おはよう。アーサー君」


 朗らかな笑顔でリオンは俺に朝の挨拶をしてくる。


「おはよう。リオン。……全く、むかつく野郎だぜ」


「ん? 何がだい? 僕が何か君をむかつかせるをしたかな?」


「お前みたいなイケメンで育ちの良い奴は何をさせても似合っちまうからむかつくって言ってんだよ」


「それはすまない。けど、それじゃ僕の事を褒めているのか、怒っているのかよくわからないな」


「両方だよ」


「ははっ。そうか。君は面白い奴だな」


 リオンは読んでいた本を閉じた。


「それより、そろそろ制服に着替えたらどうだい? そのうちに入学式の時間になるよ」


「それもそうだな」


 俺はそそくさと着替え始める。恐れる事はない。俺はやがてリオンと闘い、敗北し命を落とすのが原作での死亡ENDの一つ、とは言っても、リオンは殺人狂ではない。


 だから寝込みを襲われる心配もしなくていいし、不意打ちに斬りかかってくる事もない。それはわかっているが、トラウマのような良くない記憶が蘇ってきて、中々、緊張感が解けないのだ。


「君もなかなかに似合っているじゃないか」


 制服に着替えた俺をリオンはそう評した。鏡を見やる。我ながらスタイルも良く、制服が様になっていた。


「ふっ。俺様はお前に負けじ劣らずのイケメンだからな」


「ははっ。凄い自信だね。そういうところ、僕は嫌いじゃないよ。それじゃあ、僕は先に会場へ向かうね」


 入学式が始まる時間までには大分時間があるようにも思えた。時計の時刻は今、8時である。入学式が始まる時間は9時を予定されている。


「新入生代表のスピーチを僕がする事になってるんだ。だから準備の為に、他の新入生より早く会場入りしないとなんだ」


「あー。そうか。大変だな。実にご苦労なこった」


 リオンが新入生代表に選ばれるのは自然な事だ。王族でもあるし、優秀なのは認めざるを得ない。だから適任だし、誰もが認めるところであろう。


「そうだね。なかなかに大変だよ。それじゃあ、僕は先に行くね。アーサー君。入学式、早々に遅れないように」


 そう忠告し、リオンは会場へと向かっていた。全く、去り際も気品があって様になっているのでなんだかむかついてくる。シンプルに嫉妬しているんだろう。イケメンで性格も良く、おまけに王族であり、さらにはチート魔法も使えるのだ。嫉妬しないのは難しい相手なのだ。


俺は再度ベッドに横になり、入学式までの時間を潰す事にした。何とか、二度寝しないように気を付けながら。と思っていたのだが、次第に意識がなくなってきた。


                 ◇

「うっ……ううっ」


 俺は目を覚ます。やはり、二度寝は最高だ。最高に気持ちいい。もうやめられない。やはり、怠惰な生活は最高だ。やがてやってくる全ての死亡ENDを回避した暁には思う存分、こうして二度寝して惰眠を貪ってやるんだ。俺は固くそう誓った。


 はっ、となる。俺は目覚めた。現実の世界に戻った。ぼーっと、時計を見やる。時刻は既に9時半程になっていた。い、いけない、既に入学が始まってしまっている。


 あれほど、リオンに遅刻するなと忠告されたのに、大遅刻をしてしまった。やばいっ! このままでは……既に遅刻しているのだ。今更焦っても仕方ない。俺は一転、優雅な足取りで入学式の会場へと向かうのであった。


                  ◇


 会場はコンサートホールのような場所で行われた。この魔法学園は多額の資金があり、各種施設も充実していた。このコンサートホールのような会場もその施設の一環というわけだ。


「遅れてすまなかったな! 何、主役というのはいつも遅れて登場するものだ!  細かい事は気にするでない! がっはっはっはっはっはっはっは!」


 会場の扉を開いて、俺は叫び、大笑いをする。視線が集まる。不穏な視線。会場がざわつく。嫌な雰囲気になった。会場には既に俺以外の全校生徒が集まっていた。流石に入学式初日から俺以上に遅刻する奴はいないようであった。


 い、いかん。入学式早々に悪目立ちしてしまった。だが、これもなんだか悪役貴族である俺様らしい。うむ、個性。これも個性だ! 時間という概念に縛られない、多様性の時代なのだ!


 会場には全学年の生徒がいた。当然のようにその中には姉であるアリシアの姿もあった。


「あ、あの愚弟……入学式からやらかして、この私に恥をかかせるなんて……後できついおしおきをしておかないと」


 アリシアは怒りでわなないていた。


「はぁ……やれやれだな」


 カレン叔母……いや、カレン理事長も呆れた様子で溜息を吐いていた。


 スピーチ席だろう。高台にいるリオンは忠告したにも関わらず遅れてやってきた俺を見て笑っていた。


「くすくす。全く、アーサー君。君は面白い奴だな。あれほど遅刻するなと忠告したのに、遅刻してくるなんて」


 し、仕方ないだろう。二度寝をしないようにと心に誓ったのだが、なぜか身体が二度寝を求めてしまったのだ。俺は悪くない。この身体が怠惰な欲求に対して、素直過ぎるのがいけないのだ。


「カレン叔母——いえ、カレン理事長。お、俺の席はどこです?」


「あそこだ。遅刻してくるな、バカタレ。しかも入学式だぞ。皆の迷惑だろ」


 至極まともな事を言ってくる。カレン叔母——理事長は空いている席を指さす。


「あ、あそこか。ありがとうございます。叔母さん」


「理事長だ! さっさといけっ!」


「は、はいっ!」


 俺は慌てて自分の席に向かって走って向かうのであった。


                 ◇

「遅刻しちゃいましたね」


 隣の席にいたのは件の光魔法を使える正ヒロインのフィオナだった。これは運命の悪戯だろうか。あるいは作為的にこの席が振り分けられたのか。


 制服を着た彼女も実に似合っていて、見目麗しいとしか言いようがない。素朴で性格の良い彼女は屈託のない笑みをこちらに向けてくる。


「ふ、ふん。俺が悪いのではない。学園の用意したベッドが気持ち良すぎるのが悪いのだ。二度寝の誘惑があまりに悪魔的すぎてだな。いくらこの俺様といえども、その誘惑に逆らうのは困難だったのだ」


「二度寝は気持ちいいですものねー。気持ちはすっごくわかります」


 フィオナは幾度となく頷く。


「そろそろ新入生代表のリオン君のスピーチですよ」


 順序からすれば理事長であるカレンあたりから何か話を始めるのであろう。それが順序だ。だが、俺はその部分を遅刻により完全にショートカットしてしまった。だから飛んで、いきなり新入生代表スピーチから始まるのである。


「ふむ。そうか……奴のスピーチか」


「お知り合いなんですか?」


「知ってはいる。あいつはこの国の第二王子だからな。有名人だ」


「へー」


「それと奴と俺はルームメイトになった。これから同じ部屋で生活を共にするのだ」


「アーサーさん。リオン王子とルームメイトになったんですか!?」


「うむ。そうだ、時にフィオナよ。奴の事をどう思う?」


「わ、私みたいな庶民とは縁のない、とても遠い存在です」


「ふむ……」


 俺がフィオナを助けなければリオンが助けた事だろう。そうなれば奴との恋愛フラグが立っていた。それを考えればそのフラグをへし折ってしまった俺にも多少の責任を感じる。


「奴は良い男だろう。むかつく程綺麗な顔に、むかつく程、高貴な家柄、そしてむかつく程優秀な頭脳を持ち、むかつく程チートな魔法を使ってくる。さらに融通こそ利かず、糞真面目過ぎるところはあるものの、むかつく程性格も良い。完全無欠のチート野郎だ」


「随分、むかつくって言いますね……。そ、その通りですね。それがどうかしたのですか?」


「奴と付き合いたいとは思わないか?」


「付き合うってどういう事です? 私とリオン王子が何をどう、付き合うというのですか?」


「だから。つまりは奴と恋仲になりたくはないか、という事だ」


「え、ええっ!! な、何を言っているのですか!? そんなの無理に決まっていますよ! 庶民の出自の私と王族のリオン王子が釣り合うわけがないじゃないですか! 冗談を言うのもいい加減にしてくださいっ!」


 フィオナは顔を真っ赤にして叫ぶ。


「うむ……そういう反応になるのは自然といえば自然か」


 原作ルートでは二人はなんだかんだありつつも恋仲になって最終的には結婚するのだ。なんだかんだで二人の相性はいいのだろう。運命の赤い糸で結ばれているという、奴なのかもしれない。


 俺にも多少、罪悪感があった。二人の恋愛フラグが立つのを邪魔してしまったからだ。幸い、俺は奴とルームメイトだ。交友もある。フィオナと引き合わせる事もできなくはないだろう。


 出会ってしまえば二人の恋路がトントン拍子で進むかもしれない。それを以て余計な事をしてしまった罪滅ぼしにできればいいのだが……。


「そろそろ、リオン王子のスピーチが始まりますよ」


「うむ。黙って奴の戯事を聞いてやろうではないか」


「戯事って……」


 フィオナは苦笑を浮かべた。俺達は黙り、リオンの新入生代表のスピーチに耳を傾ける事とする。




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